第36話 離宮イベント本番②
今回この離宮に来たときに、一つ引っかかっていたことがあった。それは王妃への挨拶のことだ。
昨年、私達がご挨拶にお伺いした時は王妃にお茶を誘われ、ロイ様も交えて砕けた雰囲気でお話をされていた。
それが今回は謁見の間に通され、私達三人は王妃にお会いすることになった。
ありふれた労いの言葉を頂いて早々に部屋を後にするという、明らかに一線を引かれたような印象。
ジュリア自身は、初めて聖女である王妃と対面したことでとても感動をしていたけれど、私はどうしても去年と比較して違和感が拭えずにいた。
さりげなくマリーにもどう思うか尋ねてみたところ「今回はジュリアもいたから……かしら?」と答えてはくれるものの、特に思う所はない様子だ。
それは私も同じように思っていた。今回はジュリアがいたからではないかと。
平民がいたから距離を置いたのか?と考えると、ではなぜその平民を聖女候補生に選んだのかという矛盾を感じてしまう。わざわざ地方から呼び出してまで連れてきたのだから、それこそ私たちよりも関心を向けるのではないかと思うのだけれど。
私が考えすぎなのだろうか。でもどうしても引っかかってしまうのも事実だ。
「ライラ、順番がきてるよ」
エイデンの声に、ふと我に返って目の前にいる四人の顔を見た。物思いに耽って順番が回ってきたことに気付かなかった。
「あ、ごめんね。えーとこれにしようかな」
私はエイデンのカードの中から一枚を抜き出す。するとエイデンが微かにニヤリと笑みを浮かべたのが見えた。
しまった、ババを引いてしまった。
私は悩む演技をしながら手札の中に紛れさせ、隣のマリーにカードを差し出した。
ディナー後のまったりとした時間に私とマリー、エイデンとディノの四人でトランプのババ抜きをやっている。この世界にはなぜかババ抜きがなかったので、去年カード遊びをしている時に私が遊び方を教えたのだ。
あまり頭を使わず、気楽に遊びたい時にはババ抜きが丁度いい。
ユウリとカトルは、ジュリアに屋敷の案内を買って出て三人でどこかへ行ってしまった。ユウリが一緒なら、おそらく書庫あたりでも案内しているような気がする。守護貴族の彼らは幼い頃からここへ毎年来ているらしいので、彼らにとっては身内の別荘みたいなものなのだろう。
「なあ。明日の乗馬、ジュリアはユウリとカトルどっちと乗ると思う?」
一抜けしたエイデンが、暇を持て余したようにこの場にいない三人の話を出してきた。
「また下世話なことを……。そういや明日は俺とカトルでロイ様のお供をしてくる。後で伝えようと思って言い忘れていた」
自分の手持ちのカードを見つめながらディノがそう答えた。
「え、そうなの?」「本当?」
エイデンとマリーが驚いた様子で彼を見る。私も同様に予想外のことで驚いた。
「ふーん、なるほどねぇ」
何かわかったような顔をして、エイデンが頷いている。
「まあそういうわけで、明日は皆で楽しんできてくれ」
そう言いながら、ディノはマリーから一枚カードを引き抜くと二枚捨てた。残り一枚となったそのカードを私が引いてディノが上がると、私とマリーの一騎打ちとなった。
カードが何度か往来して、自分の手札は残り一枚。当たりを引けば上がりになるところでババを引いてしまった。
私の動揺を見てにこにこしているマリーが、しつこくシャッフルした私の手札からあっさり一枚を引くと、そのままパッとカードを捨てた。
「あがりましたー」
「負けたぁ」
特に賭けをしていたわけでもないのに、ババ抜きでも負けると悔しい。
ふと、手元に残ったジョーカーが目に入った。
まるで私を嘲笑ってるかのような、不気味な笑顔がそこに描かれている。
それが何だか怖く感じて、嫌な気分がしたのですぐにカードの中に混ぜ合わせた。
次の日、離宮に向かうとすでに表には馬が用意されていた。
サロンに通され、ルーク様の到着を待つ。
その間にエイデンはマリーと一緒に乗るつもりで盛り上がっているし、ユウリはジュリアに一緒に乗る提案をしていた。
そうなると、残りは私とルーク様になるわけだけれど……。
ここにきて、ルーク様が頑なに一人で乗馬されようとしたらどうしよう。結構ショックを受けるかもしれない。
ほどなくしてルーク様が到着されたので、そのまま全員で外に向かった。
そして先程話していた通り、マリーはエイデンの後ろに乗り、ジュリアはユウリの後ろに座って準備をしている。
「では私達も乗ろうか」
そう言ってルーク様がこちらを見たので私の心臓が高鳴った。
もしかして本当に私と乗馬してくれるのだろうか。期待していなかったわけではないけれど、いざそう決まると緊張してドキドキしてくる。
