98. 忘れていないので

 墓地の横を通り過ぎて城門に着いた私達は、冒険者の証を示してから王都の中に入った。

 冒険者なら面倒な手続きをしなくても入れるから、時間をかけずに済む。


「この前よりも活気が無くなっているな」


「そうね。皆、何かに怯えているみたい」


「弾圧があったばかりなら当然だろうな」


 いつもはすれ違う人とぶつかりそうな程込み合っている商店街も、今日は誰の姿も見えない。

 お店も全て閉まっているみたいで、まるで滅亡寸前の町と同じ様子だ。


「弾圧でもここまで酷くはならないわ。

 私が幼い頃にあった流行り病の時は、こんな感じだったみたいだけど……」


 病の拡散を防ぐためにと平民にだけ外出禁止令が出ていた時のことは、馬車の中から見た時に覚えている。

 あの時は家族全員が無事なうちにと、急いで領地に避難したのよね。


 あの頃の私はまだ魔法を扱えなかったから、避難できて本当に良かったと思う。


「流行り病……か。

 俺達はシエルの魔法があるから大丈夫だが、心配だな」


「そうね。お兄様達が心配だわ」


 まずはお兄様とリリアが拠点にしている家を目指して足を進める私。

 今のお兄様達は、お母様とお父様の目から逃れるためにと、王都にある小さな家で暮らしている。


 宿暮らしだとアイリス様の評価を下げるための妨害をし辛くなるから、こういう形にしているらしい。


「確か……この家だわ」


「これは……貧乏人の住む家そのものだな。

 貴族が住んでいたら精神を病みそうだが、大丈夫なのか?」


 目に入ったのは、ボロボロの木でできた二階建ての家。

 私もクラウスと同じ感想を抱いているから、色々な意味で心配になってしまう。


 隠れ家にはちょうど良いかもしれないけれど、この環境に耐えられる貴族は中々居ない。


「……野宿よりは何倍も良いと思うから、きっと大丈夫だと信じるわ」


「そうだな。

 しかし、今にも崩れそうな見た目だな」


「私も同じ気持ちよ」


 そんな言葉を交わしながら、玄関の扉をノックする私。

 この扉はボロボロでも隙間は無いみたいだから、寒い日でも凍えることは無さそうだわ。


「は~い。どちら様ですか?」


 リリアの声が聞こえてきて、少しだけ扉が開けられる。

 開いた部分には縄が見えるから、来訪者を確認するために少ししか開かないようにしているみたい。


 女性が対応するときは襲われることも少なくないから、しっかり対策しているところを見ていたら少しだけ身体の力が抜けた気がした。

 扉も見た目はボロボロだけど、重たそうな音を立てていたから頑丈なのだと思う。


「お姉様? どうしてここに?」


「詳しいことは中で話すから、入れて貰えるかしら?」


「は、はいっ」


 私が答えると、リリアは扉の縄を解いて私達を通してくれた。

 家の中は外とは違って綺麗に整えられていて、想像していたよりも過ごしやすそうだけれど、蝶よ花よと育てられてきたリリアには厳しい環境だと思わずにはいられない。


 服装だって、平民が着るようなもの――麻を多く用いた着心地が最悪なものだから、心配になってしまう。

 あの服は本当に着心地が悪いから、変装以外で着ることはまず無いのよね。


「お兄様は居るかしら?」


「今は肉を狩りに行っていますわ。

 昨日と同じなら、あと三十分くらいで帰ってくると思います」


「そう、ありがとう。

 私達が来たのは、アイリス様を助け出すためなの。詳しく話すと長くなるから簡潔に言うけれど、アイリス様はカグレシアン公爵様に脅されている可能性があるの」


 防音の魔法を使ってから事情を説明する私。


 こう口にしているけれど、アイリス様からされた嫌がらせは忘れていない。

 でも、仕返しをするにしても命が無いと出来ないのだから、今は助け出すことだけを考えなくちゃ。


「私達、かなりアイリス様の評判を下げてしまいましたけど、大丈夫でしょうか……?」


「なんとかなるはずよ。

 最悪、命さえあれば大丈夫だから」


 アイリス様を助け出す方法も考えてあるから、命があるうちに動きたい。

 お兄様に話せないのは残念だけれど、今は時間が惜しいのよね。


「時間が惜しいから、私達はそろそろ行くわね。

 次に会えるのがいつになるかは分からないけれど、アイリス様を保護してから戻ってくるわ」


「そんなこと出来ますの? 王家に気付かれたら、お姉様の命が危ないのに……」


「心配してくれてありがとう。

 でも、大丈夫だから、成功させて来るわ」


 涙を浮かべているリリアの手を握りしめてから家を出た私は、クラウスと共に王城へ向けて足を踏み出した。

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