90. 予感から確信に

「そろそろ行こう。もう遅いから、寝る場所を探さないといけない」


「そうね……。まずはエイブラム邸に行ってみましょう」


 エイブラム家は、少し前に私達が依頼を受けたことで親交を作った侯爵家だ。

 長女のフィーリア様とは定期的に手紙のやり取りをする仲だから、もしかしたら泊まらせて下さるかもしれない。


 けれど、この状況だから過度な期待は出来ないのよね……。


「エイブラム邸が駄目なら、ホテルを探すしか無いが……それも駄目だったら野宿しよう」


 クラウスも私も、この状況の深刻さを理解しているから、重々しい雰囲気のまま頷く私。

 


 しばらくして、ようやく立ち直った私達は今夜の寝る場所を探すために行動を始めた。

 冒険者だから家を失っても、他の街に行くという選択は出来る。

 けれども、辺りが薄暗くなっている今の時間から移動するのは自殺行為だから、帝都の中で探した方が良いことくらい、考えるまでもない。


 数分歩くと、見慣れたエイブラム邸の様子が目に入ってきた。

 所々焼け焦げた跡があるけれど、家は無事の様子。


 エイブラム邸は広大な庭園の中央にお屋敷があるから、周囲の建物が崩れても被害を受けずに済んだらしい。

 それにフィーリア様達の姿も見えるから、少しだけ安堵することが出来た。


「気付いてもらえるかしら?」


「手を振るだけだと分からないと思う。光魔法で照らしたら、間違いなく気付くよ」


「やってみるわ」


 最初は手を振っていたけれど、誰にも気付いてもらえなかったから、光魔法で周囲を照らしてみる。

 すると、最初に護衛の人達が気付いたみたいで、私に剣を向けてきた。


「その魔法を止めろ。我々への攻撃は許されない」


「ごめんなさい。魔物の気配がしたから、探していましたの」


 今は男装中だけれど、エイブラム家の人達には私の素性を明かしているから、普段の声で言葉を返す。魔物というのは嘘だけれど、剣を下ろしてもらうためには仕方のないこと。

 この護衛さんも何度か顔を見かけたことがある人だから、貴族の礼を見せれば気付いてもらえると信じて頭を下げた。


「貴女は……」


「気付いて頂けましたか?」


 そう口にした直後、本当に魔物の気配がしたから攻撃魔法を構える私。

 クラウスも気配がした方向に手を向けて、いつ魔物が襲ってきても大丈夫なように構えている。


「お声を聞いて、ようやく気付きました。失礼しました」


「魔物の気配は本当だから、礼よりも構えてください」


「私は旦那様に報告に向かいます。魔物をお任せしても?」


「ええ、もちろんですわ」


 話しながら魔物の気配の方に視線を向けていると、光魔法にワイバーンが照らされた。

 それも一瞬のことで、クラウスの魔法に射抜かれて庭へと落ちていったから、新しい被害が出ることは無かった。




 それから数分、フィーリア様が窓から私の方に手を振っている様子が目に入った。

 護衛さんから話を聞いて、私達が来ていることに気付いたらしい。


 手を振り終えると、今度は手招きを始めたみたいだから、私も手で合図を出してみる。

 ……門は閉ざされたままだから、入れないけれど。


「フィーリアお嬢様から、お二人を招くようにと指示がありました。

 ぜひお入りください」


 ――なんて思っていたら、すぐに護衛さんが出迎えに来てくれて、所々が焼け焦げている庭の中へと足を踏み入れた。

 お屋敷は無事だけれど、庭園の方はワイバーンの亡骸がいくつも落ちていて、芝生も抉れているところが目立つほどに荒れてしまっている。


 ここでも激しい戦いがあったことは一目見れば分かるけれど、人の血はどこにも見当たらなかった。

 だから大きな怪我を負った人は居なさそうだ。


「玄関は少し燃えてしまいましたのね」


「ワイバーンの攻撃が掠めただけですが、派手に壊れてしまいました。

 人に当たらなくて本当に良かったと、皆で安堵しております」


「誰も怪我をせずに済んだのは、不幸中の幸いでしたわね」


 護衛さんと数言だけ交わしながら玄関に入ると、エイブラム家の方々にヴィオラ様も出迎えに来てくれていた。

 全員ワイバーンと戦っていたみたいで、汗を浮かべているけれど……火傷を負った気配は欠片も無かったから、気付かれないように安堵の息を漏らす私。


「お久しぶりですわ。招き入れて下さってありがとうございます」


「こちらこそ、シエル様とクラウス様の無事を確かめられて安心しました。また魔物が襲ってくるかもしれませんが、それまでゆっくりして下さい」


「ありがとうございます。

言いにくい事ですが、私達の家が全焼してしまったので、泊まらせて頂けないでしょうか?」


 エイブラム家当主のグレン様の言葉に続けて、いきなりクラウスが問いかけをしてしまった。

 貴族のマナーとしては良くないことだけれど、グレン様は気に留めないどころか安堵した表情を浮かべる。

 フィーリア様からは嬉しそうな気配を感じるけれど、これは私と直接会えたことを喜んでいるのだと思う。


「全焼したことは使用人からの報告で把握しています。

 行方が分からず捜索させていたところですが、無事で本当に安心しました。依頼の恩はこの程度では返せませんが、この屋敷ならご自由にお使いください」


「「ありがとうございます」」


 眠る場所が無いという問題はグレン様の快諾のお陰で解決したけれど、問題はまだ残っているのよね。

 緊急招集の鐘の音は止んでいるから戦いに行く必要は無いけれど、翌日中にギルド支部に報告に行かないといけないから身体を休める余裕は無いのだから。


 それに、玄関に駆け込んできた門番の姿を見て、嫌な予感を覚えてしまう。


「旦那様。聖女を名乗る女性が怪我人の治療のために庭を貸すようにと言ってきました。

如何いかがされますか?」


 自ら聖女を名乗るような人は、私が知る限りでは一人しかいない。

嫌な予感が確信になってしまったわ……。

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