第18話 「恐怖、密室自決事件!」



 旅館の客室入口での小競り合いはしばらく続いた。


ナロウのリュックの中の気配を感じていた巫女と、呪いの人形を巫女に見せたくないナロウ。


両者の押し合いは若く勢いにまさる巫女の勝利となった。


なろうの客室になだれ込む二人、とっさにいのりを隠そうとするが遅かった。


部屋の中央に敷かれた一組の布団。掛け布団は乱れに乱れ、中に眠る少女人形の姿を隠せてはいなかった。


ついに露わになる呪いの人形の全貌。


呪いの髪は美しく放射状に伸び、波打つ金髪が装飾のように白いシーツの上に広がる。


はだけた子供用の浴衣は、彼女の大事なとことをなんとか隠しているが、大切な関節部分がチラチラと覗き、しっとりとした人工の肌が柔らかな朝の日差しをあびてツヤツヤと輝く。彼女の小さな顔はやや上気した色合い。まぶたは閉じられその美しい瞳は見えないが、長いまつげが見事なカーブを描いている。半開きの口に呼吸音はなく。剥き出しの胸部にも心拍呼吸の欠片も見えない。


人形の寝乱れた姿を見てナロウは一人、つばを飲み込んだ。


隣に立つ巫女の顔は、真っ赤であった。ナロウを睨みつけ、


「ヘンタイ!」


一言罵倒して部屋から出ていった。


彼女はきっと、この男は人形に浴衣を着せて、床を同じにしていたヘンタイなのだと思ったのだろう。


まったくその通りであった。


続いてその現場を見た兄の神主は、


「まあ、人にはそれぞれ性癖ってものがあって、それが多様性の原点であるからなんも否定できんけど。まず人肌の温かみ、そこから初めても遅くないと思うよ、おじさん」


なぜか慰めの言葉をかけて出ていった。


いのりの秘密は守れたのだ、


若い女性と若い男に蔑まれるという代償を払って。


寝たふりをやめムックリと起き上がったいのりは、浴衣を整えた後、四つん這いで落ち込んでいるナロウの頭を撫でて慰めた。




「このままではすまさんド!」


 と、廊下を突撃するナロウ。リュックの中にはいのりが入っている。「密室自決事件」と言われる事件現場へと廊下を突き進む。


このまま「人形添い寝おじさん」として一生認知されるわけにはいかない。「なにか」をして評価を上げてからでなければ、旅館のチェックアウトもままならない。そんな悲しい男の意地があった。




事件現場と思われる個室は旅館のもっとも外れにあった。案内板を見ると、もっとも外れていて最も高い位置にある。唯一の四階表示の部屋だった。


いくつかの階段を上がった先に人だかりが見えた。ほとんどが旅館の従業員だが、あの兄妹の白装束も見えた。


完全な野次馬として室内を覗き込む。開かれた襖の向こうに横たわった人の姿が見えた。白いシーツで全身を覆った状態、間違いなく今回の被害者、あるいは自決者のようだ。


事件発覚からまだ時間も経っていないようで、警察等の公的機関は到着していないようだ。ナロウも仕事柄、死者や遺体というものに近い場所にいるが、遺体そのものとの接触はほとんどない。巫女たち兄妹と目が合う。


妹はナロウの顔を見て、顔を赤くしながら顔を背ける。兄の表情からはまだ哀れみが感じられた。


この神職の兄妹は旅館からの依頼でお祓いに来ているようなので、和尚でもあるナロウは、あたかも関係者であるかの様なふりをして室内に滑り込んだ。


客室内に入ったナロウはその場の違和感にすぐに気づいた。仕事として何度も入った心霊事故物件と同種の違和感、彼の仕事現場と同じ空気を感じた。


ナロウを軽蔑しきっている妹のほうが声をかけてきた。


「意外です、感づいたみたいですね」


ナロウの表情の変化を見抜いたようだ。


「なにが―?なにが?」


兄の方はいのりが見抜いたように、まるで霊感がないとみえる。この場の雰囲気を感知していない。


「なんか、この部屋変ですね。遺体があるから当然ですが、それ以前に…」


ナロウは感じたことを妹に告げた。


「民間の掃除屋風情の和尚でも、多少は鼻が効く人もいるということですね」


「なにがー?ねぇなによ?」


妹は和尚を見下し、兄はまったく分かっていない。


実際、歴史的な積み重ねと教育機関を持っている正式な神主や巫女に比べて、民間エクソシストである「和尚」はその能力を保証するものはなにもなく、ほとんどが「自称和尚」という有り様である。十把一絡げ、玉石混交、ピンキリ。全員が無免許エクソシストだ。


