第44話 密談(ディノ視点)

 

 ライラが教師たちと去って、一緒に来ていた職員がドレスを回収していった。その場には俺たちと彼女を糾弾していた平民生徒だけが残る。

 一人熱く語っていた生徒は、一息ついて冷めた眼差しで俺たちの方に向き直った。


「余計なお世話かと思いますが、親しくなさる方を選ばれた方がよろしいのでは? では私たちはこれで失礼致します」


 そう言って彼らもこの場を後にし、嵐のような騒動はそうして幕を閉じた。




 うちのクラスの女子達がまだあれこれ言って憤慨しているが、俺と同様に黙って顛末を見ていたエイデンが呆れたように口を開いた。


「すごいなぁ。色々な意味で」

「そうだな」


 エイデンがそう言いながら帰ろうとしたので、俺も続いてその場を離れようとした。


「えっ、二人とも帰っちゃうの?」

「まあな」

「ちょっと、ライラが心配じゃないの? なんだかルーク様といい、男子冷たくない!?」


 平民生徒もいなくなり、アネットの怒りの矛先がこちらに向いたらしい。ライラの事は彼女等に任せておけば大丈夫だろう。


「でもあんまり大勢で残っていてもどうかと思うし、私達女子でライラを待ちましょう」


 マリーが助け舟をだしてくれた。エイデンと視線を交わしていたから何かを察したのかもしれない。


「まあ心配といえば心配だが、ライラならきっと大丈夫だろう、じゃあな」

「マリー、明日話を聞かせてね!」


 まだ何かを言いたそうなアネットを遮るようにさっさと立ち去った。

 エイデンとも門前で別れ、それぞれ迎えの馬車に乗り込み家路につく。


 自宅に戻り、しばらくの間は剣の練習でもしようかと準備を整えていたところで訪問客がやってきた。

 ジルフィード家のエイデン様がいらっしゃいました、との報告を受けて迎えに出る。



「おまたせー、待った?」

「待ってはいないが、来るだろうとは思っていた」

「だって、あれは放っておけないでしょ」


 俺は予定を変更し、精霊殿の一室にエイデンを通した。周囲を人払いして、広い部屋に二人で籠る。


「で、何かわかったか?」

「今日はすごいよ。ずっと聴かれてたと思う」

「どのあたりからだ?」

「ジュリアのドレスが無くなったと知ってから俺も気にしたから、はっきりとはわからない。でもダンスの授業が始まった頃にはもう魔法が飛んでいた」


 話を聞きながら頭を巡らせる。

 彼の言う魔法というのは、風の力を使った盗聴だ。これが厄介なのは、他と違って目視されずに静かに行える点にある。火・水・土と違う風の特性の一つだ。


 風の力は汎用性が高く、あらゆる分野に使われる。当然軍事にも風の力は利用されているのだが、そのなかで一つ特殊な役割があった。

 諜報活動。敵情報を扱う重要な部隊の一つでもある。


 この魔法はその特性から許可制となり、一般には公開されていないものだ。必要な部署に配属されて初めて学ぶことが出来る、極めて特殊な魔法でもある。俺自身も軍に関わる家柄でなかったらおそらく知ることはなかっただろう。


 ここにいる風の守護司の家に生まれたエイデンは、血筋故なのかその魔法を誰からも学ぶことなく自然に身に付けていたというのだから恐ろしい。

 そんな例外はおそらく彼だけであろうと考えると、ただいたずらにそれが行われているわけでないとわかる。


「今のクラスが聖女選定中だから、その内偵なのか?」


 王国軍とは別に、王家直属の王宮騎士団という近衛組織がある。それは王宮の治安部隊であり、そちらも小規模の諜報部隊を抱えている。王宮内の不正や不穏分子を調査摘発する仕事をしているはずだ。

 もし学園と関わるとしたら王宮騎士団の方だろう。聖女候補生絡みの事件ということで調査が入った、と考えれば一応の辻褄が合わなくもないが……。


「うーん、それは考えにくいな。そもそも俺が盗聴に気付いたのは教科書事件が起きてすぐのことだから、事件の調査の為に動いていたわけじゃないと思う。それに騎士団が本気で乗り出したら、すぐに犯人を見つけだしてライラに疑いなんてかからないよ」

