孤独な狼に陽は咲う
八十浦カイリ
第1話 孤独な狼
『DJナイトさんこんばんは。僕はなかなか友達が出来ません、どうしたらいいですか。
だそうです。う~んそうだねぇ。あんまり友達作らないといけない、とか。意識し過ぎるのはあんまりよくないと思うよ。
それに、一人の時間だって僕は大事だと思う。僕だってね、学生の頃は割と一人だったし、今だってそんなに友達って言えるようなやつはいない。
大人になったらね、そういう価値観だって変わってくるもんだよ。
ただ君がどうしても友達が欲しいっていうなら、そうだね……』
聞き慣れたラジオの声が、部屋の中に響く。
僕は、ずっと独りだった。
僕には両親こそいるけれど、どういうわけだか僕に対してあまり関心がないようで、そんな2人のもとで育ったからこそ、僕はずっと独りだった。
きっとこれからもそれは変わらないし、僕もそれでいいと思っていた。
寂しいなんて感情は、そこにはない。
そういう感情は、誰かと繋がろうという気持ちがあるからこそ生まれるものであって、最初からそれを求めていないのであれば、それはそもそも発生しないというのが、僕の持論だ。
16年と少し生きてきて僕は、誰かと繋がろうという感情を抱いてきたことが…なかった。
その日は、妙に気温が高かった気がする。
季節の変わり目、いつ雨が降ってもおかしくない6月という季節だ、妙に気温が高くなるなんてことは別に珍しい話ではないだろう。
だが、日が照り付けるような道を歩くというのも、日が肌を焼く感覚であまり気分が良くないので、出来るだけ陰のある場所を選んで歩くことにした。
耳にイヤフォンを挿し、好きな音楽を聴きながら、陰で少しだけ涼しくなっている場所を歩く。
所詮気休めだとは思うが、それでも何の対処もしないよりはマシだ。
少しだけ汗が出始めたので、ハンカチで汗を拭くために、一旦足を止める。
どういうことだろうか。いつの間にやら、そこには僕と同じくらいの歳の少女が佇んでいた。
普段ならそれすらも風景の一部として、僕は無視していたことだろう。
だがあろうことか、どういうことなのか、こんなところで何をしているのかと、僕はイヤフォンを外して、少女に声をかけた。
「あの、こんな所で何してるの?暑いだろ?」
自分でも変な気を起こしてしまったな、とは思う。制服が見慣れないものだったのもあるのだろうか。
すると彼女も僕の存在に気付いたのか、驚いたような顔をして僕の方を見た。
「えっと…あなたは、このあたりの人?」
改めて、少女の姿を見る。長いリボンで髪を後ろにまとめた、ぱっちりとした目が印象的なセーラー服を着た少女だ。
「ああ、一高だよ、第一高校」
うちの学校の制服はブレザーだから、もしかしたら隣町あたりの高校なのだろうか。
「そうなんだ、もしかしたら、私もそうだったかもね」
「"かも"?わからないのか?」
「実はね……わたし」
「記憶がないの。自分の名前くらいしか、思い出せなくって」
どうやら彼女には記憶がないらしい。いわゆる記憶喪失というやつなのだろう。
だとしたら、こんな所で立っていないで自分の記憶を探しにでもいった方がいい気がするが、
もしかしたら彼女にも僕にはわからない事情があるのだろうか。
「名前はわかるんだ。じゃ、君の名前は?いつまでも呼び名がわからないんじゃ、不便だ。
僕は狼谷一希。狼に谷、一に希望と書いて一希。ポジティブ過ぎる文字はあんまり好きじゃないから、気に入ってないんだけどね」
「一希くん、だね。でも、すっごくいい名前だと思うよ。私は水沢夕陽。夕方の夕に、ヨウの方の陽で夕陽だよ。沢は簡単な方の沢。」
「君の方こそ、いい名前じゃないか。それにしても、どうしてこんな所にいるの?もしかして…家、わからないとか?」
「うーん…そんな所、かなぁ」
歯切れの悪い返事だった。けれど、気にしても仕方ないだろう。
「事情はわかった。でも、最近急に気温上がってきたから、熱中症には気を付けなよ。明日だって30度越えるっていう予報じゃないか」
「…あはは。最近本当に暑いよね。昔はこんなんじゃなかったはずなんだけどなぁ」
などと言いながら、彼女…夕陽は汗一つかいていない様子だった。随分と、暑さに強い体質らしい。
「割と平気そうに見えるけどね」
「そう見える?まあ、女の子はこう見えても色々我慢してますから?」
「…男女は関係ないと思うけどなぁ」
「あー。もう、一希くんってば冗談通じないなー」
夕陽は呆れたように、お手上げのようなポーズをしてみせた。
「今の冗談だったの?」
「え?わかんなかった?」
女の子の考えることはよくわからない。同性のクラスメイトの考えることですらよくわからないんだから、ましてや異性である夕陽は尚更だろう。
だが、僕がそんなことを言っていても、夕陽の表情は笑顔のまま変わらなかった。
「わざわざ話しかけちゃってごめん。じゃ、僕はこのあたりで帰るから」
きっと…気の迷いか何かだったんだろう。
僕のことを半端に知っているクラスメイト達よりも、何も知らない人の方が、安心できたとか、きっとそういう理由に違いない。
「気にしないでいいよ。もうちょっと、一希くんのことも聞きたかったな」
「僕のことなんて何も面白いことはないよ。友達もいなければ、勉強だって出来るわけじゃないからね」
「あんまり、自分のことそうやって言うのよくないと思うな」
夕陽の表情が、気のせいか少しだけ沈んだように見えた。
「…そうかな。ごめんね、そういう癖で」
「だから謝らなくていいんだってば!!」
「……ふふ」
僕を慌てて制止しようとする夕陽の姿が、少しだけおかしく見えて、僕はちょっと吹き出してしまった。
「何がおかしいの?」
「別にー?一希くんの方こそ、結構変わってるよね」
「僕は普通だと思うけどな」
「あっはは、自分で普通って言う子の方こそ、実はそんな普通じゃなかったりするんだけどねー」
やがて、僕たちはそのまま別れることになった。
何とも不思議な出会いだった、そして、別れの直前夕陽は、僕に向けて「またね」と言ってきた。
この路地を通ったのだって気まぐれだし、そもそも普段ならこんな人通りの少ない場所を通ることはない。
けれど、何故か夕陽に明日も会いたいと、僕は思っていた。
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