そして今、私はルーク様の後ろに横座りになって彼の服を掴んでいる。
体がぎこちなく、ガチガチに固くなっているのが自分でもわかる。
「ライラ、もっとしっかり掴まってくれてかまわない。ゆっくり歩くから落ちることはないだろうが、安全のためにも腰にしっかり手を回してくれ」
そう言われて私は恐る恐る腕を伸ばし、ルーク様の言われる通りに従った。
全員が乗馬して安全確認を終えると、前方後方に護衛を従え、私たちはゆっくりと庭園を抜け離宮を後にした。
馬車からの景色も良かったけれど、こうして馬に乗って高い位置から周囲を見渡せるのがとても気持ちいい。
私はルーク様に体が密着しすぎないように気を付けながら、その解放感を味わっていた。
いつもの川へ向かう道を外れ、初めて通る道へ入っていく。前方には小さな森林が見えて、どうやらそちらに向かっているらしい。
道は森の中まで続いているようで、私達は木陰へと入っていった。道は狭くなり、そこを一列になってゆっくりと進んでいく。
「この辺りは狩猟にくるところなんだ。野生動物もたくさんいる」
ルーク様がそう説明をしてくれる。
私は背後でそれを聞きながら、しみじみとこの幸せを噛みしめていた。
樹々から差し込む木漏れ日が、樹木や草花に僅かな光を与えて幻想的な雰囲気を醸し出している。これは夢なのではないかと錯覚してしまいそうなほどに、私はどこか夢心地だった。
野鳥のさえずりが所々で響いている。それらの自然の音に耳を傾けていると、すぐ近くでがさりと大きな音が鳴った。
「ひゃっ!」
「大丈夫。ウサギだよ、ほら」
ルーク様が指さす方に目を向けると、茶色いウサギが全速力で遠のいているのが見えた。
「びっくりした……」
彼が王妃に命を狙われていることを知っている身としては、こういう不意打ちは心臓に悪い。
ルーク様は安心させるように、腰に回していた私の手に、自身の右手を重ねた。
「ライラ、少し話しておきたいことがある」
今までの穏やかな話しぶりと少し違って、少し声に緊張が混じったように聞こえた。
「はい、お伺い致します」
つられて私も畏まった返しをしてしまう。
「来年には聖女が決まり、私は王太子となる。それは誰が聖女となってもそれを受け入れ、国の為に尽くさねばならないということだ」
「はい」
余計な言葉を挟まずただ頷く。
「だから、私が自由でいられる時間ももうあまりない。今後はそれに伴い、皆との付き合い方も変わってくることもあるだろう。君にもそれを理解していてほしい」
そう言うとルーク様は口を閉ざし、重ねた私の左手の甲に指で文字らしきものを書き始めた。
(……信じろ?)
何を? よくわからないけれど、一応肯定して、はいと頷いた。
「わかってくれればそれでいい。ほら、もうすぐ出口だ」
ルーク様の言う通り、前方に目を向ければ樹木のトンネルの先から光が飛び込んできた。
今の文字は……? と考える間もなく、目の前には開けた草原が現れ、爽やかな青空と瑞々しい緑が視界いっぱいに広がった。後から来たエイデンやユウリ達も森を抜けると同様に立ち止まった。
どうやらここは高台になっているようで、下を見渡すとそこそこ大きな街が広がっているのが見えた。
「ここからは城下町が見えるんだ。夕方あたりからぽつぽつと街の灯が付き始めて、地上の星のようにとても美しい景色になる。残念ながら、遅い時間に誘えないから見せることが出来ないが。それでも眺めはいいだろう?」
「そうそう。あの景色は皆に見せたいよな」
エイデンも顔を綻ばせて話す。
高いところから眺める夕暮れや夜景は格別だろうなと思いを馳せる。思えばこの世界には高いビルもなければ空を飛ぶ乗り物もない。夜景を眺められる場所というものは、この世界では貴重なのかもしれない。
ユウリは馬で前に乗り出すと、ジュリアと共に遠くの景色を眺めた。
「私は狩りが苦手だからこの場所まで来たことはなかったんだが、たしかにこれは良い眺めだ」
ユウリがそう話すと、「たしかにユウリ様が狩りをしている姿は全く想像がつきませんね」とジュリアが面白そうに笑う。
ここ数日この二人と一緒にいたけれど、ジュリアの言葉には遠慮がなくて見ていて面白い。
ユウリもカトルも、そういったしがらみのない自由な彼女を気に入っているのかもしれない。
私たちはここで馬を休ませたのち、来た道とは違うルートで離宮へ戻ることになった。
今日の目玉である乗馬イベントはこうして穏やかに幕を閉じ、楽しい時間があっという間に過ぎていった。
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