112. 贈りものです
翌朝、朝食を終えた私はグレン様の執務室に来ていた。
これからお話するのは、アイリスとエリスの処遇について。
二人ともカグレシアン公爵に脅されていたという事情はあるけれど、アイリスは王国の人々に闇魔法をかけて洗脳するという罪を、エリスは帝都にフレイムワイバーンを呼び寄せた罪を犯しているから、無罪放免にすることは出来ないのよね。
けれど被害者でもある二人に厳罰を与えることは、私達もエイブラム家の方々も、皇帝陛下だって快いとは思っていない。
それに、二人を極刑にすればカグレシアン公爵の思惑通りになってしまって、元凶を裁くための証拠が減ってしまうから避けないといけないのよね。
「朝から集まらせてしまって申し訳ない。
早急になんとかするようにと陛下から命じられてしまったのだ」
「今は隠し通せていても、そのうち気付かれてしまいますもの。仕方ありませんわ」
「ああ、シエル嬢……いや、もう男爵だから殿と呼ぶべきか?
貴女の言っている通りだ。このまま犯人が捕まらなければ民衆の不信感が高まることも想像に難くない」
「今まで通りの呼び方でお願いしますわ。違和感でくすぐったいですもの」
「分かった。そうしよう。
早速本題だが、民を納得させられるような案を出してほしい」
今はアイリスとエリスを別々の部屋に閉じ込めている状態なのだけど、長期間の軟禁は精神を病んでしまうこともあるから、早くある程度自由にしたいのよね。
けれど、グレン様が言っているような案を出すのはすごく難しい。
そのおかげで執務室は静寂に包まれてしまった。
けれど考えなければ答えは出ないから、上手く民を説得出来ないか言い訳を考える私。
そんなとき、クラウスが何か思いついたみたいで口を開いた。
「証人として利用するのはどうでしょうか?
カグレシアン公爵に操られていた説明すれば、憎しみ反感は自ずと公爵に向かうはずです。
もちろん、脅されていたとはいえ人々の命を奪った事実は消えません。その罪は民達に知られない形で償わせれば良いでしょう。カグレシアン公爵が処された時点で、民達の不満は解消するはずですから」
「脅しによって操られていたことを考えれば、嘘は言っていないことになるな。
これだけ簡単なこと、なぜ思いつかなかった……」
「皆さんに集まって頂いて正解でしたわね」
うんうんと納得するように頷いていたと思えば、今度は落ち込んでしまった様子のグレン様を宥めるように声をかけるセフィリア様。
そのおかげかしら? グレン様はすぐに元の表情に戻ると、今度はクラウスに向かって頭を下げた。
「そうだな。
クラウス殿、意見をありがとう。この方法で上手くできないか陛下と相談する」
「分かりました。成功することを祈ります」
そう口にしながらクラウスも頭を下げると、今度はグレン様が私たちに向かって頭を下げる。
「ありがとうございます。
集めてしまったところ申し訳ないですが、早速陛下に報告して来ます」
「分かりましたわ。お気をつけてくださいね」
「ああ、ありがとう」
グレン様とセフィリア様の会話を聞きながら、軽く頭を下げてグレン様を見送る私。
それから少しだけ情報交換をして、私達も執務室を後にした。
◇
あの話し合いから少しして私室で本を読んでいた時のこと。
部屋の扉がノックされて、執事の声が聞こえてきた。
「シエル様、お手紙が届いております」
「分かったわ。受け取りお願いしてもいいかしら?」
「畏まりました」
今はちょうど刺繍の練習をしている最中で手が離せないから、侍女にお願いして手紙を受け取ってもらう。
侍女の仕事を増やしたくないから申し訳ない気持ちになってしまうけれど、仕事を奪うのは良くないから、本来はこれが正しいのよね。
「こちらは皇帝陛下から、こちらはシエル様のご実家からのようです」
「ありがとう」
侍女にお礼を言ってから、皇帝陛下から送られてきた封筒を開ける私。
軽く中身に目を通すと、爵位を正式に頂くための儀式の準備について書かれていた。
具体的な時期は決まっていないみたいだけど、大聖祭の後になることは確実らしい。
カグレシアン公爵の問題が片付いてからなら落ち着いて準備できるから、すごくありがたいのよね。
