1章
トリノ・ジャモン
「おはようございます!トリノ様お目覚めですか!……何をしているんですか?」
曇天の雲を割るような快活な声が部屋に響く。
私は顔を上げて、飛び込んできたメイドのセイレンに答える。
「見ての通り、膝枕だが?」
「いえ、なんで
「そりゃあ、今後膝枕してもらう時どうしたら気持ちいいのかを理解してもらうためだ。理解するには体験するのが一番早い」
「はあ……分かるような、主人の仕事では無いような?」
「私は長く使うものは自分なりに
声をかけると、私の脚の上を占拠していた巨大な黒い毛玉がもそもそと動く。
ぴょこりと出てきたそれは少女の頭と角で、黒い毛玉は少女の髪の毛であることがわかる
モプ、気持ちよかったか?
……はい
そうか。この感覚をよく覚えておくんだ。
……分かりました
次はもっと気持ちよくしてやる。そしたらお前も俺を気持ち良くしてくれ
……はい
モプちゃんは素直ですねえ。なんだかいけないことを教えている気分になっちゃいます
セイレン、いつも言ってるけど本当に教えたりしないでよね。教えるのはメイド業務だけ、頼むよ?
わかってますよぅ、信用ないですねぇ
青いポニーテールを揺らしながらぷぅぷぅと怒るのは、専属メイドのセイレンだ
まさか、信用はしてるさ。ただちょっと信頼が減りすぎてるだけだよ
あー、いいんですかー?そんなこと言ってると、モプちゃんにあんなことやこんなこと勝手に教えちゃいますよー?
はは、私のメイドが今度は信用まで切り崩すことなんてしないに決まっているよ
うふふ、あはは、と嘘くさい笑い方を2人で交わす
……あ、主様。モプも頑張ります……!
黒い瞳に必死さを浮かべながら黒い髪をふるふるさせるモプは、その小ささも相まって非常に可愛らしい
ああ、頑張るんだ。ただしゆっくりでいい。モプこそが私の『夢』に必要なんだから
また『夢』ですか。本当になんなんですか、それ。生まれた時から一緒にいる私でも聞いたことないんですけどー?
人に語れるような大層な夢じゃないだけさ。……それでも、今度こそ絶対叶えたいんだ
はいはい、じゃあ聞きませんよー。それよりも旦那様と奥様がお呼びですよ。さあ、モプちゃんはわたしが仕事教えますからこっちにおいで
手招きするセイレンの方へ、もっもっもっとモプが寄っていく。ほぼ全身が髪の毛に覆われているからアーモンド型の毛玉にしか見えない
そういうのは早く言ってくれないかなあ……。じゃあ、モプをよろしく
離れにある自室を出て本邸へ向かう。廊下からは遠目に『大森林』も見えた。
――――――14年前、私はこの『ジャモン辺境伯』家の長男として生を受けた。
意識が戻ってすぐは混乱していたものの、落ち着いてみれば、どうやら生まれ変わりというもののようだ。
それも、前世の記憶を3つ同時に持って生まれたらしい。
一つは、【王】。それも【魔王】と呼ばれた生の記憶だ。
力が全ての国【カロリーバー】。そんな中で、大した腕力も持た無い文官魔王として私は即位した。
当然の事だが、国中で大反発が起こり、それを収める為に東奔西走する日々だった。側近が。
そもそも、私が即位することになったのも、力が全てという国風に従って全てをぶちのめしたからだ。側近が。
そしてその馬鹿で強くて純情でとても馬鹿な側近は、ひとつ大事なことを理解していた。
それは、自分には国を治める頭が無いということだ。
そこで、友人であった私を巻き込み王に据え、自分はその側近となることを選んだ。こうして、【ノウキン】初の文官魔王と脳筋側近というものが生まれたのだ。
国政はそこそこ上手くいっていたと思う。力が全てという前時代的な所を側近が踏襲し、新時代のための国策を私が作り出すことで【ノウキン】はより巨大で、安定した国へと変わっていった。
ただ、ひとつだけ大きな問題があった。
圧倒的な文官不足。
はっきり言って蛮族の国であった【ノウキン】には、頭を使う者が少なかった。
数少ない頭を使う者の多くも、隠居して村長や里長をやっている老齢な者達がほとんどであった。
そうするとどうなるか。
―――書類の山。山、山、山。総じて書類の海。山が積もると海になるとはこれ如何に。
最期の記憶は、「おじいさん、ごはんですよー」ってくらい軽いノリで書類を追加してきた部下に脳の血管が切れたところだったと思う。おそらく私の死因は……過労だったのだろう。
二つ目の記憶は【奴隷】
宇宙時代アストロ歴2805年、試験管から生まれた半生体CPU。半身である人形人機と共に、クズバカリ商会の運び屋として、星の海とコールドスリープ中のアーカイブを見るだけの生活。
ろくな味もしないカロリーバーに、払われることのない賃金、得られることのない自由。同じ試験管から生まれたはずの兄弟たちは
それに耐えられなくなった僕は体内の奴隷装置を無理矢理壊して、積荷ごと雲隠れしようとして……多分死んだ。多分というのは、治療ポッドに入ったのが最期の記憶だからだ。
埋め込まれた奴隷装置を壊すというのは、半身が吹き飛ぶということだった。それで生き長らえるかは非常に分の悪い賭けだったが、それしか方法がなかった。そして僕は、賭けに負けたのだろう。
三つ目は【狼】
かつては神獣と崇められていたが、神性を失いただの狼として死んだ記憶。
元々は普通の……赤目白毛のアルビノであったため見た目は普通ではなかったが、神性など持たぬ普通の狼だった。
しかし、人と出会い、崇拝による信仰を経て、仙桃を口にしたことにより神の席次に加わることとなった。
実際のところは……神の末席の、更にその神の使いの新人という程度でしかなかったが、知性を得たばかりの当時の我には
人は我になんでも貢いだ。食料、酒、宝石―――きれいな石ころなど要らなかったが。人がそれを巡ってよく争っていたので価値あるものなのだろう、とは分かっていた。
故に我は人に与えられるだけ与えた。雨、豊穣、子宝。我を使う神は人に近しい神であったため、人のための力は大体の行使を許された。今思えば、ただの獣に寛容すぎる神である。多分犬派なのだろう。
地は栄え、文明は急激に発展を遂げた。
しかし、人は突然我を捨てた。
己たちが散々貢いでおいて、奪われたと言ったのだ。自分たちから奪うなど許せぬ、求める神など要らぬと。雨も豊穣も子宝ももう要らぬ、自分たちで管理できると。
そして我は信仰を失い、神性を失い、ただの狼に戻った。
貢がれることに慣れた我では、ろくに狩りもできず……いや、そもそも人の生存圏が拡大し過ぎていた。
野の獣などはその生息域を追われ、僅かな緑の中で強者だけが生きる世界となっていた。
我の死因は餓死、もしくは最後に食んだ草が毒性のものだったのだろう。神性を失った狼は、あっさりとその生を終えた。
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