第35話 離宮イベント本番①
カラッと晴れた高い空の下、私たちは大きな帽子をかぶって馬車から降りた。川の近くの林に馬を待機させ、青々とした大地に足を踏み入れる。
ジュリアは少し歩いてから、感動したように目を輝かせて目の前に広がる景色を眺めた。私とマリーも後に続いて澄んだ空気を深く吸い込む。
一年ぶりの離宮、そしてピクニック。今年はジュリアとユウリとカトルを交えて、大人数での開催だ。
「ジュリアは田舎から出てきたわけでしょ、こういう景色は見慣れているんじゃないの?」
先に到着していた男性陣からエイデンが何気に失礼なセリフをかます。相変わらずしゃべると残念なイケメンは健在だ。
「私の地元は田舎といっても小さな商業の町で、こういう広大な美しい自然はなかなかお目にかかれないんです。少し足を延ばせばもしかしたら良い場所もあるのかもしれませんけど」
全く気にする素振もなく、素直に受け応えて風景を眺める。
「そういえばジュリアのいた地方って綿織物の生産地だよね。綿花農業も盛んだし一度視察で行ってみたいと思っているんだ」
エイデンの隣にいたカトルが、ニコニコと可愛い笑顔を見せてジュリアに語りかけた。
お昼のテラスで度々この二人と会う機会があるけれど、そのたびにカトルのジュリアラブ度が上がっている気がする。
ジュリアの方は……どちらかというと、異性としてより弟のような感覚で見ているような気がしないでもない。
むしろユウリの方に気が向いているのでは、と精霊祭の時の彼の話から思っていた。よく図書室に来ると言っていたけれど、ゲームではユウリの好感度を上げたいときに狙う行動だから。
とはいえ、私もマルクス先生狙いじゃないのに職務室通いをしているから確実にそうだとは言えないけれど……。
少し離れたところでディノと話しているユウリをちらりと見た。彼は、ジュリアの事をどう見ているのだろうか。ジュリアの恋愛対象からルーク様が外れることを願っている身としては、どうにも気になってしまうところがあった。
私達がディノの待つグライアム家の別邸へと訪れたのは二日前のことになる。
昨日は女性三人でミラ王妃にご挨拶に伺い、今日は皆で遊ぶ予定だ。
去年と同じくピクニックに出掛けることに決まっていたので、私は実家からある準備をしてここに来ていた。
すぐにルーク様も到着されて、皆で川沿いまで歩いてゆく。
使用人に案内され、見覚えのある野外レストランばりのピクニック会場に到着すると、ジュリアは目を点にして驚いていた。
「ピクニック……?」
「その気持ちわかるわよ、ジュリア。私も去年はびっくりしたもの」
肩をポンと叩きジュリアの気持ちを汲んだ。
「さあ、日差しも強いし女性たちは奥へどうぞ」
テント前にいたユウリが私達三人を奥へと招き入れた。
まずは全員テーブルに着いて一息つきつつ、ディノが用意してきた釣りを誰がやるのか改めて話し合う。用意している釣竿は五本。
「ライラはもちろんやるんだろ?」
ディノが当たり前のように私に声をかけてきた。まぁ確かにやる気満々では来たけれども。
エイデンはテントから出る気はさらさらないらしく、マリーとお茶を飲んで待っていると宣言。ユウリも、マリーと同じく生きた魚が苦手ということで残ることになった。
釣竿を渡されたのはルーク様、ディノ、カトル、そして私とジュリアだった。
「地元では近所に小さな川があって、たまに魚釣りをしていたんですよ」
自信ありげにジュリアが釣竿の様子を見る
「へえ、ジュリアは学園の令嬢たちとはやっぱり一味違うなぁ。あ、ここにいる侯爵令嬢様は例外だけど」
カトルが面白そうに話す。褒められているのか貶されているのかよくわからないイジリをされるが、エイデンで慣れているので気にしない。
私はちゃっかりルーク様の隣を陣取り、釣りに励むことにした。
一匹、二匹、三匹……と釣る頃は日がそこそこ高く上っていた。皆なかなかに釣れたのでそこで引き上げる。
「ライラが釣り上手な事に驚いた。昔からやっていたの?」
ジュリアが意外そうな表情で私を見る。
「ううん、去年もここで釣りをしたから勝手がわかっていただけよ」
