しゃっくり様。
願油脂
第1話
「しゃっくり様が来よるぞ」
祖父の口癖でした。
私の祖父は私がしゃっくりをすると決まって「しゃっくり様が来よるぞ」と言って
しゃっくりを止めるために水を飲ませようとしてたんです。
あ、そうですね。普通に水道水です。
ただこの時の飲ませ方がちょっと独特というか変わってたんです。
たにがわのみず
と唱え水を一口飲み込む。
しゃっくりがわのみず
と唱え水を一口飲み込む。
この流れを数回繰り返すものでした。
息を止めるとか驚かしてもらうとか。
それらに並んでしゃっくりを止めるのに水を飲むのはまだ分かるんですけど、一連の行動の意味はよく分かりませんでした。
それに谷川の水ならまだ意味的に分かりますけど、しゃっくり川の水とは一体?と子供ながらに疑問だったのを覚えています。
あ、いえいえ、違うんです。
ただコレを常習的に行っていたのも毎年夏休みに一週間くらい田舎に帰省していた小学生の頃ですし、中学校に上がってからは祖父ともすっかり疎遠になっていました。
しゃっくり様ですか?ええ、それなんですが
結局しゃっくり様という存在が祖父の暮らす山間の一部地域特有の文化みたいでして
ひっく、ひっく、と
しゃっくりをした時の声が
泣いた人間の呼吸や嗚咽に似ていることから
しゃっくりをした人間を、泣いた我が子と
勘違いした女の霊に魅入られ、連れていかれてしまうと言われる伝承だという事だけ昔祖父が教えてくれました。
高校生のときにネットの洒落怖とかがきっかけでオカルトや怪談が好きになった私は、
大学で民俗学を専攻するようになったので
興味本位で祖父が暮らす██県██市(旧███村)の地域に関する伝承などを本格的に調べてみる事にしました。
役所や図書館など過去の資料や文献を調べてみると段々面白い事が分かってきたんです。
まず「しゃっくり様」に関して。
この呼び名はどの文献にも載ってなかったため、これは恐らく家族間など口伝で代々伝わったものだと思われます。
ただ…後に村民から「しゃっくり様」と
口伝されるようになったであろう言い伝えというか気になる伝承が見つかりました。
結論から言うとあの地域には人身供養、
つまりは村の安寧秩序の為に山の神に対する
生贄の文化があったんです。
山間の小さな村ですからその当時は山の神への信仰心もより強かったでしょう。
文献によると天災や飢饉を山の神の怒りと
捉えていた当時の村民達は、
それらが起きる度に村の子供を神に捧げる
供物として谷に突き落としていたそうです。
あ、そうですそうです。
ただ中には我が子が供物として殺された事実を受け入れられなかった母親も少なくはなく、我が子を追いかけるように谷底に身投げをする女性も居たらしいんです。
恐らくそれが後世に「しゃっくり様」と
呼ばれるようになった女性の霊だと私は考えました。
ひっく、ひっく、と。
死ぬ事に対してか恐怖で嗚咽する我が子と
しゃっくりで痙攣する村の子供を重ねてしまった女の悪霊は谷底へ連れて逝こうとする。
いつまでも一緒に暮らしたいと。
きっと実際にそういった原因不明の不審死が幾度かあったんでしょう。
子供が谷底へ落ちる事故があり、その子達は谷に落ちる前に泣いていたとか、しゃっくりをしてたとか。
そこで事態を恐れた村の大人達は
「しゃっくり様が来るぞ」と戒めて、水を飲む一連の儀式が代々伝わった。
それが時代を経て祓いの儀式から民間療法へ意味合いを変えていったのかと思います。
とは言っても文献や資料からは人身供養の文化があった事と身投げした母親の記録くらいしか分からず大半は私の憶測に過ぎません。
あ、いや、それなんですけどね。
さらに詳しく調べようにも
祖母は私が産まれる前に亡くなってますし、
先程までの話に出てきた祖父も実は昨年亡くなってしまったんです。
死因ですか。…それがちょっと意味深で。
死因は山で足を滑らせた事故死でした。
たまたま近くを通りがかった村民の方が
谷底の渓流で倒れている祖父を見つけたらしく、真夏で死後数日経っていた死体はそれは形容し難い状態だったそうです。
そして明日がちょうど祖父の一回忌になるんですが、ちょっと気味が悪いんですよね。
もしかして祖父は件のしゃっくり様に魅入られてしまったのかな…とか考えたり。
あぁ、いやいや。さすがに杞憂ですかね。
明日は父と二人でお墓参りに行く予定です。
ただここからは完全に私の推理というか憶測なんですけどね。
私はずっと
たにがわのみず しゃっくりがわのみず
を
谷川の水 しゃっくり川の水
だと思っていましたが、もしかしたら
谷側を見ず しゃっくり側を見ず
が時代を経て歪曲し、違う形で伝わったのではないかと思うんです。
渓谷では人身供養の儀式が行われてました。
つまり谷側、生贄にされた死者を見ない。
何があっても目を背けなさい。
しゃっくり側を見ずもしゃっくり様に同情してはいけない。
魅入られてしまうから目を背けなさい。
本来はそういう意味では無かったのだろうかと思います。
もしかしたら心優しい祖父は大昔の伝承を
ずっと気にしていて不意に彼女に同情してしまい、あちら側へ連れて行かれたのかも知れません。
…そうですね。わかりました。
結局のところ、死人に口なしです。
すべて憶測の域を出ませんが、今ではもう事実を確かめる事は難しいでしょう。
はい、はい、そうですね。
今の話は改めてレポートにして後日ウチの
大学の教授に提出する予定です。
今日のところは明日に備えて少し早いですが休む事にします。
はい、はい、ええ、そうします。
こっちはまだ涼しいですけど、もう夏ですし
寝る前に水でも飲んでおきましょうか。
熱中症や脱水症状は怖いですからね。
もちろん忘れたりしませんよ。
谷側を見ず。
しゃっくり側を見ず。
完
しゃっくり様。 願油脂 @gannyushi
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