17. 魔力の理由

 けたたましく響く低い笛の音。

 遅れて窓から見える景色が流れ始める。


 予定胃通りの時間に出港した様子だけれど、船の中ですることと言えば本を読むことくらいしか出来ない。


 それを今まで失念していた私は、めでたく窓の外の景色を見る羽目になった。

 ……けれど、何も変わり映えしない海を見ているのも飽きてしまって、クラウスに視線を向けてみる。


 そんな私に気付いたのか、彼は本を差し出してくれた。


「魔法に関する本で良ければ貸すが、読むか?」


「ちょうど攻撃魔法の勉強をしたかったの。ありがとう」


 攻撃魔法も一通り教わったことはあるけれど、貴族なのに魔石を使うのはみっともないと言われて、実際に使ったのは今までの人生でたったの一回だけ。

 基礎は覚えていても、残りはほとんど忘れてしまった。


 でも、魔石が使える今なら習得しておいた方が絶対に良い。


「良かった。もし分からないことがあったら、何でも聞いて欲しい」


「頼りにしてるわ」


 そう返してから、魔法書を開く。

 この魔法書はアルベール王国ではなく、隣国のサフレア王国で作られたもの。


 魔法の考え方もかなり変わっているみたいで、初めて見る魔法式ばかりだった。


「理解は出来そうか?」


「アルベールの魔法書に書かれている内容よりも進んでいることまでは分かったわ」


「そうか……。俺が教えることは無さそうだな」


 残念そうに口にするクラウスだけれど、私はそこまで優秀ではない。

 だから、分からないことだって沢山ある。


「早速質問しても良いかしら?」


「もちろん。この攻撃魔法についてかい?」


「ええ。魔法式がこの形になってる理由が分からないの。

 私が習ったのは、ここが逆だったから」


「これは、逆にしていると無属性魔法の使い手が外に魔力を出せなくなるから、これが正解なんだ」


 早速、衝撃的な言葉が飛び出してきた。

 もしかして、私が知っている魔法は……全て私の首を絞めるものだったの?


 でも、あれは貴族が共通で習う魔法書。

 クラウスの言葉が本当なら、私以外にも魔力が少なくなる人が居ないとおかしいのだけど。


 ……そういえば、無属性の使い手は私と聖女様しか居なかったわ。


「そうだったのね。なんてことなの……」


「まさか、今まで逆にしていたのか?」


 魔力量が貴族の中でも多かった両親の娘なのに、私だけ魔力が少ない理由が分かった気がする。

 もしそうなら、すごく悔しい。


 今までの血のにじむような努力は、全て私を追い詰めていただけだから。


「ええ。そのまさかよ」


「それはまずいな……。

 この魔法式は他の魔法にも通じている基本だから、今まで使っていた無属性魔法も見直した方が良い。

 二十歳になる前なら、まだ回復出来るから、このやり方で魔法を使うようにするんだ」


「今日中に覚え直してみるわ。教えてくれてありがとう」


 焦りをあらわにするクラウスを見ていたら、私まで身体が熱くなるような錯覚に囚われてしまった。

 けれど、私はまだ十七歳。婚約者が居ないと行き遅れ予備軍だけれど、魔法を使えるようになるには二年以上の猶予がある。


「仲間なんだから、気にするな。l

 まずは一日一攻撃魔法だな。魔力切れだと感じても、命までは削れないはずだから」




 クラウスの言葉を信じて、夜まで魔法書の内容を頭に叩き込んだ私は、クラウスに付き添われて甲板に出た。

 サフレア王国では私と同じ状態になった人が元に戻れた例もあるみたいで、言われた通り毎日攻撃魔法を放っていれば回復していくらしい。


「倒れたらごめんなさい……」


「気にするな」


 それだけ答えて、私の肩を支えてくれるクラウス。

 家族以外の殿方に触れられるのは初めてのことだけど、不思議と嫌悪感は無かった。


 だから落ち着いて魔力を練って、無詠唱で初級の水属性攻撃魔法を放った。

 でも、現れたのは私がイメージしたものからは程遠い、雨粒のような水滴だけだった。


 それなのに魔力切れの症状が襲ってきて、身体に力が入らなくなってしまう。


「魔法、失敗したのか?」


「成功……したわ……。

 ほら、見える?」


「なるほど……予想以上に深刻だったな。

 あと一か月遅かったら、全く使えなくなっていたところだよ」


 攻撃魔法どころか、生活魔法にすら及ばないという悲しい現実。

 でも、手遅れになる前に知ることが出来て良かったと、すごく安心した。


「クラウス、夕食はどうしよう……」


 けれど自力では立っているだけでも辛いから、全く安心出来ないのよね。

 腕はなんとか持ち上げられるけれど、それ以上の力は入れられない。


「座るのも厳しそうか?」


「座るだけなら大丈夫……」


「船酔いで通そう」


 この後、顔色が酷すぎる私を見た船員さん達に甲斐甲斐しく手助けされることになって、罪悪感を覚える私だった。

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