優しい涙
莉愛が高校に入り1年の歳月が過ぎた春。
車椅子を押され彼女は今、告別式会場へと着いた。ありがとうございますとペコリと頭を下げ、自ら中へと進む。
小鳥が巣立ち、新たな芽を芽吹かせる季節。多くの者が新たな門出を楽しみに胸高らかに期待を胸に羽を羽ばたかせる今日。4月9日。桜並木がこの神田宮には立ち並ぶ晴レノ日。だというのに多くの者が悲しみの表情を浮かべていた。
屈強の者から、老若男女まで立場は違えど目的を同じにした皆の悲しみの渦を通り抜け祭壇の前へと車椅子を押す。
彼女は他の誰でもない、名前だけの写真すらない場所で車椅子のブレーキをかけた。
名前を見ると記憶が呼び起こされる。
行って参ります。
思い出すは7日前の未明の出来事
あ、あ、あーーー、あーーー、あーーー
心の中で…叫んだ。
何度も何度も
なんで…なんで…行っちゃったの…と
車椅子にもたれかかるように私は泣いていた。
「なんで…。動いてよ…」
…………………………………………
生きたいと思ったから此処に来ました。未来が見たいと…そう思ったから此処に来ました。けれど、私はどうやら死ぬみたいです。
誰もお見舞いにはこないこの閑散とした病室を私は今抜けようとしています。お医者樣が言うには延命か、自宅で過ごすかのどちらかしかないとのことです。
まるで、か弱い物語の登場人物にでもなったかのように思いを巡らす。
選択肢など残されてはいなかった。余命1年…それが彼女に告げられたものだった。
死ぬとはこういう感覚なのだと否が応でも理解させられる。
それを斗架が知ったのは妹が倒れて暫く後のことだった。医者に諭され病院に来た斗架は妹(括弧仮)がそんなことを考えているとはつゆ知らず、長いことまともに話していないということを口実にして帰ろかとドアの前で立入ることを躊躇すらしていた。だが、勇気を出しドアを静かに開けるとそんな不純な気持ちは消え去った。ぼんやりと外の桜を見つめる姿がそこにはあったのだ。ベッドに座り病室とかいうの白い壁にもたれかかって、布団に隠れたもものあたりに手を載せながら、表情を一切変えずベッドに座っている。色白な顔が透き通って見える程、とても寂しそうな表情がなんともいえない独特の雰囲気を醸し出していた。
暫く黙ってそれを眺めていると
「お、お兄ちゃん…」
と声をかけた。始め真顔だった表情は斗架を見るやいなや緩み、満面の笑顔をこちらに向けた。笑窪まで出る程の笑顔。けれど、まじまじとみた莉愛の笑顔はどこか酷く苦しんでいるものに見えたに違いない。
表情を見るやいなや立ち竦んだ。
突然のお兄ちゃん呼びには少し動揺したのかもしれない。いや、それよりも笑顔の方が気になったのかもしれない。笑顔なんて全く見ていなかったから。自分を押し殺して言葉を発した。
「う…うん、あの莉愛…」
「嬉しいなー、来てくれて」
背筋を伸ばす莉愛。それに対して言葉が出ない斗架。少しの沈黙が空間を包む。
「あのね…」
「大丈夫なんだよね。」
言葉が被った。
「あ、うん…ごめんね、お兄ちゃん。こんなとここさせちゃって。うち…」
莉愛はもう訳なさそうに笑う。
「…いいよ。…」
「ハハ!」
沈黙を怖がってかリアは笑って見せる。
莉愛は余命のことを隠すように
笑みを崩さず下を向き、しばしの沈黙の後、
「外に連れて行ってくれる」と呟いた。
花吹雪が舞う土手を車椅子を引きながらそぞろに男は歩く。
莉愛は車椅子の外を眺めながら思いにふける。
自分は年を取らないとそう思っていた。けれど無情にも時の流れというのは残酷にも誰かの意図なく過ぎていくようです。自分に何ができただろうか、何をしてるんだろうかと己の非力さが心にポッカリと穴を開ける。
男は花吹雪の舞い散るバージンロードを一歩一歩その足で噛みしめるように土手沿いを歩く。この雪の様に美しい景色が彼女への贈り物なのだと思いながら。車椅子を押し、歩くその姿はまるで演劇で最後に生き残った人が悲しげに過去を回顧しながら歩く喜劇のエピローグに相応しい。
「お兄ちゃん、ここ見たい。」
