103. 記録に残る理由

 エイブラム邸の門をくぐると、すぐに大勢の使用人さん達が出迎えてくれた。

 普段は出迎えをしない警備の人の姿もあるから、門のところまで出てきた理由は想像がつく。


 アイリスが敵対しないと確信するまでは監視するのだと思う。

 それにアイリスもエリスと同じように多くの人を惑わせたのだから、野放しにすることは絶対に出来ない。


「おかえりなさいませ。クラウス様、シエル様。

 いらっしゃいませ、アイリス様」


「シエル様、お荷物お持ちしますね」


「ええ、ありがとう」


 いつもなら荷物は自分で部屋に持っていくのだけど、今日からは貴族らしい振舞いを心掛けないといけない。

 アイリスを侍女が監視……もとい、お世話していても違和感が無いようにしないといけないから。


 屋敷の外に出すときも、護衛兼監視役を伴うことになるから、違和感を消すために私達も護衛を引き連れることになるのよね。

 でも、彼女を屋敷の外に出すことは無いと思う。


 アイリスにはカグレシアン公爵家の悪事を暴くための情報を共有してもらえれば十分なのだから。


「アイリス様にもお部屋をご用意しましたので、ご案内させていただきます」


「ありがとうございます……」


「ここの方々は、カグレシアン公爵家のような酷い事なんてしないから、怖がらなくても大丈夫よ?」


「あ、ありがとうございます」


 ……ここまで怖がられることは予想出来ていなかったから、少し対応を変えないといけないかもしれないわ。

 そう思ったから、荷物は侍女にお任せして、クラウスと一緒に執務室へ向かった。


「グレン様、シエルです。入っても宜しいでしょうか?」


 軽く扉をノックしてから声をかけると、執事さんが扉を開けてくれた。


「失礼しますわ」


「失礼します」


「そう堅くならなくて大丈夫ですよ。こちらへどうぞ」


 執務机とは別に用意されているソファーの方へと促され、グレン様の向かい側に腰を下ろす私。

 すかさず侍女がお茶を淹れてくれて、私達の前に音を立てずに置かれた。


 そうして準備が整うと、さっそくグレン様が口を開いた、


「まずは、無事に帰ってきてくれて安心しました。その様子だと、目的も無事に果たせたようですね?」


「ええ。けれど、少し問題も起きてしまいましたわ。

 アイリスが侍女たちに怯えていますの」


「……王国内で酷い仕打ちを受けていたということか。

 聖女だから有り得ないと考えていたが、違ったのだな」


「しっかりと話を聞いたわけでは無いので確かなことは言えませんけれど、グレン様の言葉の通りだと思いますわ。

 暴力は振るわれていないみたいですけれど」


「アイリスと言葉を交わしたわけではありませんが、あれは疲労によって精神が追い詰められていると考えられます。

 いくら同性でも、移動中に抱き着く形で居眠りすることはしないでしょうからね」


 私の説明に続けてクラウスが口にすると、グレン様は少しだけ考え込むようにして視線を彷徨わせると、私の方に視線を向けてきた。


「負担にならないよう、侍女には部屋の外から見張らせよう。食事は別室を用意して、エリスと共にとらせることにする。

 情報の聞き出しは闇魔法も光魔法も使える貴女に任せたいが、良いだろうか?」


「分かりましたわ。お任せください」


「ありがとう。今日は疲れているだろうから、二人ともゆっくり休むように」


「「ありがとうございます」」


 軽く頭を下げてからお茶を飲み切って、執務室を後にする私達。

 今の私達の部屋は隣同士だから、クラウスと一緒に部屋に向かう。


 数十秒ほど廊下を進むと、私の部屋の前で待ち構えている二つの人影が目に入った。

 どちらも帝国の学院の制服を纏っているから、帰ってきたばかりだと分かる。


ブロンドの髪の方がフィーリア様、赤い髪の方がヴィオラだ。

ヴィオラに「様」を付けないのは、元公爵令嬢でも今はエイブラム家の侍女としてここにいるから。


「フィーリア様、ヴィオラさん。お帰りなさい」


「お二人ともお帰りなさい」


