36. side 一番のはずなのに

 シェル達が学院に編入するより三ヶ月ほど前のこと。

 男爵令嬢のフィオナはとある悩み事を抱えていた。


(どうしてわたし以外の人が人気になっているの? 記憶にある物語通りなら、私が一番なのに……!)


 クラスメイト達に囲まれて、楽しそうなフィーリア・エイブラム侯爵令嬢の様子を見るフィオナには、前世の記憶があった。

 ただ、どんな人生だったのか、どんな生活を送っていたのかの記憶はない。


 ただ自分がメインヒロインとして皆に愛されるお話が記憶にあるだけで、味方によっては彼女自身の妄想とも言えた。


(ゆるせないわ……)


 Aクラスになるくらいに優秀なフィオナの家は、隣国に領土を構えながらも商売の手を帝国にも広げているカグレシアン公爵から支援を受けていて、男爵家としてはあり得ないくらいに裕福な暮らしをしている。

 普通の男爵家といえば領地を持たない平民上がりであることが多いが、フィオナの家は今代で五代目。貴族らしい傲慢さもすっかり板についていた。


 軸にしている商売も順調で、平民との距離は遠い。

 だから、平民を見下すようなことも少なくない。


 けれども男爵令嬢という肩書が邪魔をして、フィオナがクラスの人気者になれそうな気配は無い、と本人は思っていた。

 原因は全く別のところにあり、礼儀作法の勉強をサボっていたからなのだが、それを指摘する者はいない。


「フィーリアさん、この後一緒に昼食に行かない?」


「……はい? わたくし、平民臭い人とは関わりたくありませんの」


 礼儀作法がなっていない人と関われば後ろ指をさされるような貴族社会では、礼儀を学んでいない人が交友の輪を広げることはほぼ不可能だ。

 だから、フィーリアが断ったのも当然のこと。


 けれど自分がヒロインなのだと信じているフィオナは、態度を改めることは無かった。

代わりに距離を取られている高位の貴族に媚びることをやめて、容姿を活かして令息達との距離を詰めていった。


 フィオナの演じる「可愛らしい令嬢」は見事に令息達の心を奪い、令嬢達からは余計に嫌われるようになった。


 けれど、ある日のこと。

 フィオナは気付いてしまった。


「正直、フィオナって面倒なんだよな。相手にしないと恨まれそうだから、とりあえず煽てているが」


「まったくだ。あんなのよりもフィーリア様やヴィオラ様と親しくしたいんだけどな」


「本当に邪魔だよな。いっそのこと、消すか?」


 令息達は心を奪われておらず、ただ面倒だからと付き合ってくれていることに。


(どうしてダメなの?

 ……フィーリアが居るから、私は相手にされないみたい)


 クラスで一番人気のあるフィーリアが居なくなれば、きっと避けられることも無くなる。

 そう考えたフィオナは、早速行動に移った。


 学院内であっても、度の過ぎた嫌がらせの類は懲罰対象になる。

 証拠に残らない言葉の嫌がらせは放置される傾向にあるけれど、水をかけたりしたときはその限りではなく、おまけに被害者の主張が重視される。


 だから、フィオナは自ら昼食のスープを被り、犯人がフィーリアだと主張した。

 ある時はバケツいっぱいの水を被り、これもフィーリアが犯人だと主張した。


 結果として周囲からの同情を得ることに成功していたけれど、事件が起こってしまう。




 すっかり増えた友人達と昼食をとっていた時、フィオナは激しい頭痛と吐き気に襲われた。

 遠のく意識の中、友人達の手によって医務室に運ばれたフィオナは優秀な医師のお陰で一命を取り留めたけれど、彼女にかけられたのは自作自演ではないかという心無い言葉だった。


 けれど、その後の捜査でフィーリアが毒物を隠し持っていたことが判明し、拘束されたことで状況が変わる。

 今までの『嫌がらせ』の結果に、礼儀を覚えたことも相まって、フィーリアは投獄された。


一方のフィオナはというと、同情から令嬢の友人も出来て楽しい学院生活を送れるようになっていた。

一番の理由は、見るに見かねたアイネアによって礼儀作法をみっちりと叩き込まれたことだけれど、本人に自覚は無い。


 そんな時。編入生としてクラスに加わったシエルが人気を一瞬で集めたから、フィオナの胸の内は穏やかではない。

 シエルは因縁のあるエイブラムの家名を名乗っているから、フィオナが敵意を抱くのに時間はかからなかった。

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