「でもその時も、初めてだというわりに様になっていたよな」
途中でディノが余計な口を挟むけれど、褒められて気分がいいのでつい調子に乗ってしまう。
「まあね、ちょっと見ればすぐにコツを掴めてしまうというか?」
そう言って鼻を高くすると、隣にいたルーク様にふっと笑われてしまった。
「すみません、調子に乗りました」
「いや、その通りだと思うよ。謙遜しなくていい」
「そこはツッコミでお願いします……」
ルーク様のほめ殺しに困った顔を見せると、楽しそうな笑顔を返される。
その姿にノックアウトされて、私はついそのまま昇天してしまった。
川から引き上げ、それぞれ獲った魚を使用人に渡して厨房へ運んでいるところを私も追った。そして料理人さんにあるお願いをして了承を得ると、早速準備に取り掛かることにした。
私は侍女に預かってもらっていた荷物を受け取り、テントからやや離れた河原のある川辺にそれを置く。
中には炭と不要になった紙が入っていて、それらを簡単に折りたたみながら地面に並べていった。そしてその上に炭を置いて、火を起こす準備を始める。
「えー、皆さん。これから私は魔法を使って、美味しい料理を振る舞いたいと思っております。まだ未熟ではございますが、私の一学期の成果として是非ご賞味ください」
皆ぽかんとしてこちらを見ている。ちょっと恥ずかしいけれど、どうしてもやりたかったことなのだ。
今年も川辺でキャンプ……もといピクニックをするという話を教室で聞いた時から、私はこの計画を立てていた。
それはキャンプでの醍醐味、釣った魚をその場で串焼きにして味わうこと。
去年は道具もなく突然の出来事だったので無理だったけれど、今年は違う。事前に準備をしてきているし、学園で実技魔法を学んだので名目はそれで行える。
「どうしたライラ。暑さにやられたのか?」
めずらしくディノからつっこみが入った。
「いいえ、実は去年釣りをさせてもらって、あまりに楽しかったので関連の本を読んでみたの。そうしたら面白い調理法が書かれていて、是非それを試してみたいと思って。ちょうど役に立つ魔法も覚えたから、ここで実践してみようかなと」
少し興味が湧いたのか、皆が周りに集まったので私は手を構えた。
「ではいきます……発火!」
掛け声をかけると、手の先にある紙に火がボンとついた。そしてそのまま何回か火魔法を使い続け、炭が少し赤くなってきたことを確認すると、今度は別の魔法を構える。
「では次の魔法にいきます……旋風!」
すると今度は炭を中心に小さな風が生まれた。燃えた紙が散らばらないよう注意を払いながら、風をコントロールして渦をまく。
なんだか、漫画やアニメの主人公が必殺技を叫ぶ理由がわかったかもしれない。声に出すことで意識が集中して、そこに力が生まれているような気がする。
炭が全体的に赤くなってきたことを確認すると、そこで終了だ。
「どう? ちょっと風の調整が難しかったけれど、上手くいったんじゃないかしら」
私がそう言うと、まだよくわかっていないような顔をした彼らがパラパラと小さく拍手をする。
「まあ……、まだ教わって二か月程度でそこまでできるのはすごいよ」
「風の力もしっかり制御が出来ているし、なかなか」
皆とりあえずといった様子で褒めてくれるなか、カトルが口を開く。
「……で、それをどうするの?」
私は待ってましたとばかりに、少々お待ちくださいと言って厨房に向かった。
そしてお願いをしていた下処理済みの串打ちされた魚をお皿ごと持って戻り、周囲が熱くなる前に人数分の串を土に突き立てていった。
「これを皆さまに後でお出しします。三十分ほどで焼き上がると思いますから、それまではいつも通りでお過ごしください」
ふぅ。どうにか私の願望だった串焼きミッションを達成した。
少々強引に事を運んだせいか、みんな頭にクエスチョンマークを浮かべているような顔をしていたけれど、まあいい。
だってこの機会を逃したら、この人生で二度と塩焼き魚を食べられないかもしれないのだ。
もう一度厨房に足を運んで後の事をお願いし、私たちはテント内に戻った。