 この場で唯一男性のクラウスは気まずそうに頭を下げると、そのまま音を立てずに部屋に入ってしまう。

 私も無理に引き留めようとは思わないから、小さく手を振ってからフィーリア様たちに向き直る。


 フィーリア様はヴィオラ様に嵌められ地位を失いかけた……という出来事があったのだけど、今の二人の関係を見ていると良くない夢だったと思えてしまうのよね。

 表向きは令嬢と侍女という主従の関係だけれど、こうして屋敷の中に居る時は仲の良い友人にしか見えない。


「シエル様とクラウス様もおかえりなさいませ」


「シエル様、クラウス様。無事に戻ってこられて安心しましたわ」


「ありがとうございますわ。

 今日はいつもよりもお早いのですね?」


 そんな言葉を交わしながら、差し出された手を握る私。

 フィーリア様もヴィオラ様も本当に嬉しそうにしているのは、山越えは文字通り命がけだから。私にとっては簡単になっているけれど、フィーリア様達にとっては違う。


「ええ。

……来月にある大聖祭の準備で、しばらく午前中だけですの」


「帝国では今から準備しますのね……」


「隣国から貴族が集まるのですから、仕方ありませんわ」


 大聖祭という言葉を聞いて、少しだけ気分が落ち込んでしまう。

 祭という字を使っているけれど、この行事は全く楽しくないのよね。


 大聖祭はブルームーン帝国、アルベール王国、サフレア王国の守護神に感謝と祈りを捧げる儀式のこと。

 守護神が唯一現れたことのある場所にある大聖教会に、全ての貴族と高位冒険者が集まって、決められた時間にお祈りするのよね。


 本来はすべての人が集まることが理想なのだけど、大聖教会にこれだけの人数は入りきらないから、地位が無い人は大陸中に存在する教会に集まることに決まっている。

 不思議なことに、この儀式の前後半月ほどは魔物が一切襲いに来ないから、冒険者や街を守っている人も例外なく参加している。




 問題は儀式の後のこと。

 儀式の翌日には、朝から夜までパーティーが行われるのだけど、これの中身が帝国の力を示すためのものだから、退屈で仕方がない。

 物心ついたころから毎年参加しているけれど、下手な行動が出来ないからものすごく疲れていた記憶しかないのよね。


 子供の頃は政治のことなんて意味も分からなかったから、本当に退屈だった。


「……余計なパーティーが無ければ、準備は前日だけで済みますのに。

 この帝国で唯一の無駄ですわ」


「フィーリア様、そんなことを口にして大丈夫ですの?」


「陛下は批判もしっかり受け入れるお方ですもの、心配は要りませんわ」


「どこかの王家とは大違いですわね。

 ……でも、この機会に公爵様を断罪出来るかもしれませんわ」


 反対意見を許さない国王が居る国と比べると、ここ帝国は比べられないほど過ごしやすいのよね。

 私にとっては退屈なパーティーも、王家や高位の貴族にとっては大事な外交の場だから、きっと無くなることは無いと思う。


 それに、今回は断罪するためには本当に良い機会だから、無駄にはしたくない。

 このパーティーでは過去にも国を跨いで悪事を働いていた人が断罪された事もあるから、事前に証拠を揃えて皇帝陛下に話を通しておけば、問題なく断罪の場を作れるはずだわ。


「カグレシアン……どなただったかしら?」


「御年からは考えられないほど髪があって、樽みたいな体型の方ですわ。

 髪が虹色ですから、分かりやすいと思いますの」


「……思い出しましたわ。

 あの髪って、染めていますのよね?」


「いいえ、地毛ですわ」


「信じられませんわ……」


「気持ちはすごく分かりますけれど、生まれたときから虹色だったという記録がありましたの」


「記録なんてありますのね」


「わたくしがその場に居たら、絶対に記録に残しますわ。

 虹色の髪ですわよ?」


「私も……絶対に残すと思いますわ」


 ヴィオラ様の言葉に続けて、フィーリア様もそう口にする。

 私も同じことを考えていたから、思わず苦笑を浮かべてしまった。

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