第4話 じゃもん
「――――――ということから半年が過ぎましたねー! おはようございます!トリノ様ー、お目覚めですかー……何をしているんですかー?」
曇天の雲を割るような快活な声が部屋に響く。
俺は顔を上げて、飛び込んできたメイドのセイレンに答える。
「説明ありがとうセイレン。見ての通り、膝枕だが?」
「いえ、なんで
「そりゃあ、今後膝枕してもらう時どうしたら気持ちいいのかを理解してもらうためだ。理解するには体験するのが一番早い」
「なるほどー? わかりませーん」
「モプ、膝枕は終わりだから起きていいよ」
声をかけると、俺の脚の上を占拠していた巨大な黒い毛玉がもそもそと動く。
ぴょこりと出てきたそれは少女の頭で、黒い毛玉は少女の髪の毛であることがわかる
「モプ、気持ちよかったか?」
「……はい」
「そうか。この感覚をよく覚えておくんだ」
「……分かりました」
「次はもっと気持ちよくしてやる。そしたらお前も俺を気持ち良くしてくれ」
「……はい」
「モプちゃんは素直ですねえ。なんだかいけないことを教えている気分になっちゃいますー」
「セイレン、いつも言ってるけど本当に教えたりしないでよね。教えるのは業務だけ、頼むよ?」
「わかってますよぅ、信用ないですねー」
ぷぅぷぅと怒るのは、専属メイドのセイレン。俺の乳姉弟で、牛人族の女性。
どことは言わないがあれやこれやデカい。クーパー靭帯が心配になるくらいデカい。栗色の巻き毛から角が飛び出していて、俺謹製のメイド服に身を包む、気の置けない姉兼使用人だ。
「まさか、信用はしてるさ。ただね、信頼は減るんだよ?」
「あー、いいんですかー?そんなこと言ってると、モプちゃんにあんなことやこんなこと勝手に教えちゃいますよー?」
「はは、俺のメイドが今度は信用まで切り崩すことなんてしないに決まっているよ」
うふふ、あはは、と嘘くさい笑い方を2人で交わす
「……あ、あるじ様。モプも頑張ります……!」
黒い瞳に必死さを浮かべながら黒い髪をふるふるさせるモプは、その小ささも相まって非常に可愛らしい
「ああ、頑張るんだ。ただしゆっくりでいい。目標まで一歩ずつ、だ」
「また『目標』ですか。本当になんなんですか、それ。私聞いたことないんですけどー?」
「人に語れるような大層な目標じゃないだけさ。……まあ、いつもの実験と同じさ、心配しなくていいよ」
「はいはい、じゃあ聞きませんよー。それよりも、旦那様がお呼びですよー。さあ、モプちゃんはわたしが仕事教えますからこっちにおいでねー」
手招きするセイレンの方へ、もっもっもっとモプが寄っていく。髪の毛が長すぎてほぼアーモンド型の毛玉にしか見えない。
モプはこの半年で随分と会話ができるようになった。今は一人前の使用人になれる様に色々と教えている最中だ。
結局、俺が釣り上げたあの日より前のことはよく覚えていないらしく、話を聞いても要領を得ない。
ただ、予想通りというか、非常に賢い。
吸収力が高いと言うべきか、教えたことをすぐに身に付ける。そして簡単には忘れない。
体つきは……比較対象がセイレンなのが悪いが、まあまだ貧相だ。
それでも最近は枯れ枝みたいな手足に肉がついて、太ももなんかは大分好みにそだってきた。
長いのに痛みの無い髪の毛は美しく、垂れ目と目じりの泣き黒子がとても愛らしい。
あああと、運動神経は良いみたいだ。俺は運痴なのでそこは滅茶苦茶羨ましい
「そういうのは最初に言ってくれないかな。じゃあ、モプをよろしく」
離れにある自室を出て本邸へ向かう。廊下からは遠目に『大森林』も見えた。
父様からの呼び出しか、面倒ごとだろうな。
◆
「トリノ、盗賊退治を命じるのじゃもん」
「え、嫌です」
父様の名は、コメール・ジャモン。この『ジャモン辺境伯領』の領主にて、二つ名持ちの帝国貴族だ。
背が低く、お腹がぼっこりしている。多分あの執務机も地に足が着いていないんじゃなかろうか。
