61. 剣ばかりなので
「準備は出来ていますか?」
「ええ、大丈夫ですわ」
偽装が起こらないようにと派遣されてきた立会人の騎士さんに問いかけられて、頷く私。
この場には達エイブラム侯爵家の方々や、他家の当主の方々も同席している。
「では、始めてください」
「分かりました」
合図を出されたから作業を始めたのだけど、上手く指紋が出なかったら不利になってしまうと思うと恐ろしくて、手が小さく震えてしまう。
だから気付かれないように深呼吸をしてから、二つの袋に粉を振りかけていく。
片方は意識が戻る前のヴィオラ様の指に触れさせていた袋で、もう一つの方はフィーリア様の鞄に紛れ込んでいた毒入りの袋だ。
「おお……本当に浮かび上がった……」
無事に両方の指紋を浮かび上がらせることに成功したみたいで、そんな呟きが聞こえてくる。
けれど指紋が同じかまでは分かりにくいから、二つを並べて向きを変えてみた。
すると、一目見ただけで全く同じだと分かるようになった。
「これは……全く同じですね。身柄の拘束後に、本人の指も確認しましょう。
フィオナ様の毒殺未遂事件の時の証拠にも使いたいと思いますので、その粉をお借りしても宜しいでしょうか?」
立会人の騎士さんも同じ判断を下したようで、そう口にしてくれる。
これで裁判の時に誤魔化されることも無くなったと思う。
全ての証拠はまだ揃っていないけれど、フィーリア様の冤罪は晴らせるに違いない。
けれど問題もあって、この粉を調べられそうなのよね……。
「調べられるわけにはいきませんから、私が直接お持ちしますわ」
細工してあるけれど、調べられない方が良いに決まっている。
だから提案してみたのだけど、予想していたよりも簡単に頷きが返ってきた。
「承知しました。では、これから騎士団本部までご同行をお願いします」
「分かりましたわ」
含みのある笑顔を向けられた気がするけれど、騎士に就いている人が手出ししてくるとは思えないから、頷く私。
何かされるとしても、スカーレット公爵家と繋がりがある騎士に脅されたり、粉を奪われるくらいだと思う。
これくらいの事、私の計画に支障は無いから気にしないけれど、クラウスの考えは私と違ったみたいで不満げな表情を浮かべている。
「心配なので、付き添いで同行しても良いでしょうか?」
「人数が増えると不正をし易くなるので、ご遠慮頂きたいです」
今の言葉で、騎士団が何かを企んでいるという疑いは確信に変わってしまった。
クラウスはあからさまに不機嫌そうな様子を見せながら、冒険者カードを見せていた。
「なるほど。冒険者を信用しない、そういうことですね?」
「いえ、そういうわけでは……」
Sランク冒険者を敵に回すと国が傾くこともあると、妃教育で教わったのだけど……帝国でも同じように考えられているらしい。
「では、同行させて貰えますよね?」
「はい。是非お付き添いください」
「一応言っておくと、シエルも高位冒険者ですから、舐めない方が良いですよ」
「そうでしたか……大変失礼致しました」
少し危うい空気になってしまったけれど、隊長と思われる騎士さんが深々と頭を下げてくれたから、少しだけ雰囲気が元に戻る。
「では、私達は家の馬車で向かいますわ」
「分かりました。先に本部でお待ちしております」
騎士達が一礼して部屋を後にしてから、私達も騎士団本部に向かうために準備を始めた。
それから少しして、私はクラウスと共に騎士団の本部に向かっていた。
今日も護衛は付けていないけれど、仮に襲われたとしても私達だけで対処できるから、フィーリア様達に心配されることも無かった。
「シエル。騎士団本部に着いたら、例の魔法を。
敵が居たら、証拠は冒険者ギルドに預かってもらう」
ふと、そんなことを口にするクラウス。
彼も騎士団の中に内通者が居る可能性に思い至っているらしい。
スカーレット公爵家は今のところ一番力を持っている家だから、騎士団に対する影響があってもおかしくない。
指示さえあれば証拠隠滅に走ることだって考えられる。
「ええ、分かったわ。
でも……魔法に気付かれたりしないかしら?」
「俺でも中々気付けないのに、魔法に疎くて剣術ばかり鍛えている騎士に分かるとは思えないけど?」
「言われてみれば、そんな気がするわ」
魔法に長けている人は魔力の感覚にも長けているから、事前に相手の魔法を予想するという芸当も出来てしまう。
けれど騎士団に魔法に長けている人が居るというお話を聞いたことは無いから、クラウスが言った通り、気付かれることはなさそうね。
「気付かれても言い訳はいくらでも出来る。だから、気楽に行こう」
クラウスが私の手を軽く握りながら、励ましの言葉を口にする。
少し遅れて、横の方に騎士団本部の入口が目に入った。
「お待たせしてしまって申し訳ありません」
「いえいえ、構いませんよ。では、中へどうぞ」
待っていた騎士さんに案内されて、証拠品が置かれている部屋に入る私達。
既にこの事件に関わっている人達が集まっているみたいで、この部屋の中には十五人の騎士さんが待ち構えていた。
試しに魔法を使ってみると、案内してくれた騎士の方に飛んでいく。
次は……一番体格の良い人。
……何度も続けていたら、半分近い七人もの騎士が私達と敵対する立場だと分かってしまった。
そのことをクラウスに小声で伝えると、彼は視線を軽く上下させてから口を開いた。
「指紋を調べる前に、証拠品を裁判の日まで冒険者ギルドで預かることに同意してください。
内通者が大勢居る場所に残していたら、何が起こるか分かりませんから」
「なっ……」
驚いた様子を見せたのは、全員が私達と敵対している人だった。
どうやら他の人達には内通していると勘付かれているみたいで、私達に感心するような視線を送ってくれた。
あと少しでスカーレット公爵を追い詰めて、フィーリア様の無罪を証明できる。
もう一歩でヴィオラ様を公爵家の呪縛から助けられる。
そう思うと、緊張はどこかへ飛んで行ってくれた。
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