アルビレオと共に

osiho sinobu

Prologue

君に出会った日のことを僕は鮮明に覚えている。

2018年1月31日、ちょうど僕の誕生日を20日超えた小学3年生の最後の冬、母に連れられたヴァイオリンのコンクールで、堕落しきった表情をしながら音楽を聴いていた僕の心を変えてくれたのは君だった。コンクールの演奏曲目はドビュッシー作曲の「月の光」

音楽に触れる機会はあっても楽しむことがほぼなかった僕にとって何故かは分からないがそれが特別なものに思えて仕方がなかった。


ゆっくりと奏でられる旋律が題名の通り、月から煌々と照らされる演奏者の幻影が見えた。

他の演奏者の演奏は興味が引き立てられなくて眠りそうだったのにも関わらず、その演奏だけは目をぱっちりと開けて音楽に浸っていた。


その時が終わってほしくないと思うほどに演奏にのめり込んでいた。


演奏者が響き渡る音を聞きながら姿勢を正し礼をしたとき、ホールに拍手が鳴り渡った。

今までの演奏では面倒くさくて拍手なんてしていなかった僕ですら大きな拍手をした。

その後も他の演奏者の発表が続いたが、結局僕はまたつまらない表情で音楽を聴いていた。


コンクールが終わり退場するときになって僕は母に話しかけられた。

「どうだった?やけに一曲だけ聴き入っていたけれど。」

「なんかあの時だけすっごいワクワクしたんだ。」

そんな話をした覚えがある。


もともと母がチェリストの僕はコンクールやコンサートに連れ回される日々が続いていたが、自分に刺さる曲がなかったからか、それをつまらないものだと考えてその場に唯一つまらないと書いてある顔で迷惑なことに鑑賞をしていた。

今思えば本当に迷惑な客だったと思う。

けれど、あの演奏を聞いてからあの奏者の奏でる「月の光」をもう一度聴きたいという一心で母の演奏会巡りに付き合うようになった。


コンクールの日、久しぶりに天体望遠鏡で月を見た。

その日はちょうど満月で1月だからウルフムーンと呼ばれる日だった。

天体望遠鏡を覗くといつも星が自分の近くにいるような感じがして好きだった。

あのキラキラした星たちが覗いて見れば見るほど不思議に見えてくる。

月は天体望遠鏡を買ってもらったときによく見ていたが、最近では違う星に浮気していた。


でも、あんな演奏を聞いてしかも満月の日に月を見ないわけにはいかず、自分の家の屋上に天体望遠鏡を手慣れた手付きでセットし始めた。

満月は深夜だと空の高いところに大体ある。見やすい時刻に見やすい角度であることが滅多にないため月を見るためには苦労が付き物だ。

試行錯誤しながらもセットし終わりレンズを覗いてみると、綺麗に円を描く月が見えた。

あの演奏のようにゆったりとした時間が流れているように見えるこの月が本当に大切なものに思えてきた。


Prologue 終


―――天体少年、音楽少女の日常が始まる

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アルビレオと共に osiho sinobu @sippitunin-sinobu

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