Twilight Space online ―シンデレラ・ソルジャー―

黄呼静

プロローグ:陽の入りの星 1

 ——また天国は、ある人が旅に出るとき、その僕どもを呼んで、自分の財産を預けるようなものである。すなわち、それぞれの能力に応じて、ある者には五タラント、ある者には二タラント、ある者には一タラントを与えて、旅に出た。——


「マタイによる福音書(口語訳)」第25章 14-15節




「はじめまして、皆さん。こんにちは、ニーハオ、ハロー。もしかしたら、そちらは”こんばんは”でしょうか? 


 私はいま、CB-48星系・第六惑星衛星、F25「コーサ」という星にいます……ほら、こうするとよく見えるでしょう? この青空に浮かぶ、あのうっすら見える輪を持った、大きな惑星。


 そうです、あちらが惑星でこちらは衛星。いま私はあの大きな星の軌道上を回っていて、そう。こちらが、あの惑星の月なんです。


 ええと、この世界――この宇宙は、この動画のタイトル・概要欄の方にも書いてあると思うんですが、「T.S.O.」トワイライト・スペース・オンラインというVRゲームの中の仮想現実の世界です。このゲームにはこうして約十億個もの恒星系をもつ巨大な銀河まるまるひとつが、手続き型自動生成によって再現されているんです。


 そう、十億もの恒星系。


 何万光年も隔てられた、夜空に浮かぶ小さな星々。


 そしてその恒星を回るああした惑星から、このコーサのような比較的小さな衛星まで。そこにはあのような巨大なガス惑星――木星型惑星もありますし、ここよりもっと生命に充ちた、生命体の住む地球型惑星も無数に存在しています。


 凄いですよね。最新のフルダイブ型VRで、こんなにもリアルな仮想空間上の惑星の数々。さらには、そうした星々が無数に存在する、大きな銀河そのものを。いまはまだかなり高価なんですけど、私もこうしたVR機器を……ちょっと。その、えっと――



 ――はい。でも、もしかしたらこの「T.S.O」というゲームを、もっと別の形で耳にした人もいるかもしれません。


 世界初のPoP型、準仮想通貨取引ネットワークを提供するNFTゲーム。


 ええと、「PoP」プルーフ・オブ・プレイ。


 つまりこのゲーム遊ぶことによって、その台帳に新たに記帳される新規通貨を受け取れる……というか、その権利を得られるゲーム。以前ネットニュースなどにも話題になった、ゲーム内総資産約三千億ドルにも上る、遊んで稼げる最先端のNFT-VRMMO。


 まあ、私もこの動画をとるにあたって色々調べ途中で、そこまで詳しくないんですけど。


 2010年代でしょうか、現在でも取引されている仮想通貨の老舗有名銘柄ビットコイン・BTCという世界初の仮想通貨が発行・運用されました。それから、同じく初期からの有名銘柄であるイーサリアム・ETH。これらには、プルーフ・オブ・ワークそれから現在のETHではプルーフ・オブ・ステークという仕組みを採用しています。


 プルーフ・オブつまりNFTの信頼性を保証する、ブロックチェーンへ次の取引記録を承認する代表者を、ある膨大な計算課題によって選別したり、もともとその通貨を持っている人から選んだりするシステム。


 ええと、なんて言えばいいんでしょうか……ようするに、取引記録の正しさを保証して編みこまれてゆくブロックチェーンというものに次のブロックを繋げるにあたって、その整合性のある正しい記録というものを信頼できる誰かが承認し、ネットワーク上の皆に共有させなきゃいけないんですけど――その信頼というのはべつに身分証明とか、年収とか、学歴とか……いえ、全然そういうものではなくて。


 ですから、その取引ネットワークを乗っ取ってやろうとか、そういう悪意のないユーザーでなければならない……みたい、なんですよね。


 そういう事情からビットコインでは、その代表記帳者への選別に非常に計算量のいる問題を課して、簡単には悪意あるユーザーが代表者になれないようにというPoW方式。そしてイーサリアムでは、そもそもその代表記帳者候補にその仮想通貨をある程度保有している人を選んで、通貨への信頼性を損ねるような行為を抑制させる仕組み、PoS方式をそれぞれ用いているそうです。


 そうして取引が信頼できるユーザーによってまとめられ、ネットワーク上の皆の台帳に記帳される。つまり、新しいブロックチェーンが作られるにあたって、その代表記帳者へ報酬として新規通貨が発行され贈られます。


 これがいわゆる仮想通貨のマイニングですね。


 こうして仮想通貨がもらえるということが、皆にその通貨の安全性を守ってもらえるという安心につながり、そしてその安心というものがその通貨への信用価値を高めます。


 つまり仮想通貨などのNFTには、こうした悪意のないユーザーの選別と、そうした人々が台帳ネットワークに積極的に参加してくれる、訴求力あるインセンティブが必要なわけです。


 ……必要なわけですが。このT.S.O.というゲームでは、VRを用いたオンラインゲームという性質を利用して、この二つの条件をみたす台帳ネットワークをつくっています。


 まず、もともとこのT.S.O.というゲームのプレイヤーは、ある程度の規格以上のVR機器によって、生体ユーザー認証が必須ですよね。つまり自動botのような不正プログラムで、このゲームを介したユーザーネットワークを乗っ取ることは出来ません。


 そして、そうしたこのVRゲームを自分自身の意志でログインしている人々は、大なり小なり必ずこのゲームに熱中しているわけですから、もちろん悪意あるユーザーということもないわけです。この世界は、私たちの遊びの場なわけですから。


 さて、こうしてT.S.O.では先の二つの条件を満たすことが出来ました。


 ただ、じつはこのゲームの仕様上。プルーフ・オブ・プレイとはいっても、ただ本当にこのゲームをプレイしていて取引承認の代表に選ばれるだけでは、どうやら新規通貨がもらえるわけではないようです……」


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