との莉愛の要望に斗架は足を止める。土手の下の様子を莉愛はまじまじと見つめている。莉愛は下の情景に魅入られていた。土手を降りた所では多くの人が賑わっている。子ども達もあれやこれやとはしゃいでいる。莉愛は感傷に浸りながらその様子を眺めていた。昔、お兄ちゃんと二人で遊んだ情景が浮かび上がったのだ。もう春か…と
舞い散る花びらを手に取り思いにふける。
私の居ない所でこれから物語は進むんだ。あの人達の未来に私は居ない。誰の記憶にも残らず私はいく。そんな風に思いながら、私はまたお兄ちゃんに押される。手に載った花びらを口で吹くとまたも思いをつらねた。
後悔なら沢山ある。それを選べなかった自分が悔しい。悔恨の情をもって回顧録を脳内で巡らせると目の奥がじんわりと熱くなり自然と涙が滲み出ていた。莉愛はそれを見せまいと服の袖で拭う。聞こえないようにしないと…と思って…
けれど、思いとは裏腹に涙は止まらなかった。一緒に居ることで思い出が蘇り、気持ちが抑えられなくなっていた。
莉愛が斗架のことをお兄ちゃんと呼ぶのはアニメとかそういったものに憧れを持っていたからであった。彼女もまた一人の女の子。
斗架もまた、思いに馳せる。これが最後かもしれないという思いがどこかによぎってしまいそれをさらに促す。何かになるわけでもなく、けれど、どこかで何かに帰結することを願い。虚しさを胸にただひたすらに車椅子を押した。
「莉愛、僕、や俺は何も…できな、い。けど…」
「ううん、全然。だって嬉しいんだもん。いつも遊んでたでしょ。」
莉愛は斗架を見る。
「変わらないよ。思い出は…だから、大丈夫。そばにいてくれてありがとねお兄ちゃん!」
うるった目が日の光で眩しいのを避けるように目を細め微笑む。
何も言えなかった。その優しい眼差しと言葉を聞いてかえって辛くなったから…そうだった莉愛はとても優しい子だった。
春風が優しく吹き、草木が揺れ、木漏れ日私達と彼岸花を照らしている。その中を二人は先へ先へと進み行く。
時の流れるままに暫く歩いていると、空はオレンジに色へと移り変わっていた。
時の移りゆく様は誰も止めることはできない。
土手沿いを歩き、病院に戻る最中、和太鼓の音が聞こえてきた。どうやら、お祭りをしているらしい。
「行ってみる?」
斗架は黙っていた口を開いた。普段は行かないのだが、心が行くべきだと言っている気がした。精神の異常かもしれない、けれどそれに従うことにした。ただ何もせずに暮らしている僕にとってはそれすらも禁忌の冒険に思えてしまうが妹にとっては禁忌どころの話ではない。斗架もまた、昔を思い出していたのだった。鳥居を潜り抜けると、さっきの和太鼓の音の源が見え、中には屋台やらが並び、多くの人で賑わいをみせていた。
莉愛はその様子を風景でも見るかのように見つめる。
「…何か買う?」
との斗架の問に対し莉愛は何かを買ったりする気分でも無かったので、首を振り、少し離れたところにある手水舎を注文した。お兄ちゃんに水をすくってもらい手を洗う。手に触れる水、それはとても冷たく少し心が落ち着いた。莉愛は目を瞑り、繊細な表情でそれを表す。記念にと莉愛は足にも水をかけてもらい、綺麗に拭いてもらった。その後、私達は境内に行きお参りをすることにした。意味などないことくらい分かっていたが、一応、病気平癒の祈願をしようと思ったのだ。礼法に則り、二礼二拍手一礼をし、目を閉じる。
莉愛は祈る。
こんなどうでも良い人間だけど、生きたいとそう思ってしまいました。未来がみたいと思ってしまいました。…もう少し生きてみたいですと小さい手に力を込めてそう願う。
催事たけなわなりし頃、私とお兄ちゃんだけが静かに祈りを捧げていた。
歪んだ顔を直し笑顔を向け
「お兄ちゃん、大好きだよ。またね。」
と笑顔を向けた。
常に無表情で上品にそう暮らしてきた者が居る。
名を莉愛という。才色兼備で剣術、武術、勉学、どれをとっても秀でており、誰から見ても優等生とみられる彼女だが、唯一の欠点がある。彼女は思いの外、心が弱かったのだ。
何故なら、彼女は未来が見えているから。
といっても能力者じゃなく正夢みたいなもの。なぜ、見えるのかは分からない。
莉愛ちゃん大丈夫?血圧が高いようですが。