まもなく、料理人さんが用意してくれたコースを堪能することになり、前菜がテーブルに置かれていく。
食事が進むなか、先程の魔法の話から学園の話題に移って、楽しい話題も尽きずに和やかな昼食会が続いた。
そうしてやっと私にとってのメイン料理、魚の塩焼きが串ごとお皿に乗って各テーブルに置かれていった。焼き色は丁度良く見える。
「えーと、これはどうやって食べるの?」
エイデンが戸惑った様子で問いかけた。私は食べ慣れていないであろう皆に軽く説明をする。
「それは串の両端を持って、骨に気を付けながら背中からかぶりついてみてください。……文献にはそう書いてありました」
「本当は鉄串より小枝を削って使うと食べやすいんだがな。言ってくれれば俺も協力したのに」
そうディノがアドバイスをする。まさかディノが詳しく知っているとは思わず驚いた。
「軍の野営訓練に参加するとこんなのは定番だ。ありあわせで食事を作らなきゃいけないから、自然とこんな食事になる」
そう言って鉄串を持ち、がぶりと噛みついて食べ始めた。
「皆さんも是非騙されたと思って食べてみてください。本当に美味しい……と思いますので」
懐かしい故郷の味。塩を振って焼いただけのシンプルな料理だけれど、特別感があって大好きだった思い出がある。
「ライラのおすすめか。是非頂いてみようか」
そういってルーク様も次いで食べてくれた。小さくかぶりつくお姿もやはり上品だ。
それを見ていた皆もおずおずと口を付け始める。
そして私もやっとそれを口にした。ふわっとした柔らかな白身にじゅわりとした脂が乗って、ほのかな甘みと塩味が混ざりあい、至高の美味しさが口の中に広がった。
さすが王家の料理人なだけあって魚の下処理は丁寧で完璧だったし、遠火による焼き具合も丁度良かった。
「これは驚いた。野性味あふれた調理法だけれど本当に美味しい」
初めは戸惑っていたユウリが感心したように呟くと、ジュリアが嬉しそうに口を開いた。
「本当ですか? では今度はウサギの丸焼きなどはいかがでしょう。実は私の一番の得意料理なんです。ユウリ様のお口には合わないかと思って遠慮をしていたのですが、今度お昼に持っていきますね!」
「……ああ、そうか……ウ、ウサギの丸焼きか」
「ねぇジュリア、俺はウサギ料理大好きだよ。好物だから俺もお願いしたいな」
間髪入れずにカトルも割り込んでくる。これは私の予想通りなのかもしれない。カトルはジュリアに、ジュリアはユウリに矢印が向いているのではないか。
なんだか複雑な関係になりそうな感じもあるけれど、私としては少しほっとするところがあった。
お腹も満たされてのんびりお茶を飲んだ後は自由行動となった。
エイデンとマリーは林の方に散策に、そしてジュリアはユウリとカトルとディノに声を掛け再び川辺の方へと歩いていった。
テント内に残された私とルーク様はお互いに見合う。
「皆行ってしまったな。良かったら我々も歩かないか」
ルーク様に誘われた私は二つ返事で承知した。
風に揺らめく草原の広がりが、時間をゆったりと感じさせてくれる。多くを語らなくてもいいような雰囲気で、歩調はのんびりとしていた。
「こうして皆と過ごしていると本当に心が安らぐ」
そうぽつりとつぶやかれたのでお顔を見上げると、とても穏やかな表情で遠くの景色を眺めていた。
彼は綺麗な顔立ちをしているけれど、それは彫刻のような美しさで感情を消したような硬質さがあった。微笑んでいる時でさえ心に鎧を纏っているようなお方だけれど、今はその重りが取り払われているように感じる。
「ん? どうした」
あまりにじっと見すぎたのか、私の視線に気付いたらしくルーク様がこちらを向く。
こんなルーク様を前にしたら、私は何も言えなかった。
せっかくの機会だからと、王妃について色々と話を聞いてみようと考えていたけれど、それがとても無粋に思えて頭の中にあった質問を消し去った。
「なんでもないです。ルーク様がとても楽しそうでいらっしゃったので、嬉しくなっちゃって」
そう言って笑った。
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