恋愛がんstage5の危険性

ちびまるフォイ

第1話

「いいですか、落ち着いて聞いてください。

 あなたは恋愛がんstage5です」


「れ、れんあいがん……? 私あんまり重火器くわしくなくて」


「すでにstage5まで進行しています。

 このまま放置していると大変なことになりますよ」


「具体的には?」


「なにもかも恋愛ありきで見てしまいます」



「……それだけ? 死なないんですか?」


「死ぬものではないです」


「あじゃあいいです」


「ちょっと! あなたは恋愛がんを甘く見ている!」


「そんなたいしたことでもないのに、高い手術はできませんよ」


病院を足早に出たときだった。

あきらかに視界がおかしい。


視野のすべてにピンク色のフィルターがかかっているように見える。


「な……なにこれ……どうなってるの!?

 なにもかも恋愛しているように見える!」


普通に道を歩いている男女は、カップルに見える。

なんなら前後に歩いている男女すら、

なんらかの恋愛的なつながりがあるように思えてしまう。


そして自分も恋愛していないことが、たまらなく耐えられなくなる。


まるで自分が真っ裸で外に出ているように。


「はやく……はやく恋愛しないと!!」


もはや取捨選択できるよゆうもなく、

近くを歩いていた人に告白して恋愛をはじめた。

そうしないともう危険な状態だった。


「はぁ……危なかった……あと少しでも恋愛が遅れていたら

 過呼吸で死んでしまっていたかもしれない」


「あの、勢いで付き合ったけど、君は僕のことが好きなの?」


「え? なんで恋愛に好きが出てくるの?

 私は恋愛がしたいだけで、別にあなたが好きじゃないわ」


「好きじゃないのに恋愛なんて! ふしだらな女だ! 別れる!」


「あーー! うそうそ! 待って! 好きだから! めっちゃ好き!」


「ならよし!!」


これが恋愛がんの症状なのか。


常に手元で恋愛ドラマを流し続けないと、

体が恋愛不足でおかしくなってしまう。


友達と話す話題も恋愛以外は受け付けられない。

仕事や趣味の話をはじめた瞬間にじんましんが床まで広がる。


「私がいるときは恋愛以外の話はしないで!!」


「え、ええ……」


友達は困惑しっぱなしだった。


今が症状のピークでやがて落ち着くだろうと踏んでいたが

私の期待とは裏腹に症状はますます進行するばかり。


恋愛がんは転移に転移を重ねて、

空気と太陽が恋愛しているほどに重症化。


もはや私は恋愛モンスターとなってしまった。


耐えきれなくなり、病院の恋愛科へと足を運んだ。


「その後の調子はどうです?」


「もうやばいです……。

 今も先生の聴診器と、先生とが恋愛しているように見えます」


「……これは危険だ! MRIを!!」


最新鋭の機械で体の様子をみると、

脳のちかくにバカでかい「ハート」の腫瘍しゅようができていた。


「これが恋愛がんのおおもとである"恋愛嚢れんあいのう"です」


「こんなに大きく……」


「すでにExstageエクストラステージファイナルイグニッションの状態です」


「そんなにファイナルな状態へ……!?」


「手術……しますね。もうわかってるでしょう?」


「はい……」


もう断ることはできなかった。

これ以上進行した場合の症状を聞くことすら恐ろしい。

日常生活を手放すほどになるだろうことは想像にかたくなかった。


恋愛嚢を取り出す緊急手術がはじまる。


「ああどうか。先生よろしくお願いします……」


「もちろんです。必ず摘出してみせます」


さまざまな部位や神経に癒着している恋愛嚢を摘出するのは容易ではない。

手術は長時間におよび助手はハリー・ポッターをすべて見終わってしまった。


ついに【手術中】の赤いランプが消える。


麻酔が弱まってうすく目をあけると、

にこやかな医者の顔が待っていた。


「お疲れ様でした」


「先生、手術は……」


「あっちを見てください」


医者が指差す先にはピンク色でハートの形をした部位がおかれていた。


「摘出成功です。その後の後遺症もなさそうで安心しました」


「それじゃあっちにあるのが」


「そう恋愛嚢の腫瘍しゅようです」


「へええ……」


「あ! 触らないでください!」


「え?」


「恋愛嚢はまだ死んでいません。

 もし触れたらそこから感染してふたたび恋愛がんになるかもしれません」


「恋愛がんになったら……」


「もう恋愛していないとおかしくなります。

 手当たりしだいに告白してしまうでしょうね」


心当たりがあった。

自分もstage5進行により恋愛への焦りが一気にきた。


そして今摘出されたものは当時よりもさらに重症。

こんなものに触れてしまったら恋愛を抑えることなどできやしない。


間違いなく、最も近い異性との恋愛へと至るだろう。



「……ところで先生、ひとつだけ聞いていいですか」



「もちろん。なんでも聞いて下さい」



「先生の年収っていくらですか?」



「まあ1000万以上はふつうにもらっていますよ」



その言葉をたしかめた瞬間、医者の顔面に向かって投げつけた。


顔からズルズルと腫瘍がずり落ちると、

医者の顔からは先程の理知的な面影の一切が消えた。


「あああ! お願いです! 僕と恋愛してください!!」


「その言葉を待ってました!」


私は病気をがキューピッドになり幸せをつかんだ。

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