うん、ちょっと怖い夢だったの。パペット明日は宜しくね。
了解しました。
ところでどんな夢だったのですか。
さぁ、何だろうね。教えないー。
温かなライトの光が差す先には顎を机にのせ
ている白髪ロングヘアから隠れた青い瞳を覗かせる少女が朗らかな表情を浮かべ、銀色、丸形オートマロボットと喋っている。
いよいよ明日か…明日には全てが決まる。
パペット鏡出して。
はい、どうぞ。
ありがとう。
パペットはネットワーク回路をデータベースシステムに繋ぎ、その情報を元に自らの形を変形させた。
いかないで、いかないで。うう……いかないで。
眉尻を下げ、泣き顔をしながら、震える声を出す。
演技派女優さながらとはいかないまでも何やら練習をしていた。
何度も、何度も、繰り返し繰り返して。
その様子をドア越しから何時間も眺めているものがいることを知らずに。
あ、忘れてた。お兄様の食事。
ふとそう思い、言葉を出したその時。
カタンと
微かな音に私は振り向いた。
まぁ、いいや。
いいんかい…そう言いたくなるような言葉はさておき、私は食事を運んだ。
「置いておきますね。」
その後も私は練習をした。
莉愛ちゃん。もうお休みになった方がよろしいかとパペットに言われるまで何度も。
そうだね。寝よっか。
彼女はパペットを抱き、そのまま就寝した。
翌日…私はかねてよりの集合場所である。ウラノンにやってきた。
私の隊は通称ゼロ。本陣、左翼の端にある地に陣取る隊である。
視線を上げると草原が、そのまた向こうには山々が見えた。
莉愛は少し目を瞑った。
自分が生きているのか時々わからなくなるなることがある。死んでいるんじゃないかとおもうことがある。
自分の意志があるのか、ぼやけた世界の一員としているのか何もかもわからなくなる時が…ある。
結末なら知っている。私がこの先どうなるのかを私は…知っている。一歩踏み出した先は地獄への入口だということを。
両手の掌を見つめながらそのようなことを思った。
戦場に立ち
剣を鞘から抜き、敵と相対し殲滅するというのが、私の役目。そうなんども言い聞かせるも体は震えていた。
幼い頃から、この地を守らんとするために育てられてきた。
莉愛…どうしたんだ。
クラスメイトの悠がいつもとは違う莉愛の様子に気づき問いを投げた。
前もあったような感覚が五感に宿る。
まるで銅像にでもなったかのように無表情さに真美沙も声をかけた。
莉愛さんどしたのですか。
きっと上手くいく。そう何度も何度も言い聞かせて…いつ言えば、タイミング等と考えを巡らせて。
ふぅ…行けるの
裏返るような吐息を吐く声で
力強く、それでいて怖いという気持ちに声を抑えるように声を震わせ彼女は言う。
い、いかないで…
お願い…だ、か、ら
何を言っているんだ。
恭敬が睨みをつけ一蹴する。
敬語じゃない…どうしたんだろう。
莉愛はマミサの袖元を引っ張る。
怖い…と一言。
彼女が発した言葉は皆の意表をつくものだった。彼女からその言葉が出るとは夢にまで思わなかったから。
脚をみると、小刻みに震えている。
お兄ちゃん…
そこには居ないはずの兄の名を呼ぶ。
馬鹿なことを言うな。
襟元を引っ張り上げられた。
初めてだった。こんな風に言われるのは。
瞳孔が揺れ、
気づくと私は目に涙を浮かべていた。
戦いたくないの…ごめんなさい。
そういうと彼女は泣き崩れた。
初めてだったこんなに泣くのは。
1呼吸後…
無理だ。
うちも行かなきゃ。
2人の答えは彼女の意と異なるものだった。
え…
彼女の怯えた声に真美沙は
ごめんね…私、莉愛ちゃんのこと何も知らなかったみたい。莉愛ちゃんは逃げな!
と莉愛の泣き顔に顔を近づけて、よしよしと頭を撫でた。
直後、時間が止まって見えた。
待って…
この時、私がどんな顔をしていたのか分からない。鏡の前でいっぱい練習したのに…
上手くいくいったらいいのになぁそのために努力して、考えた等ということは相手には伝わらない。いつもそうだ。だから、私は私のことが嫌いになる。
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