第3話 目標
セイレンが後は任せてくださいと言うので、風呂場を後にして自室へ戻る。
ペンを取り出し、
俺にメモは必要無いのだが、脳内整理という意味でメモは有用だ。
紙も自家製だし、再生利用が可能だから無駄にはならない。
「水薬は回復効果〇。即効性〇。進化については要経過観察。洗髪剤は大丈夫そうだね、テスターにした屋敷のメイドがみんな頭キラキラしてきたから、そろそろ母様に呼び出されそうだ」
普段なら美容系の試作品は母様を通す。
だが、今回の洗髪剤は特別で、ゴールデンボールスライムの体液を使っている。
流石に、魔物の素材を使っているものを試験せずに母様には渡せない。『大森林』に生息する魔物は未知の部分が多く、無害な成分を抽出て作成しているものの、万が一があっては困る。
と、いう理由を、説明をしないままなのもまずいので、報告が必要だろう。
それに、さっき拾ったモップちゃんの件もある。父様と母様のところに行く前にあの子の処遇を考えておかないと。
「トリノ様ー。わかめちゃんを連れてきましたよ」
ホカホカと湯気をあげながら、セイレンがモップちゃんを連れて部屋に入って来た。セイレンの後ろをもっもっもっもと黒い毛の塊がついてついてきた。
モップちゃんは、セイレンの中ではこの子はわかめちゃんになったらしい。
なるほど、特製の
「服は用意してあったのを着せましたがー……トリノ様ですねー?」
「ああ、よくやってくれた」
モップちゃんが着ているのは、セイレンが着ているクラシカルなロングスカートでしっかりした生地のメイド服では無く、ほぼコスプレメイド服。
必要以上にフリフリヒラヒラしているし、スカートも短い。
ただし、生地には手を抜いていない。
俺が作った特製の布地で、防刃性能と頭部へのバリア発生装置が着いた優れものだ。
メイド服になんでそんなものが付いているのかって?
当然、趣味だ。
性癖(ロマン)に実用性(ロマン)をかけた非常に趣味に走った代物だ。
まあ、それはいい。
それよりも、モップちゃんはセイレンの服の端を掴んだままぼんやりしている。
「おーい」
目の前で手を振って見ると、視線がゆっくりとこちらを向いた。
「名前、教えてくれる?」
「……ナマエ」
「俺はトリノ」
「オレハトリノ」
「いや、違うくて…………ト、リ、ノ!」
自分を指差してから名前を言う
モップちゃんがこちらを指差す。
「トリノ」
「そう!そして……」
セイレンを指差す。
「セ、イ、レ、ン」
「セイレン」
「そう!」
「トリノ、と、セイレン」
「様ー。トリノ様ー、ですよー」
「ヒッ! トリノサマー!」
セイレン、マトモに話せない子に今はまだそういうのいいから。俺がメインの夏フェスみたいになってるじゃん。
「で、君の名前は?」
トリノ、セイレンと指差しを繰り返して、モップちゃんを指差した時にやっと聞かれていることがわかったのだろう。
何かを言おうと口を開いて……そのまま閉じてしまった。
「ナマエ、ナマエ……」
「名前、覚えてないのか」
言語能力がこれだけ退化しているんだ。流されているうちに頭でも打ったのかもしれない。
ただ、何も知らない割には理解力がちゃんとある。
本当に何一つ分からない子は『名前』という意味ひとつ取っても、こんな短時間では理解できない。
「そうだなあ、じゃあ仮に名前付けようか。呼び名が無いのはちょっと困る」
「はーい、わかめちゃんがいいと思いますー」
「捻りがないのでダメでーす」
はいそこ、ぶうぶう言わない。
名前は俺が考えるから髪でも結んであげなさい。
とはいえ、モップちゃんモップちゃんと内心呼ぶくらいにはネーミングセンスに自信はない。
いや待てよ。もうそれでいいんじゃないかな
「よし、モプだ。君の名前は、モプ……言ってごらん、モ、プ」
「モプ」
「よし」
「捻りは?ねートリノ様、捻りは?」
「『ッ』が無くなってスッキリした名前になったじゃないか」
「…………別にいいですけどー。それで、モプちゃんはこの後どうするんです?」
「どうするって……どうしようか。父様母様に報告して、その後ってことでしょ?」
記憶のない子供。
はっきりいって面倒の気配がビンビンする。
見捨てられないから拾ってきたけど、いつも通り孤児院へ入れるのが正しい気がする。セイレンが後輩が欲しいというのならあげても構わないかもしれない。
――――――――――――――――――いや、待てよ。
よく考えろ、トリノ・ジャモン。
これはまたとないチャンスじゃないか?
何故今まで役に立ちそうなものはなんでも拾ってきたか考えろ。
モプと名付けた少女をじっくり見る。
名前を付けただけだというのに、さっきまでのぼんやりした空気は無くなり、そこには無垢で純真な少女が居るではないか。
寄る辺なく、縋るような目をした、おそらく賢い子が。
これを自分の好きなように育てられたら?
身体は……骨っていうか枝だな。
試しに抱きしめてみるが、スカスカだ。
毛量だけは多いから本当に草の塊を抱きしめてるみたい。抱きしめ心地が悪い。
ま、細いなら飯を食わせればいい。
幸いひと昔前と違って、今は懐に余裕がある。
俺のポケットマネーでも人ひとり食わせるくらい容易いだろう。好みの肉付きまで育てて愛でればいいだけの話だ。
何よりも、心。
何色にも染まっていない真っ白な生き物。
そんな存在がこの世にどれだけ存在するだろうか。
それをイチから育てる?
面倒ではあるが、俺を裏切ることの無い、完璧な存在に仕立て上げることもできるんじゃ無かろうか。
「よし、決めた。モプは俺が育てよう」
「ええー、正気ですか、トリノ様」
「思いついたことがあってね。モプはそのために使う」
「……まー、トリノ様が正気だったことは無いですがー」
セイレンが胡乱げな目でこちらを見るが、失礼な奴め。
俺は思いついたらやらずには済ませられない性格なだけだよ。
「ところで、モプって何の種族だろ?」
髪の毛の間、額の上の辺りから突起が飛び出ている。
これも絡みついた枝じゃなくて、人体の一部らしい。
枝と思ったら手足に角、水草と思ったら髪の毛。
割とそのまんま釣り上げたんだな。
ゴミとか言ってごめんな?
「さあー?角があるんですし、獣人か鬼じゃないですかー?」
「でもこれ鱗じゃない?」
顎下を優しく撫でてあげると僅かに引っ掛かりがある。
「あぅ」
非常に敏感な部分だったのか、モプは顔を真っ赤にさせた。
すると、モプの全身にうっすらと鱗が浮き上がってきた。
「わー、なんですかこれー?……火蜥蜴族?」
「火蜥蜴族は鱗の出し入れなんてできない……はず。多分だけど。」
すぐに鱗は消えて、繁殖種と同じ様な肌が戻ってくる。
何か気に入ったのか、モプは少し喜んだ様子で抱きついてきた。
「おっと。……懐かれた、のかな」
顎下が懐きスイッチだったのかも。
「ええー、いいなー。私も懐かれたーい」
ガバッとセイレンがモプを抱きしめて撫で回す。
どうやら受け入れてくれるようで何よりだ。
……モプは、俺の人生の目標を叶えるのにきっと役に立つ。
かといって、セイレンに居なくなられても困るのだ。
仲が良いに越したことはない。
どうやら丸く収まりそうな様子に、ホッと息を吐いた。
「セイレン ビジン アルジ マルカジリ」
おい、変な言葉を仕込もうとするんじゃない。
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