第22話 橘平、月曜の朝から野宿の約束をしてしまう

 カーテンの隙間から朝日がさし、橘平の部屋にあるロボットの模型を照らす。


 ゆっくりと部屋の主は目を覚ました。


 ああ、今日も学校だなあ。いつもの朝…ではなかった。


 橘平はあの事が起床すぐに頭に浮かび、がばっと体を起こす。


「優真!絶対、聞かれる!」


 少年は土曜日、バケモノ退治のアリバイ作りを親友に協力してもらった。


 橘平がよほど必死だったのだろう。友人は理由も尋ねなかった。というよりも質問する隙も与えない力技で通した。


 月曜日。学校に行く日。同じクラスのその友人に絶対会う日なのだ。


 橘平は小さいころから、月曜日のことを「憂鬱」だと考えたことがない。学校はほどほどに楽しいからだ。


 友達とも教師とも、その関係も悪くない。勉強も運動も嫌いじゃない。


 すべてがほどほどに楽しい。学校は嫌いじゃない。


 しかし今週の月曜日は、これまでと様子が違ってしまった。生まれて初めて、こう口にした。


「がっこういきたくない…」


 いわゆる隠し事などなく生きてきた彼が、親にも親友にも言えない、大きな秘密を抱えてしまった。


 村の封印だとか有術だとか、きっと、一生、隠し通さねばならないだろう秘密だ。話しても漫画みたいだと笑われてしまう。


 悪神を消滅させるその日まで橘平は言い訳を、ウソを、つき続けなければならないだろう。


 橘平は、何も悪いことはしていないのにうしろめたかった。


 電話は無理矢理にねじ伏せられたが、学校で顔を合わせたらどうだろう。両親はあまり子供に干渉しないタイプなので逃れられたが、友人はどうか。このようなことは初めてなので、読めないのであった。


 適当な理由、いや「嘘」を、考えねばならない。


 今日休んでも、火曜日はくる。水曜日も来る。また月曜日は来る。時間は平等かつ残酷だ。このまま不登校になるわけにもいかない。


 それに狭い田舎だ。その辺を歩いていても、優真に会う可能性はありすぎるほどに十二分にある。


 橘平はううう、と唸りながら起き上がり、ゆっくりと学ランに着替えた。


◇◇◇◇◇ 


 道端に雪がかすかに残っている、まだ冬眠中の田畑も見受けられる田舎道。橘平は自転車で学校へ向かっていた。


 そして「今日も朝ご飯を楽しめなかったなあ…」漕ぎながら無意識につぶやいていた。


 今朝はいつも通りの納豆だからいいとして、問題は昨日の向日葵の朝食。目玉焼き、ベーコン、レタスとミニトマトのサラダ。別のことに気持ちを持っていかれ、十分味わうことができなかった。


