日本にいながら異世界を楽しむおじさん

西基央

第1話 ニホンのイザカヤ


 異世界転生ものの読者層は四十代の中年男性がほとんどだという。

 現実から逃避し、人生をリセットしたいからという理由で読まれるのだとか。

気持ちは分からないでもない。

 生活のために働くのは当たり前。だけど、疲れない訳ではない。

 当たり前のことがしんどくなる瞬間は、誰にだってあるはずだ。


 私の名前は沢渡修二。

 とある商社で第三営業部の部長を務めている。

 それなりの役職には就いてはいるが、海外の企業相手に華々しい活躍をする第一営業部に比べると、どうしても地味な印象は拭えない。

 向こうの部長は三十代半ばで、びしっとブランドスーツを着こなす長身の男前だ。 

 かたや私は四十代後半。最近前髪が退行してきているのが悩みの、ビール腹のおじさんである。

 ただ、有難いことに部下は「第一営業部よりこっちがいい」と言ってくれる人もいる。

 向こうは要求されるレベルが高くノルマが厳しい。対してこちらは、私自身がカツカツ仕事をするのが好きではないため、どことなく牧歌的だ。

 そのため出世欲のある社員には受けが悪いものの、仕事よりプライベートを充実させたい若い子にとっては第三営業部の方がいいのだという。

 結果、うちにはZ世代の新入社員の中でも適当な子達が残るため、大変と言えば大変だ。

 第三営業部は掃き溜めなんて悪口も聞こえてくる。

 だけど大抵のことにはしばらくすれば慣れるもので、気にせず定年まで会社にしがみ付ければ上等だろう。


 そんなうだつの上がらない私だが、最近ハマっている趣味がある。

 十五歳になる下の息子が、おすすめだと言ってライトノベルを貸してくれた。

 活字など読み慣れていない私でも気楽に読める内容で、意外に悪くなかった。

 ただ、これを読んで気付いた。私はどうやら、胸の大きなヒロインを好きになる傾向があるらしい。妻に知られたらブチ切れられるので何も言わないが。

 面白かったと伝えると息子は気を良くして、更に「異世界もの」と呼ばれるものを貸してくれた。

 チートで無双、日本料理でびっくり、ダンジョン配信。

 それらに目を通していくうちに、私は思った。

 この設定で、ごっこ遊びをしたら楽しいんじゃね? と。




 ◆



 

 はい、それでは、日本にいながら異世界を楽しんでみたいと思います。

 まずはここ、私が普段使いしているチェーンの居酒屋です。

 値段はそこそこ味もなかなか。普通に楽しめるお店ですが、ここの料理をさらに美味しくする方法をお教えします。


 まず、最初に重要なのは設定です。

 詳細に決めることで感動が増しますから。


 では……ここは日本とは違う異世界『エロド・ウージン』。

 私が住むのは聖王国ネルトラルレリア。

 現在はドウシ・テコ・ウナータ三世の治政です。

 この世界には魔法はありません。王や貴族がおり、領主が各地を治めるなんちゃって中世です。

 聖王国という名前は、聖王国の首都トキオスにはジャニメ聖教の総本山が置かれているからですね。

 ジャニメ聖教は、創造神ジャニメによってもたらされた恵みを尊び、感謝し祈りをささげる宗教です。

 ところで、最近聖王国には不思議なお店が出来ました。

 どうも、うちの騎士団の団員が言うには、ネルトラルレリアにはこれまでなかったお酒や料理を出すのだそうです。

 あ、私は聖王国の第三騎士団の団長を務めております。

 それで、団員の勧めに従い、おっかなびっくりながらお店に来ました。

 

