99. 他人が居なくても
王城に向けて歩いている途中で私達は正体を隠すための準備を進める。
あの場所にいる人達は平民と比べ物にならないほどの観察眼を持っているから、いつもの男装だけでは顔立ちから正体に気付かれてしまうと思う。
だから、上手く顔を変えることに決めたのだけど、その方法が一つしか思いつかないのよね……。
「クラウス……私の顔に火魔法を放てる?」
「流石に顔は無理だ」
でも、顔に酷い火傷を負って腫らす方法は即答で否定されてしまった。
一番気付かれない方法だと思ったけれど、難しいみたい。
私も顔だけは抵抗があったから、否定してもらえて安堵したけれど……それだと顔を偽る方法が思い浮かばないのよね。
「光魔法で幻影を作れば良いと思う。
見えている物は全て光だと言われているから、シエルの腕次第では誰にでもなれる」
「それなら……こんなのはどうかしら?」
言われてみた通りに、私と同じくらいの平民の男の子の顔を思い出しながら、光の魔法を使う私。
自分は見ることが出来ないから、鏡が欲しいわ……。
「少し小さすぎるな。多分、シエルの顔が入るくらいの大きさにした方が良いと思う」
「こんな感じかしら?」
「それは大きすぎる。変なところから髪が生えて見えるよ」
「……鏡、ここで出しても良いかしら?」
「目立ちそうだから、人が居ない場所……ここも誰も居ないから大丈夫だ」
普段は賑わっている場所だから、クラウスの感覚も惑わされているみたい。
でも、すぐに気付いて、私の提案を肯定してくれた。
マジックバッグから私の背丈を超える姿見……いつも男装するときに使っている物を取り出して塀に立てかけると、本当に別人になっている顔が目に入った。
「なんだか頭がおかしくなりそうな光景ね……」
正面に見えるのが自分の顔と違うから、背筋に嫌なものを感じてしまう。
言葉にするのが難しい感覚だけれど、しっかりと確認して直さないと変装にならないから、我慢して姿見に向き合う私。
「こんな感じならどうかしら?」
メイクで変装するときのようにして幻影を変えていくと、あまり時間をかけずに違和感を無くすことが出来た。
自分以外の人と鏡越しに向かい合う感覚には違和感しかないけれど、ガラス越しだと考えたら自然だと思うのよね。
「おお、違和感が無いどころか、本当に他人に見えるよ。
すごいな……。触っても良いか?」
「ええ、大丈夫よ」
「触れようとすると指が刺さっているように見える。これが無ければ見分けられないよ」
「それなら安心ね。
変装の準備は出来たから、行きましょう?」
「ああ」
クラウスに良いと言ってもらえたから、再び足を進める私。
王城の前に一つだけ行かないといけないところがあるから、まずはその場所を目指している。
それから十数分。寄り道も済ませた私達は聖女様の治療を受けるための場所に辿り着いた。
ここは貴族向けの受付で、大金を出せばいつでも治療を受けられる。
だから、さっき引き出したばかりのお金を取り出して、受付の人の前に積み上げる。
「どこの具合が悪いのでしょうか?」
「息子が腕を折ってしまったんだ。
お願い出来るか?」
「分かりました。
では、ご案内致します」
私達の全財産の一割になるお金を数え終えた受付の人がそう口にすると、私が知っている侍女が姿を見せた。
受付と案内は別の人がすることになっているらしい。
「聖女様の準備がありますので、こちらで少しお待ちいただけますか?」
「分かった。悪化すると困るから、急ぎで頼む」
声で気付かれるといけないから、私は一言も喋らない。
そのお陰か、侍女は違和感を持たなかったみたいで、そのまま応接室を後にしていった。
今、この部屋にはクラウス以外の目は無い状況。
けれど身体の力を抜いて油断していたら、不意に誰かが入ってきた時に対応出来なくなってしまうから、クラウスの体勢を真似たまま動かない私。
足を少し開いておいたり、手の置き方も少し変えたり……うっかり足を閉じてしまわないように集中しないといけないから、待っているだけでも凄く疲れてしまう。
いっそのこと、洗脳の魔法で身体を固めてしまいたいくらいだわ。
「それにしても……随分と悪趣味な応接室だな。
見栄を重要視していると良く分かる」
「民達がこれを見たら、不満が爆発しそうだね」
「不自然な死に方をする人が出なかったとしても、この国は崩壊するだろうな。
聖女信仰でなんとか国としての形を保っていると思えて仕方がない」
この応接室の壁は、盗み聞きのために薄く造られている。
だからクラウスとの会話でも、男の子の声色と口調を保ち続けないといけない。
覗き穴は無いから、防音の魔法を使えば解決なのだけど、何も音が聞こえないと不自然だから、魔法は使わずに会話を続けている。
「実際、聖女様の人気は物凄いからね。
先代のシエル様の時も、相当人気があったという噂を聞いたよ」
……でも、自分を様付けで呼ぶのは良い気分にはなれないのよね。
今の私はエルナルド――愛称はエルという底辺貴族の令息という設定だから、呼び捨てには出来ないのがもどかしい。
「ああ、その通りだ。よく知っているな」
この茶番、早く終わらせたいわ……。
そう思っていると、薄い扉がノックされた。
「どうぞ」
すぐにクラウスが返事をすると、アイリス様が侍女に付き添われて入ってきた。
ここまでは計画通りだわ。
あとは――侍女を気絶させてから、アイリス様を説得しなくちゃ。
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