変わった格好が好きで、この国では珍しいシルクハットと金属製ステッキを愛用しているが今は室内なので外している。ぱっと見、ただの小太りのおじさんだ。
その父様がペンシル髭を撫でながら呆れた目を向けてきた。
「領内の治安維持は貴族の義務じゃもん。嫡男のお前が『嫌です』なんて通るわけないじゃもん」
「それはそうですけど、俺は錬金術師ですよ?戦闘力皆無なので領兵に任せた方が確実かと思いますが」
「……情報では、それなりに危険な盗賊団でな。本来であれば確かに領兵を動員すべき事態だが、そうはいかない事情があるからトリノを呼んだじゃもん。
「父様がそう仰るならお引き受け致します。が、『事情』とはいったい何があったのです?」
実際、父様の言う通り俺に拒否権なんてない。ただちょっと親子の交流として戯れてみただけだ。
しかし、貴族の嫡男と次男を同時に『危険』とわかっている盗賊退治に向かわせるのは少々おかしい。
勿論、貴族である以上ある程度の護身はできるし、弟のツギノは戦闘力に長けた『才具』に目覚めている。
父様は口ひげをちゅるんと触りながら確認してきた。
「トリノ、『大森林』に入ったじゃもん?
「はい。ただ、今のところ危険性はなさそうですよ。ポーションをあげていたら懐かれたみたいですし、危険性は低そうです。何回ちぎってもポーションあげてれば再生するみたいなので、素材として最高ですね」
「え、こわ。ん゛ん゛·····別に叱ろうというつもりは無いじゃもん。問題は、そのゴールデンボールスライムが『深層』の魔物であることじゃもん」
「え、あいつを捕獲したのは浅層ですよ。それに、素早いですけど深層で繁殖できるほど強くはないと思いますが」
「ふむ、
父様は真剣な表情を浮かべて、両手で髭をちゅるんちゅるんしている。
悪意はないんだろうけど、笑いそうになるからやめて欲しい。
「トリノが上げた報告書は読んで、その上で浅層には問題が無いと結論付けたじゃもん。ただし、『中層』より奥が少々騒がしいようじゃもん」
「…………『中層』以降ですか。
「そうじゃもん、そうじゃもん、その通りじゃもん。だが、『大森林』のこと、油断はできないじゃもん。『深層』に大物が現れた可能性も高いとみているじゃもん」
大物……竜に属するものや生態系の上位種が生まれた可能性があるということか。『大森林』という魔物の巣窟でそれが起こったならば、その『大森林』に接するこの領地に危険が迫っているのに他ならない。
領兵はそちらに配置されているということだろう。
「トリノとツギノには負担をかけて悪いと思ってるじゃもん。しかし、この任務を機に仲良くなることを期待しているんじゃもん」
「仲良く·····ですか」
弟のツギノとは、なんというか、あまり仲が良くない。いや、一方的にキツく当たられているというべきだろうか。
貴族の後継者というのは、基本的に嫡男が継承する。
しかし、嫡男に問題があったり、女性しか生まれなかったりで、次男以降や女性が継承することも帝国では珍しくない。南の王国だとまた結構違うらしいが。
まあ、うちの領地では俺が嫡男として後継者教育を受けているし、将来的には俺がジャモン辺境伯領を継ぐことになるだろう。というか、だからこそ領地を富ませるために試行錯誤しているのだ。貧乏暇なしな生活なんて嫌だよ絶対。
どの貴族でも大体二番目の子というのはスペアとして扱われる。後継者に何かあれば継承権が発生するが、何もなければ領主の補佐として生活していくことがほぼ義務付けられていると言ってもいい。
ツギノはそれが気に食わないのかもしれない。
昔は俺のアトリエに来てよく話をしていたのだが、いつからか「僕が当主になります!」なんて堂々と宣言するようになってしまった。嫡男生きてるっての。
「うむ。お前たちならやれると思うから任せるのじゃもん。頼んだじゃもん」
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