 味について思い出されるのは、なぜか不味い味噌汁のことばかり。橘平ですら作らないほどのポンコツ汁に怒りが湧き始めた。いらない味の記憶だ。


 また彼女の素晴らしいご飯を食べられる日は来るだろうか。貴重な機会を逃したことが、悔しくなった。


 苦々しい味噌汁の記憶とともに、橘平は高校の駐輪場に自転車を止める。すると、友人の大四優真も自転車に乗ってやってきた。


「おはよー橘平くん」


 橘平はいきなり悩みの種に出会ってしまった。


「お、おはよう!!」


 優真は自転車から降り「な、何、声大きいよ。距離感」と言いながら通学ヘルメットを外す。


「え、いや、いつも通りだけど」


「そか?そういや土曜」


「や!」


「や?」


「いや、蚊が」


「まだ寒いのに?まあいいや。土曜大丈夫だった?なんかとても必死だったけど」


 橘平は朝からいろいろな言い訳を考えたが、どれもうまくない。はじめからボロをだすより、とりあえずは何も言わないパターンで進めて様子をみようと決めた。


「ああ、うん。大丈夫だった。本当にありがとうございました」


「そっか。でもよかった。今日、橘平くんが学校にきて」


「え?」


「君があんな必死に電話してくるって、もしかしたら家出かなあ、なんて考えちゃったんだ」


 優真はかごからスクールバックを取り出し、歩き始めた。橘平も慌てて付いていく。


「家族にも友達にも言えないような辛いことがあったのかなって」


 橘平はどきりとした。まさにそうである。特大の秘密を抱えてしまった。


「ほら、橘平くんって嫌なことあっても笑ってそうだから。僕も気づけなそうで」


 言い訳することしか考えていなかった橘平は、恥ずかしくなってしまった。


 あの電話から橘平の事情を想像し、心配してくれていた優真。名前通りの優しい彼に、橘平は感謝と謝罪の気持ちが入り混じる。


「た、大したことはなかったんだ…」


「…ならいいけどさ、本当に大丈夫?」


 下駄箱の前で、優真は橘平の顔をのぞく。優真の目をしっかり見た橘平は、これまで考えもしなかった「言い訳」を口にしてしまった。


「…ちょっと冒険をしてきた」


「え?冒険?」


 自分でもなぜ「冒険」などと口にしたのかは分からない。確かに橘平は不思議な森で冒険をしてきた。けれど、言い訳と言うには事実に近く、真実と言うには信じてもらえない内容だ。


「え、何々?!冒険って!?ぼ、ぼうけんー??!!」


 しかも優真が食いついた。


 子供の頃、オズのまほうつかいやガリバー旅行記などの小説を愛読していた彼は、「冒険」というワードに心がときめく。


「あー!いや?!冒険っていうか」


 彼の家でロード・オブ・ザ・リングやハリーポッターなどの映画を一緒に観たことを思い出す。彼はこういう類が好みなのだ。バケモノや有術なんて世界があると知った日には、興奮などという一言では済まないかもしれない。


 これ以上、優馬を刺激しないよう、橘平は彼があまり好まなそうな単語を脳内検索にかけた。


 そこで出たのが「……野宿?」


 橘平は口してから後悔した。優馬を興奮させる以前の問題だ。雪の残る中で野宿するわけがない。嘘がすぎる。


 優真にきっと「何言ってるの?」「おかしいよ?」などといわれるだろうと身構えるも、意外な反応が起こった。


「いいな…」


「…いい、な?」


「今度一緒に野宿しようよ!!」


「は?」


「かっこいいよ野宿!わー、僕ちょっと憧れてるんだよね。『旅の途中』みたいで!」


「そ、そういう見方もあるのか…」


「すごいなあ橘平くん!!一人?」


「あー、まあ…」


「尊敬…」


 なんと、適当についた嘘で友人から尊敬されてしまった。


「野宿ってどこでどうやったの?」


「や…山で一晩過ごしただけっつーか……あー家族には内緒で!」


「分かってるよ!だから今度一緒に野宿しよう」


「ひ、一人でやったらいいじゃん」


「パーティが欲しい」


 とはいうものの、優真の本音は「一人は怖い」である。林間学校の肝試しを泣き叫んで辞退していたほど臆病なのに、野宿に興味はあるのだ。


「……暖かくなったらね。今だと風邪ひくから」


 彼らについて漏らすことはなかったが、野宿について早急に調べなければならなくなった橘平だった。


「それにしても野宿してたってことはさ、勉強は?」


「勉強?」


「明日からテストじゃないか」


 失念していたが、橘平にはテストなんかもうどうでもいい。


 もっと、大事なことがある。桜たちと悪神の封印の謎を探る事だ。


 平和すぎて、バケモンなんて本当にいたの?いるの?と疑いたくなった月曜日であった。


◇◇◇◇◇ 


 夜、橘平は部屋でパラパラと教科書を眺めていた。時計は11時を指している。一応、試験直前対策である。


 そろそろ寝ようと英語の教科書を閉じたと時、ふと、桜の顔が思い浮かんだ。


 話がしたい。


 橘平は机の上のスマホに目を移したが、あちらも寝る時間だろう。会いにも行けないし、明日も学校、電話は迷惑な時間だ。


 じゃあメッセージアプリ、と思った橘平だが友達登録をしていなかった。


 電話番号で検索もできるだろうし、友達予測一覧にもでているかもしれない。でも橘平は、一方的に登録したくなかった。


「今度、登録させてもらおう」


 スマホの電源を切った。


 葵の方は、電話番号もメッセージアプリのアカウントも知らないことに気が付いた。


「…葵さんは別にどっちでもいいや」


 充電器にスマホを繋ぎ、少年は眠りについた。

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