「だよなぁ」


 思った通りの反論で自分の発言を翻す。彼の言う通り、それが引っかかるところなのだ。


「ただ、だとすると盗聴は誰がしていたかという話になるんだが」

「そうなんだよね。それにジュリアへの嫌がらせにどう関わっているのかわからないから余計に判断に困る」


 考えを巡らそうにも、判断材料が少なくて上手く思考が結びついていかない。


「一応確認だが、主にライラとジュリアが盗聴されているということでいいんだよな?」

「そうだね。その二人と、あとはルークと俺ら」

「俺もかよ」

「そう。一つ気になるのは、俺たちは対象となっているのにどうもマリーや他の生徒は含まれてなさそうなんだよね。それがよくわからない」


 それを聞いて、おや、と引っかかった。


「なぁ、それならルークを中心に探られているとも考えられないか?」


 事件のこともあったせいで聖女候補生絡みの調査かと考えていたが、今挙げられた人物を聞けばそのようにも考えられる。マリーが対象から外れていることは疑問に残るが、この面子だとその可能性は高い。


「どうだろう……いやさすがにそれはないような気がするな。盗聴魔法を使えるということは、少なくとも国に従事している人間のはずだ。次期国王となるルークを標的メインターゲットにするなんて考えにくいけどなぁ。陛下がルークを心配して…なんてことも、真面目なあいつを見ていればなさそうだし。そうするとやっぱり聖女候補生絡みの調査なのかな」  


 俺とは違って、エイデンはルーク調査説には懐疑的なようだ。

 


「あのジュリアの事件は、盗聴しているやつと関わりがあると考えていいんだな?」

「うん、事件が起きた前後の盗聴の頻度を考えると可能性は高い。どう関わっているのかまではわからないけど、全くの無関係とは思えないね」

「………」



 ジュリアの器物損害事件。盗聴。そして平民棟で流れているというライラの噂。貴族棟では聞いたことがないが、あいつらの話しぶりからすると平民棟ではライラの悪評がかなり広まっているように思える。

 どれも関連しているようで、一つの線として繋がらないのが気持ち悪い。


 それからさっきの、ジュリアを連れ出した時のルークの態度。あれは相当不自然だった。直接の被害者であるジュリアを守りたかったのだとも受け取れるが、それでも普段のあいつらしくない行動だ。


「ルークは自分が盗聴されていることを知っているのか……?」


 答えを導き出せないまま、思ったことをそのまま口にした。


「ルークにもこれらのことを話したか?」

「いや、していない。そもそも学園内では迂闊に伝えられないし、かといって外で会う機会もないからね。この話をしたのは、こうして気軽に行き来できるディノと当事者のライラだけ」


 仮に自分の予想が合っているとするならば、ルークはいつそれを知ったのか。そしてなぜそれを甘んじて受け入れているのか。それとも初めからルークには知らされた上で行われていることなのか。

 

 ただ一つ確信出来ることは、諜報技術を持った者が学園内にいるということだ。この魔法は遠い距離まで及ばない。離れれば離れるほど精度が落ちるため、この広い学園で傍受するなら潜入は必要になるはずだ。


「何が目的で、どういった情報を収集しているのか気になるけど、手掛かりがなさすぎて予想も立てられないよ。ジュリアの事件との関わりも謎だし」


 エイデンがお手上げといった様子で首を竦める。


「あれから俺、学園長を含めた先生たちの会話を聴いてみたんだ。でも彼らは何も知らないみたいだった。ライラの噂に右往左往していたくらいだし」


 学園が把握していないこととなると、俺たちがこれ以上探ることは難しいと考えるべきか。


「そうか。あと気になることは……ライラの噂の出所か。その辺は調べてみたか?」

「残念ながら。俺の盗聴は知らない人の声を追うことが出来ないから、結構欠陥品なんだよね。そこはしっかり魔法を学んだ人との差だと思う」


 そう言ってエイデンが首を横にふる。


「わかった。とにかく何が目的かわからない以上、俺は迂闊に動かないほうがいいな。下手をすればルークにも彼女らにも迷惑がかかることも考えられる」

「うん、俺が引き続き注意を払うことにする。あと、この話はジュリアにはしたほうがいいかな? 彼女が直接被害を受けている立場だけど」


 たしかに、この話が出来たら彼女と連携が取りやすくなるとは思うが……。


「いや、彼女に伝えるのはやめておこう。ジュリアは貴族社会に慣れていないせいか、建前の使い分けが不慣れで、言動が素直すぎる。上手く立ち回れるかわからない上に、彼女の不安を煽る結果になりかねない」


「そうだよね」とエイデン自身もそう思っていたのか、特に反論もなく納得してそこで話を終えた。



 この不可解な出来事がなぜ起きて、いつまで続くのか。

 いずれにせよ、異変に気付いた俺たちが注意を払って見ていくことになりそうだ。



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