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先生との話を終えた人たちが会計に並んだ。

少しでも遅く残ろうとして残ったビールをちびちび飲んだ。

おじいさんがそろそろ帰りましょうかと言った。

いや残りますとも言えず、そうですねと仕方なく残りのビールぐっと飲んだ。


その時先生がピアノの人と軽くハグしているのが目に入った。

それはとても自然で普段しているような感じだった。

はっとした。

ただの演奏仲間だったら男女でハグなどしないはずだ。

そうなのか?

もっとふたりの様子を確認していたかったが、それ以降ふたりは別に行動している。

そのうち会計が済んでしまい、店を出なければならなくなった。

さっきの光景が脳裏で繰り返された。


半ば茫然として店の外に出たら、あこちゃんが立ち話をして待っていた。

俺をじっと見た。


わかったでしょと言っているような気がした。

そういうことなのか。だから何も言わなかったのか。

なんだろう、くやしさが沸きあがってきた。

ピアニストか。

俺はただの生徒だ。


それでも確認したかった。

まだ信じたくなかったのだ。

「ピアニストが彼氏?」

あこちゃんはゆっくりとうなずいた。


むしゃくしゃした。

気持ちを持っていく先がなかった。


初めてこんなに人を好きになったのに。

歯を食いしばるしかなかった。

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