 そして店に来て更に驚きました。

 確かに、これまで聖王国では見たことのない建物です。

 しかも、かなり高級そうな店構えではありませんか。あ、チェーン店の店でも、聖王国の一般的な酒場よりも立派だ、と捉えてください。

 私は巾着袋に入った現金を確認します。中には五百円玉が沢山です。紙幣で払うより硬貨で払った方がそれっぽいのでわざわざ袋に詰めてきました。


 店内に入ると、元気よく「いらっしゃいませー」という声が響き、すぐに店員さんが案内をしてくれました。

 おおう、こんなにスムーズな接客をしてもらえるとは。

 どうやらこの店はかなり教育が行き届いているようですね。

 席に座った私は、まず団員のオススメしていた酒を頼みます。


「こ、この。生ビール? というやつの、大を一つ」


 私が普段飲んでいるのはエールですが、この生ビールは似ているがまったくの別物なのだとか。

 そわそわしながら、私は注文の酒が来るのを待ちます。


「おまたせしましたー、生ビールの大ジョッキとこちらお通しになります」


 オトーシ?

 よく分からないが、たぶん食事の前に出る“先付け”のようなものでしょう。

 葉野菜に何かソースをかけたようなものです。

 まあ、つまみにはなるかとお礼を言って、さっそく私は人生初の生ビールを飲みます。


「うまい……!? 冷えたエールって、こんなにうまいものなのか⁉」


 これは、物凄い。

 冷蔵技術の発達していない聖王国では酒は常温が基本。

 しかしこの生ビールはキンキンっに冷えていて、苦みとのど越しがたまらない。

 それに一緒に出された葉野菜……店員さんはキャベツの旨塩だれといっていたが、こちらも美味しい。

 ぱりぱりとした触感に香ばしくてしょっぱめの油のたれが合わさって、生ビールが進んでしまう。


「すみません、店員さん! 生ビールの大をお代わり、それと、焼き鳥の盛り合わせも」


 すぐに一杯目を飲み干してしまった私はおかわりを注文。

 それと一緒に、焼き鳥も頼みます。

 鶏は聖王国にもいますが、若鳥は高級品です。一応第三騎士団の団長である私は、それなりに食べる機会もあります。

 しかしこんな格安で若鳥を出している店なんて知りません。

 本当に若鳥が出てくるのか? 少し不安に思いつつも待ちます。 


「おまたせしましたー」


 生ビール、そして焼き鳥がテーブルに並びます。

 さっそく一口食べてみます。

 ……脱帽です。

 めちゃくちゃ柔らかい。本物の若鳥です。

 しかも、このたれがまた……。甘辛くて、鶏肉によく合って、これをビールで流し込む快感ときたらもう!

 はっ!? そう言えば団員が言っていました。

 この店では「ショーユ」なる、秘伝の調味料を使っているのだとか。

 おそらく、これがショーユの味なのでしょう。

 うまい、うますぎる。

 私はビールと焼き鳥を堪能します。


 そう、勘のいい皆さまなら既に気付ていることでしょう。

 この店の店主は……異世界『日本』からやって来たのです。

 転生ではなく、あくまで店主は日本にいます。しかし週に何日かだけ、この異世界エロド・ウージンと繋がるのです。

 だから、聖王国ではあり得ないほど上等な料理を、格安で提供できるというわけです。

 しっかり料理を楽しんだ私は、会計を済ませます。巾着袋から硬貨を三枚(1500円)。安すぎる、若鳥を食べて三枚? 本当にいいの?

 感動しつつ、お腹をさすりながら私は店を出ました。

 また今度来た時には、レーシュなるお酒も試してみたいと思います。


 皆さん、どうだったでしょうか?

 このように脳内妄想で補えば、日本にいながら異世界を楽しむことができます。

 次は、聖王国の貴族令嬢でありながら謎の発想力で色々な商品を開発する「発明令嬢オフィーリア」がてがけた飲食店、蕎麦屋? なる謎のヌードルショップを訪ねてみたいと思います。




 ◆



 その動画を見終わって、十五歳の少年・亮介はたらりと冷や汗をかいた。

 ……ラノベ勧めたら父さんが第三騎士団団長を名乗って動画配信するようになってた。


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