104. 自分が狙われても

「いけませんわ。

 そろそろ昼食の準備をしませんと」


 ふとヴィオラ様がそんなことを口にして、時間を忘れていたことに気付く私達。

 時間を知るための魔道具を見てみると、昼食までは五分しかない。


「そうでしたわ……。

 急いで着替えますわ」


「ええ、私も。

続きはダイニングでお話ししましょう」


 そう口にしてから軽く頭を下げて、部屋に入る私。

 今着ている服は野営の時に少し汚れてしまったから、土が床に散らばらないように気を付けて着替えを済ませる。


 冒険者として行動するときの服も部屋着にしている服も簡素なものだから全て自分で出来るのだけど、エイブラム邸に泊っている間に私の周りのお世話をしてくれる侍女さんは不満だったようで、何か言いたそうな表情が目に入ってしまった。


「シエル様、全てご自身でこなされることが悪いとは言いません。

 ですが、少しは私の仕事も残していただけると助かります」


「ごめんなさい。いつもの癖で……。

 次から気を付けますわ」


「ありがとうございます。

 そちらは私の方で洗濯させていただきますね」


「ありがとう。お願いするわ」


 やり取りを手短に済ませて、急いで昼食に向かう私。




 それから一分。無事に間に合った私は、クラウスの姿しか見えない食堂の様子に不安を覚えてしまった。

 グレン様やセフィリア様が時間の一分前になっても居ないことは無かったから、私達が時間を間違えているのかもしれない。


 でも、その不安はすぐに拭われることになった。


「遅くなってしまって申し訳ない」


「お気になさらず。ただの居候でしかない身なので、文句など言えませんから」


 息を上げながら入ってきたグレン様とセフィリア様の姿が目に入って、安堵する私。

 クラウスは私が口を開くよりも先に、笑顔でそんな言葉を返していた。


「居候とは言っても、貴方達は恩人です。不満があれば遠慮なく言って頂かないと、私の立場がありません」


「私も気にしないので、大丈夫ですよ。

 少し心配にはなりましたけれど、何事も無くて良かったですわ」


「そう言ってもらえると助かります。

 しかし、何事も無いわけではありません」


 でも、グレン様の言葉から重々しい何かを感じてしまったから、私はすぐに身構えた。

 クラウスも目つきが変わったから、私と同じことを感じたみたい。


「……来週に皇帝陛下が主催されるパーティーがあるのですが、その参加者にカグレシアン家の名がありました」


「本人と接触する良い機会ですけれど、何かされないか不安になりますわね……」


「カグレシアン公爵の狙いが分かれば良いが、分からない状況では動きを予想することも難しい。

 グレン様。申し訳ないですが、カグレシアン公爵が帝国に来ている間はシエルの身の安全を最優先にしようと思います。会ったことはありませんが、シエルを狙ってくる可能性は考えられますから」


「それで構いません。シエル嬢が狙われる可能性も大いにあると考えられます。

 聖女の力を利用することで王位簒奪を企んでいるとすれば、彼女の価値は何よりも高く見えることでしょう。クラウス殿とシエル嬢にもパーティーの招待状は届いていますが、辞退しても宜しいかと。

 もっとも……シエル嬢が何かの魔法に囚われる状況が考えられませんが」


 クラウスとグレン様が話していることは、あり得ない話ではないのよね。

 でも、カグレシアン公爵様は私を王太子殿下の婚約者という立場に居るのが気に入らなかったはずだから、今更利用しようと考えるとは思えない。


 でも、私を消そうと考えていても不思議ではない。

 今までのやり方を変えないのなら、公爵本人が動くことは考えにくいのよね。


「いいえ、パーティーには参加しますわ。

 カグレシアン公爵様は私が王太子殿下の婚約者だった時に、私を排除しようと動いていました。ですから、今更利用しようと考えるとは思えませんの」


「シエル嬢の暗殺を企てているなら、その方が安全かもしれません。

 しかし、移動中が一番危険になる。護衛は必ず伴うように」


「敢えて護衛を付けずに、目立たないように行動する手もあります。

 正直に言うと、足手纏いになる人が近くに居ない方が助かります」


 グレン様の言葉に、そう返すクラウス。

 クラウスも私も、自由に動ける方が戦いやすいと思っているから、護衛は不要としか思えないのよね。


 普通の貴族なら、護衛の命を命と考えていないから、足手纏いなら容赦なく巻き込んでいるけれど、私にはそんなこと出来ない。


「足手纏いになるだけなら良いですが、シエルの性格からして、護衛が負傷すれば庇うことになるでしょう。

 いくら強くても、誰かを守りながら戦うことは本当に難しい。敵の目を欺く方が確実でしょう」


「クラウス殿の言葉にも一理あります。護衛はいくらでも貸しますので、最後はシエル嬢と相談して決めてください」


「分かりました。お気遣いに感謝します」


「ありがとうございます。しっかり考えてから決めますわ」


「結論が出たら、また知らせてください」


 そこまでお話すると、私の視線の先にある扉が開いてフィーリア様達が姿を見せた。

 料理はもうテーブルの上に並んでいるけれど、今も湯気をのぼらせているから、冷めてはいないと思う。


 正直、出来たばかりは熱すぎて食べられないから、これくらいの時間がちょうど良いのよね。

 クラウスは熱々の状態でも平気な顔をして食べているのだけど。


「遅れてしまって申し訳ありませんわ」


「構わない。早く座りなさい」


 そうして全員揃うと、いつも通りの挨拶をしてから、明るい話題と美味しい料理を楽しむことになった。



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