35. 嫌味ですか?

 嫌な感覚はするけれど、フィオナ様が手を出してくる様子は今のところ無い。

 だから今は気にしないようにして、集まっているご令嬢方の質問攻めと戦うことにした。


「……いけませんわ。そろそろ演習場に移動しませんと」


「もうそんな時間ですのね。急ぎましょう」


 けれど、その質問攻めも長くは続かなくて、実技の授業を受けるために移動することになった。

 クラウスは……もう居ない。


 私は質問に返しながら準備していたから良いけれど、他のご令嬢方は何もしていなかったみたいで、大慌てで教科書を取り出していく。

 それが終わるのを待ってから、私も演習場に向かう。


「間に合いましたわね」


「シエル様、初日から急がせてしまって申し訳ないですわ」


「いえ、間に合いましたからお気になさらないでください」


 演習場に入ってから少しして、授業の開始を始める鐘の音が鳴り響く。

 私もクラウスも無事に受け入れてもらえたから、緊張しないで済んでいるけれど、やっぱりフィオナ様の視線は気になってしまう。


「では、授業を始めます。

 今日は今学期最初の授業なので、皆さんの実力を把握するために魔法の模擬戦を行ってもらいます。白衣の天使を使用するので、全力で戦って下さい」


「あれは一定範囲内の攻撃魔法を無力化して、攻撃が当たった人を光らせる魔道具ですわ。

 学院の中でしか効果が出ない古代遺物ですの」


 初めて聞く単語に首をかしげていると、隣にいる赤い髪のご令嬢が小声で教えてくれる。

 古代遺物というのは、今の技術では再現できない古代から伝わる道具のことで、希少価値もかなり高い。


 だから授業なんかで出てくることに驚いたのだけど、どうやら天使の白衣というのはこの演習場そのものみたいで、私達が立っている地面から魔道具の効果を示す光が放たれた。


「すごいですわね……」


「ええ。わたくし達の先祖様には感謝してもしきれませんわ」


「そうですわね」


 小声で話している間に、魔法戦のルール説明が始まる。

 白衣の天使という魔道具も万能ではないみたいで、上級以上の攻撃魔法は使わないように指示された。


 ……うっかり使わないように気を付けないといけないわ。


 他にも攻撃が当たった判定になった人は問答無用で外側に出ないといけないこと。格闘戦は禁止だということもルールに含まれるみたい。


「これは全ての授業で共通なので、覚えて下さいね。

 説明は以上なので、四人のチームを組んでください」


 先生から指示が出されると、早速私の周りにご令嬢方……ではなく、ご令息方が我先にと集まってしまった。

 予想していなかったことに言葉を失ってしまう私。


 けれど、助け舟は直ぐに出された。


「貴方達、そんなに勢いよく詰め寄ったらシエルさんに嫌われますわよ?

 猿ではないのですから、欲を抑えて下さいませ」


 そんな気はしていたけれど、やっぱり私は狙われていたみたい。

 優秀なクラスでも、婚約者を見つけられていないご令息方は一定数いるらしい。


 ちなみにこのクラスは皆十七歳か十八歳。

十八歳の人は留年した人と、編入という特殊な事情のクラウスだけだから、殆ど同い年なのよね。


 だから相手を見つける時間もあったはずなのに、今も婚約者が居ないというのは……そういう事なのだと思う。


「スカーレット様、邪魔しないでください! シエル嬢を見て、心に刺さったんです!」


「お断りしますわ。私、軽い男は嫌いですので」


 こんな人と婚約したら、すぐに浮気……いえ、好かれないから浮気も出来なかったわ。

 そもそも自由の身になった今は、私が好きになった人と一生を添い遂げたいのだから、こんな人達と関係を持つだなんてあり得ないことだ。


 軽い男が嫌いなのは事実だけれど、例え真摯に向き合ってくれる人でも気持ちが伴わないとお付き合いもしないと思う。


「くっ、シエル様のガードが堅すぎる」


「はいはい。男は男で仲良くしてくださいまし」


 結局、私を囲っていた殿方達はクラウスの元に逃げ帰っていって、私の周りには赤い髪のご令嬢――スカーレット公爵家のヴィオラ様と桃色の髪のご令嬢――オラクル伯爵家のアイネア様、それからファンルーア男爵家のフィオナ様が残っていた。

 他のご令嬢方は早々に諦めて……いえ、あのご令息方から逃げていたみたいね。


 それくらい避けられているらしい。

 助けてくれなかったことは、気にしない方が良さそうね。


「よし、決まったな。

 では、各自初期位置を決めて下さい」


 この模擬戦では、実際の戦争のような地形が再現されるらしく、最初に決めた位置で有利不利が決まるみたい。

 事前に地形は分からないから完全に運なのだけど、公平になるように自由に決めて良いルールになっている。


 だから、早速場所を決めようと口を開いたのだけど、フィオナ様があからさまに舌打ちをしていた。

 そして耳元でこんなことを言われてしまう。


「平民のくせに、みんなに好かれているからって調子に乗らないで」


「……私、貴族の血筋ですわよ?」


「臭いのよ。平民って」


 嫌味だと分かっていても、悲しい気持ちになってしまう。

 この一ヶ月、ずっと貴族らしい生活をしていたから、万が一にも臭うような事は無いのに。


 偽装した書類のお陰で、私は侯爵令嬢という立場でここに居る。

 実際の立場は伯爵令嬢だけれど、それでも男爵令嬢のフィオナ様よりも立場は上だ。


 不敬罪は学院の中でも生きているというのに、私に悪口を言えるフィオナ様の神経はどうかしているとしか思えない。

 証拠が集められなくなってしまうから、問いただすことはしなかった。


 けれど、アイネア様もヴィオラ様も、隠そうともせずにフィオナ様を睨みつけていた。

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