オフィシャルな霊能力機関である神社側からしたら、見下げ果てて当然の連中であることは間違いない。


「そうです、この旅館には悪しき霊が巣食っています、それを祓うために私は来たのです」


「オレもね」


妹は自分の能力に絶対の自信があるようで、兄はその完璧なオマケである。


一つの自決現場に巫女と神主と和尚の三種の祓い屋が揃った。ここよりいかなるお祓いバトルが始まるか…


「やーやー!ここが密室殺人の現場かぁ!おい、素人さんたち、そのへんをペタペタ触るんじゃない! この名探偵・椹木さわらぎ亮一郎の仕事のジャマだ!」


大騒ぎしながら入ってきた若い男、蝶ネクタイも場違いなその男は、自らを名探偵と名乗り、巫女・神主・和尚の脇を通り過ぎ、事件現場へと入っていった。


その男に付き添っていた旅館の女将を捕まえて聞くと、どうやらほんとに名探偵らしく、たまたまこの旅館に泊まっていたそうだ。


事件と聞きつけ「解決」のためにさっそうとやってきたのだ。


その時、巫女・神主・和尚の三人に同時に起こった感慨は


「名探偵ってほんとにいたんだ…」


というものであり、エクソシストという職にいても、「探偵」というのはそれ以上にフィクショナルに感じてしまう職業だった。


椹木さわらぎと名乗った名探偵、あるいは名探偵を名乗った椹木さわらぎは、事件現場を隅々まで見て回っている。なにか見ては「この鍵…閉まっている!」と口に出すのでわかりやすかった。




 「ではここは、名探偵殿にまかせるといたしましょう」


騒がしい名探偵の仕事ぶりをしばし眺めていた巫女は、「密室事件」とやらは管轄外であるとばかりに立ち去った。兄である神主もそれに続くので、和尚であるナロウもそちらに続いた。


少なくとも探偵のテリトリー内で和尚の仕事はなさそうだからだ。




巫女の後を追うナロウ。


彼女は事件があった最上階の客室からドンドンと下の階に下っていった。下る長さから旅館の最下層へと向かっていることは分かった。


「この旅館には名物と言える客室が二つありました。一つが先程の事件現場、最上階にありこの周辺一帯を眺められる”竜頭の間”」


階段を下りながら巫女は親切にもナロウに解説してくれている。たしかに先程の部屋は高台に位置しているらしく、眺めは他の部屋と比べても抜群に良かった。一般の客室からも離れていて部屋としての格も数段高そうだった。


「そしてもう一つ、こちらは現在は一般に開放されていません。こちらは旅館の最下層にあり、そばの滝の滝口を覗ける部屋として有名でした。その名も”竜尾の間”」


ナロウといのりが見物していた滝の上に立っている部屋。それはたしかに名物になるだろう。だが開放されていないとは?


「ここ数年、その部屋から滝壺へと落下する”事故”が起こったのです。数名の重症者と一人の死者がでてしまいました」


なるほど、そのような痛ましい「事故」が起これば閉鎖もやむなしではある。


最後の階段には壁はなく、岩肌が見える作りとなっていた。旅館から離れた部屋が姿が見えて来た。事故があったとはいえ、チェーンでの封鎖や御札の封印などもなく、普通の開き戸の向こうに客室の和室があった。


雨戸が全て閉められ真っ暗な室内。妹に命じられた兄が文句をたれつつ雨戸を開く。


その途端、陽の光と流れ落ちる滝の水音が部屋の中を満たした。


ほんとうに滝の側に部屋があり、滝口を覗き見ることが出来る部屋だった。


部屋の中は清掃が行き届き、客室としての作りに問題はなさそうだった。だが、ナロウは入った瞬間に感じてしまった。


「ここは職場だ」


幾度となく心霊事故物件に入っているナロウは、その僅かな感覚の差異に鋭敏になっていた。


仕事場の匂いがする。


つまりここが…


「この竜尾の間の真上に、先程の竜頭の間があります。それはつまり」


「つまり、竜頭の間で起こった自決は、この竜尾の間の影響で起こった・・・」


 ナロウは職業的な見解を述べた。


「その通りです。在野の和尚にしてはまともな鼻をもっているようですね」


巫女は僅かながら、ナロウを認めたようだ。


ナロウは財布から名刺を抜き出して見せる。


「僕はナロウ和尚。君たちの言う、在野のエクソシストだ」


仕事場においては名刺を見せ、己を名乗る。それが社会常識だ。巫女と神主もそれにならって自己紹介をした。


円流鳳えんりゅう ほうです、 神魂宗しんごんしゅうの巫女をやっています」


円流秀えんりゅうすぐる、 妹よりすぐれると書いて秀という。同じく神魂宗の神主だ」


「ホウとスグル…そして、神魂宗しんごんしゅう


名と所属団体が遂に明らかになった。その団体名はモグリのエクソシストであるナロウですら知っている有名団体で、大御所といっていい。弱小木端な不動産屋付きの和尚が逆立ちしても、敵う相手ではない。



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