続きを読んでいくと報奨金のことも書かれているのだけど……これは既に私の口座に入っているみたい。
こんなに早く大金を用意できるなんて、やっぱり帝国は恐ろしいと思ってしまった。
続けてお兄様から送られてきた封筒を開けようとすると、再び部屋の扉がノックされた。
この感じ……クラウスに違いないわ。
そう思ったから、すぐに立ち上がってドアの前に向かう私。
「クラウスだ。少し話したいことがあるから、入っても良いだろうか?」
「ええ、もちろん」
そう口にしながら扉を開けると、クラウスは少し驚いたような表情を浮かべる。
扉を開けるのが少し早すぎたみたい。
次からは驚かさないように気をつけなくちゃ。
「ずいぶんと早いな。どこかに行こうとしていたのか?」
「偶然よ。手紙を読んでいたところなの」
「そうだったのか。邪魔をしてしまって済まない」
「気にしないで。すぐに読み終わるから少し待っていてもらえるかしら?」
「もちろんだ」
足早に机に戻って封を開ける私。
中を見ると便箋が三つと髪飾りが入っていて、髪飾りが入っていることを少し不思議に思いながら机の上に並べた。
一つ目はお兄様の字、二つ目はリリアの字、最後はレイフの字。どれも私の身を案じる文章から始まっていて、続けてお兄様達の周りあった最近の出来事が書かれている。
お兄様からの便箋には両親の近況も書かれているのだけど、今のところは監視のお陰で浪費せずに大人しく過ごしている様子。
癇癪を起さずに最低限貴族らしく暮らせる範囲で生活出来ているみたいだから、どうして浪費していたのか少し不思議なのよね。私が王太子殿下の婚約者になってもしばらくは浪費していなかったから、猶更だわ。
それに、贅沢に慣れていた人は簡単に質素な生活には戻れないというから、本当に不思議なのよね。
お兄様とリリアの生活はというと、私がアイリスを助け出した日のうちに領地の屋敷に戻って過ごしているのだけど、今のところ大きな問題は起きていないらしい。
今年は作物も豊作で、王都から少し離れているお陰で領民も皆元気だというから安心だわ。
でも……『早くシエルに会いたい。寂しくて気が狂いそうだ』という文章には不安を感じずにはいられなかった。
お兄様からの手紙はここでおしまい。続けてリリアからの手紙に目を通すと、リリアの婚約者様が領地に避難していることが書かれていた。
髪飾りはリリアがレイフと一緒に作ってくれたものみたい。売り物と見紛うほど綺麗に出来ているから驚いたわ。
リリアもレイフも、こんなに器用だったのね……。それにデザインも私の好みの落ち着いた雰囲気だから、本当に嬉しくて涙が溢れてしまいそう。
それにしても、私の物をひたすら
最後にレイフからの手紙に目を通すと、私を気遣う内容の次に愚痴が書かれていた。
どうやら避難してきていたのはリリアの婚約者様だけではなかったみたいで、お兄様の婚約者様一家もお屋敷で暮らしているらしい。
おかげで執務を手伝えないことがレイフの不満みたい。レイフらしい愚痴に、少し頬が緩む。
領地の屋敷なら食材は領地で採れたものを使っているから、食費の心配は要らないけれど、レイフの勉強が疎かにならないか心配だわ。
今の王国の仕組みだと、レイフが貴族を続けるためにはレイフが功績を残さないといけないのよね。
嫡男が居ない家のご令嬢と婚約が決まれば話は変わってくるのだけど、今の状況では期待しない方がいいから、お兄様に意見を出した方が良さそうだわ。
「お待たせ。
話って何かしら?」
「早かったね。
話だが……これから建てる家の相談をしに来たんだ。冒険者ギルドの近くに土地を見つけたから、シエルに相談してから買おうと思っている」
「もう見つかったのね!? すごいわ……!
その土地、ここからも近いのかしら?」
「ああ。かなり近い。
周りは公爵家と侯爵家ばかりだから、警備の手を抜いても安心して過ごせるよ」
ここエイブラム邸からも冒険者ギルドからも近いとなると……少し嫌な予感がしてしまう。
クラウスが言っている土地がとんでもなく広い気がするのよね。
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