第13話 くそやろう
奥の扉がエレベーターの時と同じように開く。
そこから現れたのは、1人の女性だった。
「ご挨拶申し上げます、
白銀の髪、切れ長の目に泣きぼくろ。美しい顔立ちに、繁殖人の女性にしては少し大柄なシルエット。
丁寧なのか罵倒してるのか分からない言い草と、無表情。
そして、俺がセイレンやモプに着せているものに近い、実用性の薄そうな装飾のメイド服。実に素晴らしい
そんな見た目麗しい女性が銃口を突きつけながら挨拶してきた。
「坊ちゃん!」
すかさずゴンスが俺とラピスノイド10番機の間に身体を滑り込ませる。
この世界に『銃』は普及していない。
ただ、攻撃用の魔道具は存在しているし、鉛玉よりも凶悪だ。
まあ、前世でも実弾の銃なんて娯楽用アーカイブの旧世紀画像でしか見たことないんだけどさ。宇宙時代で主流なのはエネルギーパックの互換性が高いレーザーガンだったからね。
ラピスノイド10番機は、銃口を真上に逸らすと、引き金を引いた。
パァン!
鉛玉の発射……にしては妙に軽い音と、紙吹雪が銃口から舞い上がる。
……クラッカー?
「当機の起動より3,456,000時間をお伝え致します。当機はマスターエバの命令を終えたものと判断し、これより新たなマスターの登録作業に移行します。わーわーぱちぱちぱちぱち。……ところで、当機の新しい
コテン、と首を傾げる姿は可愛らしいが、表情は一切変わらない。
俺達は3人は顔を見合わせたが、心当たりは……まあ、無くはないか。
俺が操作盤触ったから起動したんだもんな。
「マスターエバが設定した条件は『錬金術師』で『メイド好き』です」
それは俺ですね。……ええい、分かってるから2人とも指をさすな!
「俺がそうだよ」
そう宣言すると、ラピスノイド10番機は俺に近寄ってきた。ゴンスが止めようとするが、俺はそれを手で制す。
唇が触れるほど近くに来たラピスノイド10番機。その瞳孔は人の瞳ではない無機物の動きをしていた。
「――――――人種データ参照……虹彩登録……魔法パターン登録……適正診断――――――」
じっと見つめられながら、様々な色を見せるラピスノイド10番機を見つめ返す。
彼女の言うことを信じるなら、どうやらこの『遺産』は少なくとも400年は前のもの、ということになる。
それにしては目の前の美少女は髪も肌も美しく、傷んだ様子もない。
無機物の瞳とは言ったが、眼球自体は生体のようにも見える。
ラピスノイド、というのが何を指すのかわからないが、マスターエバとやらが錬金術師であったことを考えると、
……マナケア魔法都市の遺産だとして、ここまで高度な人型が作れるのだろうか。
人がまだ夜空の星に願いを見出している、こんな時代に?
「――――――記憶のサルベージ完了、すべての資格を確認。おめでとうございます。貴方が当機の新たなマスターとして資格を有していることが認められましたくそやろう」
それなりの時間見つめられた後、ラピスノイド10番機は言った。
「さっきからその『くそやろう』って何さ」
「続けて、最後の生体情報登録を行いたいと思います。認証を許可していただけますかくそやろう」
「あ、答えてはくれない感じなのね。ハイハイ、よく分からんけどいいよ」
……ところで、規約文書というのはなぜあんなにも長ったらしく読みにくいのだろうか。
どんな契約にしても必要なことはわかるのだが、あえて長くして読むのをダレさせることで契約文を読ませないような効果も期待されていたりすると俺は思っている。
実際に何度か使った手だ。流れ作業でサインさせることで、相手の了承を得る。
何が言いたいかというと、安易にオッケーを出すようなことをしてはいけないということだ。連帯保証人のサインとかもいただけないね。
ラピスノイド10番機はガッと俺の顔を掴み
そのまま唇に舌をねじ込んで来た。
◆
口内をねっとりとした感覚が暴れまわる。
生物で一番熱を持つはずの唇は冷え冷えとしていて、それなのに口内でうごめく舌は温かく、生き物のソレだった。
「……!…………!」
反射的に溢れる唾液を余すことなく啜られる。
顔を離そうとしても頭と顎をがっちり掴まれていて動けない、すごい力だ。
視界の端に口笛を吹くアバッキオとあわあわしているゴンスが映る。
脳の奥まで痺れるような感覚を味わう。
「あむっ……ジュル……っぷあ。体液の摂取に成功。生体情報を登録しました」
およそ1分、唇と唇に唾液の架け橋を引いて俺と彼女の繋がりが生まれた。
正直、美女とのキスは悪くなかったが、激しすぎて酸素ごと持っていかれて死ぬかと思った。死因がキスってのもロマンあるが、まだちょっと勘弁してほしい。
「最後に、名前の登録をお願いします」
「……トリノ・ジャモン。姓がジャモン、名がトリノ」
名称設定を最後に持ってくるエバさんは何なの?ばかなの?すけべだったの?
「……ようこそ
「ありがとう、かな?『箱舟』というのは?」
「はい。前マスターエバの残したこのアトリエ、そしてこれに付随する全ての設備、道具は今より貴方の物です。……早速ですが、
ラピスノイド10号機の目線の先には、机の上にあった手帳を捲るアバッキオの姿が。
「許可しない許可しない。アバッキオも今はやめて」
「ちっ。承知しました」
こえーわこの子。
「悪ぃ悪ぃ、お前らがベロチューしてる間暇でよ。」
それはわからんでもない。人のキスをいきなり見せつけられては待ってる方も気まずいだろうし。
「だが、面白ぇこと書いてあるぜこれ。触りしか読んでねえから、後で貸してくれ」
ほいっとアバッキオが手渡してきた手帳は、かなり古びているが捲るのには問題がなかった。400年あれば紙の寿命が来ていてもおかしくないので、特別な紙を使っているか、特別な保存をされていたのだろう。
『拝啓、業の深い趣味を持つ同士へ』
そんな失礼な文面から手帳は始まっていた。
『この手帳を読んでいるということは、私が生きているうちにこの『箱舟』を受け継ぐものは現れなかったのだろう。もしくは私から許可されたのかな?まあ、それはどちらでもいいんだ。この手帳を読めている時点で『箱舟』の中にいるのだろうから。』
ここの書き出しの方があとのページより若干だが新しい。あとから書き足したのかもしれない。
『私がこの世界に来てどれだけの年月が経ったのだろうか。元々この手帳はただの記録のつもりでつけていたのだが、いつしか日記のようになってしまった。手に取ってくれた同士に読ませるには赤裸々過ぎて恥ずかしいのだが、もしよければ君の記憶に住まわせてくれると助かる』
人は忘れられた時本当の意味で死ぬ、と言ったのは誰だったか。これがエバという人の物なら……エバさんは誰かの記憶になりたいと思ったのだろうか。
『君がどこの誰か分からない以上、記録の部分は私の『願い』でしかない。先にこの『箱舟』の説明をしよう。後ろの頁から読んで欲しい』
手帳をひっくり返し、後ろから開き直す。
『ばーか』
と、書いてあった。燃やそうかなこれ。
『……冗談だ。こういう書き出しにしたら怒られるかなあと思いつつ書いてしまった。人をからかう癖はどうも直らなくてね。ではここからは、『箱舟』の設備について説明しよう。今度は本当だ。だから頁を閉じるなよ?閉じるなよ?』
ちょいちょいウザイなあこの人、押すなよ押すなよっていうアレだろこれ。
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