第13話 向日葵と葵、バケモノを倒す

 木の根が見え隠れする、まだ解けきらない雪の上に勢いよく落ちた葵は、苦しげに唸る。


 化物からの一撃、そして着地の衝撃で、骨の何本かは折れたようだった。もしかしたら内臓からも出血しているかもしれない。


 経験したことのない激痛に苦しみながらも、葵は起き上がろうとした。


 しかし体のどこにも力が入らないどころか、呼吸をするだけで痛みが走る。瞼も重たくなってきた。


 でも、ここで立ち止まるわけにはいかない。


 向日葵を一人で戦わせるなんてことはできない。


 だから、葵は桜を頼るしかなかった。


「桜、さん…」


 葵が本来なら守るべき少女の名を呼んだ時。ちょうど桜が飛ぶように駆けてきた。


「葵兄さん!」


 その勢いで桜は彼に馬乗りになり「目を開けて!」と呼び掛ける。桜はなかなか開かない葵の瞼を無理矢理こじ開け、葵の瞳と自身の瞳を近づけた。


 追いついた橘平はその光景に驚いた。


 桜がけが人にまたがって目をこじ開けている。そして鼻先が触れるほどに近い距離で、じいっと葵を見つめているのだ。


 葵は桜に5秒ほど見つめられると、体が熱くなり、痛みが消えていった。


「ありがとう、起き上がれそうだ」


「良かった!」


 桜は葵の上から退き、起き上がるのに手を貸した。起き上がった葵は「向日葵!」と叫び、広場へ走り去った。


 満身創痍の青年が、少女に見つめられただけで、走れるほどに回復した。


 これは聖人の奇跡なのか。橘平は自分が何を目撃したのか理解が追い付かなかった。


「さ、桜さん、今の」


「有術だよ。壊して、治す。それが私の力」




◇◇◇◇◇


 


 葵が倒れている間、向日葵はとにかく逃げ回っていた。


 その間にも、向日葵は冷静にバケモノを分析する。


 奴らにはおおまかな動きのパターンがある。共闘はせず個人で動いている。そういうことが分かって来た。


 片手を失ったバケモノが残りの腕で襲ってきた。片手の分バランスが少し取りにくくなっているようで、時折、よたよたと走る。隙が増え、もう一方ほどは脅威ではなくなっていた。


 バケモノの拳が向日葵の2、30センチほど前に来たところで、彼女はその拳の前で自身の手のひらをくるっと返した。


 すると、片手のカオナシは仰向けにばったりと倒れた。死んでひっくり返った虫のような恰好だ。


 向日葵はバケモノの腹に乗り己の拳を打ち込んでみたが、全く無意味だった。やはり、村の周辺に出てくる「ちっちゃいバケモン」とは比べ物にならない。普段相手にしている奴らは、隙さえ狙えば人間の拳でも多少のダメージは与えられる。


 こいつらは別格だ。やっぱ消滅させるには…葵がいないと。


 両手の残る二本角の方が、向日葵を殴ろうと拳を横に振りぬく。


 すんでのところで気づきバケモノから飛び降りたが、彼女は着地に失敗して倒れてしまった。普段ならしないような失敗だ。


 体力も精神力も、限界なのかもしれない。向日葵はむき出しの地面に爪を立てる。




 結局、あいつらを倒せる能力を持たない私じゃ、何もできないんだよ。


 ずっと、弱いって言われてきた私の能力なんて。役立たず。


 やっぱりさ、葵、私一人じゃ桜を…。




 いつも陽気な彼女が心折れそうになってきたころ、激しく青白い閃光が辺りを照らした。同時に、恐ろしい断末魔もこだまする。


 立ち上がって声の方に目を向けると、葵がひっくり返っているバケモノの胸を一突きにしていた。限界まで刃を刺し、思い切り引き抜くと、バケモノはドロドロに溶けていった。


「向日葵!!」


 素早くバケモノから退散し、葵は向日葵の方へかけていく。


「大丈夫か!?」


「全然大丈夫。そっちこそケガは」


「治してもらったから。早くもう一匹を」


 と無事を確かめ合っている間に、残りのバケモノは広場の端に避難していた二人に向かっていた。


「桜さん!!」


「さっちゃん!きっぺー!」




◇◇◇◇◇


 


 橘平は桜としっかり手を繋ぎ、森の中へ逃げた。


 しかし、真っ暗で雪も残るという悪条件。全速力でまっすぐ走ることは難しかった。怪物は木をなぎ倒し、もうそこまで迫っている。


 ぼこりと地表にでた木の根に、桜が躓き転んでしまった。


「桜さん!大丈夫!?」


「は、はい、っつ…」


 足を強くぶつけてしまったらしく、桜は痛みで立ち上がるのが辛そうだった。


「俺の腕とか肩とか掴んで…」と言っているうちに、バケモノは逃げられない距離まで詰めてきた。


 とっさに、橘平は手のひらに子供のころから親しんでいる「おまじない」を描き、立ち上がれない桜をしっかり抱きしめた。


 巨大で不気味なバケモノが、手を伸ばせば届きそうなところにいる。立ち上がれない桜。


 逃げたくても逃げられない状況のなか、橘平は彼女を抱きしめることしかできない。しかし「俺ができるベストはこれだ」と、橘平は不思議な確信持っていた。


 桜も妙に「守られている」感覚があった。大丈夫、安心してと、橘平から伝わる体温が教えてくれている。


 二人の頭上には怪物の右足。普通なら、このまま潰されてしまうだろう。


 しかし右足は二人の頭上すれすれで止まった。怪物はそれ以上、踏み込めないようだった。


「と、止まってる?」


「なぜかしら…?」


 何が起こっているか考えられない二人の前で、怪物が右横にゴロンと転がった。そして日本刀を高く振り上げた葵が飛び上がり、左わき腹から真向に切り下した。


 青白い光とともに体は見事に真っ二つに割れ、ドロドロと溶けていった。


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