第29話 光の精霊殿

 

 テラスでの昼食を終えると、カトルと別れジュリアとマリーと共に教室へ戻った。

 

 ジュリアとは席が離れているせいで、なかなか一緒にいることは難しい。だからといってこれ見よがしに教室で彼女と仲良くしても、周囲の女子生徒達は良い気分はしないだろう。

 

 早めにルーク様に相談が出来れば、と考えていたけれど、近々良い機会があることに思い至った。


 それは“精霊殿巡拝”の日。聖女候補生のみが行う課外活動だ。


 各精霊殿で行われる巡拝の儀式には、基本的に守護司の嫡男も参列することになっている。光の精霊殿を護る国王の第一王子であるルーク様も例外ではないため、その時に相談しようと考えた。



 新学期が始まって二週間が経ち、巡拝スケジュールを提出していた私は明後日に光の精霊殿へ向かうことになっている。一番最初は絶対にルーク様の所へ行くと決めていたのでタイミングが良かった。




 当日、私とマリーはそれぞれ光と風の精霊殿に向かう準備をした。

 活動スケジュールはこちらで決められることになっていたので、マリーと示し合わせて同じ日に体験することに決めていたのだ。

 ジュリアに関してはまだ色々な準備が整っていないようで、半月ほど遅れて始まるらしい。


「じゃあマリーも頑張ってね」

「ライラもね。また明日色々話しましょう」


 初日という事で学園の職員が一人付き、私は王宮にある光の精霊殿へと向かった。



 正門を通り宮殿前に馬車が到着すると、そこには祭服を着た中年の男性と若い青年が立っていた。どうやら精霊殿に仕える役人らしい。

 挨拶を交わし宮殿内に案内されるとそこで一度立ち止まった。


「では学園の職員の方は別室でお待ちください。ではライラ様参りましょう」



 中庭を分割するように中央に伸びる長い廊下を渡り、関係者以外は立ち入り禁止とされている精霊殿へと足を踏み入れた。


 広く高い空間に大きな柱がいくつも並び、華美な装飾がないにも関わらず、荘厳さを感じる大きな建物だ。

 私を案内していた中年の殿官は、先にある大きな扉をノックするとその扉が重々しく開かれる。


 部屋の最奥に置かれた台座に浮かぶ、人の高さ以上もある大霊石が目に入って圧倒された。

 それは煌々と白く光り輝いて、部屋一面を明るく照らしている。


「ライラ=コンスティ令嬢、あなたを聖女候補生としてここへ迎え入れます。私は本殿の副守護司、カリオスと申します」


 ブロンドの髪を横に流しひげを蓄えた、貫禄のある中年男性が私に挨拶をする。

 彼は先代国王の弟であり、国王の代わりに光の精霊殿を預かるカリオス=アルベルト公爵だ。


 本来ならば王族であり公爵位を持つ相手に私が頭を下げなければならない立場なのだけれど、精霊殿では聖女が誰よりも優先され優位になるという。

 まだ候補の一人でしかない私でも、ここへ足を踏み入れた以上は同等の扱いになるとの説明を受けていた。


 私は予習していた通り言葉を交わさずに会釈だけをすると、部屋の左右に並ぶ参列者が一斉に頭を下げた。その中にはすでに王宮に戻られたルーク様もいらっしゃる。

 私は静かに呼吸を整え、練習していた式次第通りに儀式を執り行い、最後に霊石の前に跪いた。



 どれくらい時間が経ったのか。

 しばらくしてシャンシャンと金属が鳴る音が聞こえ、ふと我に返った。一瞬自分がどこにいるのかわからなくなって周囲を見渡したけれど、目の前の光の大霊石を見て儀式の最中だったと思い出す。


 そうか、終わりの時間が来たのか、と思って立ち上がろうとしたとたん、くらりと眩暈がして視界が歪んだ。


「あっ……?」


 ポスッと背中に柔らかな衝撃を受けた。

 自分の状況がわからずに後ろを振り返ると、焦ったような顔をしたルーク様がその腕に抱きとめてくれていた。


「……っ、もっ申し訳ありません!」


 急に意識がはっきりとしてシャキッと立とうとしたけれど、足元がふわふわしてどうにも平衡感覚が掴めない。


「ライラ、無理するな」


 落ち着いた声で諭すようにルーク様に話しかけられる。ただでさえフラついているのに、これ以上興奮したらドジってしまいそうなので言われるままに大人しくする。


「……ごほん。初めての儀式では皆同じように疲労困憊するので心配はありません。ただ相当お疲れになっているようなのでしばらく別室で休んで頂きましょう」


 公爵がそういうと、その隣にいた殿官が金鐶の付いた杖を上下に揺らし再びシャンシャンと金属音を鳴らした。これが儀式終了の合図となる。

 その直後に二人の殿官が私に近付き、ふらつく身体を支えようとした。けれどルーク様がそれを遮る。


「手を借りなくても大丈夫だ。私が責任をもって彼女を部屋まで案内するから」


 畏まって一歩引いた殿官たちの横を、ルーク様に手を取られながら歩きだした。頭も回っていないため、挨拶がままならないのもどうか許してほしい。


「大叔父上、申し訳ありませんが後を頼みます」


 ルーク様がそう言うと、公爵は頷いて早く連れていくよう促した。



 扉を出て別室まで案内され、ソファにゆっくりと座らされた。


「辛いなら少し横になっていてもいい。私はしばらく外に出ているから」

「いえ、そこまで酷くはないので大丈夫です。……ご心配をお掛けしました」


 まだクラクラする頭でなんとか謝罪をする。部屋を後にしようとしていたルーク様は、思い直したように私の横に腰を下ろした。


「そうか。……まだふらつくなら、私にもたれ掛かっても大丈夫だから楽な姿勢になるといい」


 いつものようにあまり感情を乗せない話し方だけれど、その声色は心なしか優しい気がした。


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