#15 好きな人と、好きな人②

「で、昨日Dがコーヒーにシロップ付け忘れて提供したせいで、会計のとき私がおじさんに怒られてさー」


 猫丸は半日シフトだった日、ちょうど休憩だったS先輩が、いつものように話をしてくれた。


 古株バイト・S先輩。猫丸にとってこの先輩は、(学生バイトの中だと)現時点で一番憧れの存在だと言っても過言ではない。


 入って二年以上経っているバイトは、猫丸の店ではいわゆる「古株」と呼ばれている(シフト表で半分より上に名前がある人がそう)。


 古株バイトと呼ばれる先輩たちの中には、いわゆる「排他的思考」を持っている人もいて、古株バイト同士で固まって新参バイトを蔑ろにしたりなど、以前はよく見がちな光景だった。


 その古株バイトの人たちは就職などで三月で半分以上辞めていったため、今は段々とそんな雰囲気は薄れつつある。しかしまた同じことは繰り返されるかもしれない……


 そんな中、S先輩は古株バイトでありながらも、誰に対しても優しく気さくに接していた。


 排他的な雰囲気に表立って抗議することは流石に無かったが、濡れ衣を着せられそうになった猫丸をさらっと庇ってくれたこともある。


 人によって態度を変えない。当たり前の事だが、それが結構難しかったりする。やっぱりどうしても仲の良い人、気を許している人の前だと態度を良くしてしまう。だからS先輩みたいな存在は非常に貴重なのだ。


 その上、S先輩はめちゃくちゃ出来る人(いわゆる『シゴデキ』)である。彼女はとにかく動きまくる。単純によく動くとその分作業をこなすスピードも速まって、その結果、店の回転率も上がる。


「『この店はそんなことも出来ないの?教育どうなってんの?』って言われて…私知らんのに!とりあえず『申し訳ありませんでした』って謝り続けて、あーもう、怖かったー」


 そんなS先輩は、私に色々な話をしてくれる。私は自分以外のことに疎い部分があるため、S先輩が教えてくれる情報は結構有り難かった。


「あいつ、忙しくなるとすぐイライラしだすし!皿すぐ割るしパン落とすし!金髪ウザいし!仕事選んどんか知らんけどバッシングは死ぬほど遅いし!」


 S先輩がひとしきり愚痴っていると、「おー、何話してんの?」と、店長・Aさんがフロアから戻ってきた(うちの店は極狭なので休憩室と着替え室と事務作業用の部屋が全部一緒)。


「Dくん?人足りない時によく入ってくれるから、店長としては有り難い存在なんだけどね」 

「出しゃばりたいだけなんじゃ。俺がこの店回してるんだぜ、ってイキりたいだけなんじゃない。金髪ウザいし!」

「金髪……」


 猫丸もこのD先輩はあまり好きではない。店が人手不足でやばかった頃、コイツは過労で病んでいたTさんに寄り添う姿勢を見せていた裏で、後輩には散々当たり散らかしていたからだ。


 前話で触れた後輩に仕事教えない件や、先述した古参バイトの件など、新人に対する悪しき洗礼のほとんどはコイツが関わっている(なんなら筆頭となって行っているときもある)。


 ただD先輩は、別に後輩に当たっていることを隠す気は無さそう、というかそもそも自分が横暴に近しい振る舞いをしていることを自覚してなさそうだった。


(なのにそんな態度を咎められなかったのは、忙しくて誰もそれどころじゃなかったからだろう……)


 にしても、S先輩の愚痴も結構すごかった。普段仕事しているときの寡黙で控えめな雰囲気から一転、火力強めな言葉がぼんぼん出てくるもんだから、少し驚く。


 けど、誰にでも気さくなシゴデキなんかしてると、その弊害で色々溜まるんだと思う。


「でも人足りなくて社員さんがシフトいっぱい入ってるの見ると不安になっちゃいます。またTさんみたいに……あ、Aさん、Tさんって知ってますか」


 このとき普通にD先輩がフロアの方に居たので(勿論聞こえてはない)、猫丸はなんか気まずくなって話題を変えた。


「あ、うん聞いたことある。過労で辞めた前の社員さんでしょ」

「そうそう、本当に優しくて優しくて優しくて優しくて女神みたいな人なんですよ!!!」


 Tさん大好きな私は、彼女を語るときはこれが通常運転である。めっちゃ好きじゃん、とS先輩が苦笑いしていた。   


「私、Tさん居ないと絶対やっていけなかったんですよ。本当に仕事出来なかったし、まぁ今もですけど」

「いやなんでよ」

「えーだって、結構ミス多いし……」

「それでも動いてくれない人よりマシだよ、私ね、動かない人は人だと思ってないから」


 え?と思わず表情を硬着させた私に、「仕事中の話ね?」とS先輩は軽く笑った。


「だって動く気ない人を無理やり動かすくらいなら、自分が動いた方が早いし」


 そう言われて、猫丸はスッと納得できた。そういうスタンスを持っているのなら、彼女が普段動きまくるのも納得できる。


「私も最初の頃ね、全然寝ないでバイト行って、あまりに眠すぎてオーダー全部間違えて送ったりしたことあるし」

「ひぇ……!」

「サンドイッチ2個を222個とか打ったり、ホットコーヒーなのにアイスコーヒーって打ったりアップルジュースなのにオレンジジュースって打ったりして。これ取ったの誰や!ってUさんがキレてて、誰だろ〜って思って見たら全部私の名前で。無事、地獄の鬼詰めTimeからの大号泣ww」


 聞いているだけで全身に鳥肌が立ってきた。周囲に事情説明をしたり伝票打ち直したりしている間にも、どんどんどんどんお客さんが来店して呼び出し鐘も鳴り……ひぇっ、恐ろしすぎる。


「えぇ、S先輩が怒られてるのなんて想像出来ない……だってUさんからめっちゃ好かれてるじゃないですか」

「いやぁ?入ったばっかりの頃はよく怒られたよ」

「あぁUさんね、ちょっと怖いよねぇ」


 Aさんも頷いた。この日丁度Uさんが休みだったため、普段は恐れられているUさんについての話も、この日ばかりは思う存分にできる。


 Uさんに怒られて、怖くて泣いている新人時代のS先輩の姿を想像してみると、なんだか可愛らしくて頬が緩む。こんなシゴデキの人でもそんな時代があったん……


「だって、Tさんが辞めたのだってそのせいだよ」


 え?と、猫丸は咄嗟に聞き返す。普段みたいに少しやりづらそうな笑顔で、嘘も悪意も何ひとつ無さそうな表情で、S先輩は言う。


「Tさんは、Uさんの———上の人の圧が辛くて辞めたんだよ」

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