お化け

 ついに林間学校最大のイベントである肝試し。

 安全の関係上、四人以上の組になって山道を歩き、ゴールにあるお札を取って戻ってくる。

 運営側に回っている俺達は、脅かす側と巡回側に分かれて行動することになった。

 というのも、歩いていくルートは所々崖があったり、少し整備されていなかったりで危ないからだ。

 一応、テープで道を標していたり、崖に落ちないようにフェンスが敷いてあるから問題はないが、それでも深い森を歩くことになる。こんな場所で万が一ルートを逸れて迷子にでもなったら、夜中ということもあって大変だ。


(って言いながらも、実際ライトも持って歩かせるし、過去にそんなことはないって話だから大丈夫だとは思うが……)


 シーツを切り取った衣装を着ながら、大きなため息をつく。

 少し離れた開けた場所では、一年生が教師の説明を受けている。安全面を考慮して、この場の指揮は教師がすることになった。

 おかげで、俺達引率組は肝試しの準備……なんか、俺はお化け役の幽霊らしい。


「あれ、つっくんどこー?」


 キョロキョロと、辺りを見渡して歩く柚葉。見回り組だから、俺とは違ってジャージ姿である。

 どうやら、彼女はシーツを頭から被っている俺に気づいていないらしい。


(……ふむ)


 俺はそろりと、柚葉の背後へと回る。

 そして———


「わっ!」

「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ(ゴッ!)ぁぁぁぁぁぁぁぁ(ガッ!)ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」


 いけない、鳩尾と顎に肘と拳が。


「ぐ、ぬぉぉぉぉぉぉぉ……」

「そ、その声はつっくん!? ちょ、大丈夫!?」

「だ、大丈夫だ……」


 もしかして、俺は今日一日驚かす度に鳩尾と顎へ打撃を受けるのだろうか?

 そう考えると、中々にハードな仕事だぜ……へっ。


「びっくりしたんだよ……もぅ、つっくん私がお化け苦手なの知ってるじゃん」

「その割には、的確に幽霊を倒そうとしていたがな」


 急所に二発も撃ち込めるなど、逃げるのではなく倒す意思があるようにしか思えない。


「ふふっ、わーっ」


 鳩尾を押さえていると、ふと背後から可愛らしい声が聞こえてくる。

 振り返ると、そこには狐の耳に白い着物を着た詩織さんが両手を上げて驚かそうとしている姿があった。


「詩織さん?」

「はい、詩織さんです♪」


 なんとも可愛らしい姿な子とか。

 心なしか、楽しそうな雰囲気が笑顔と声音で伝わってくるような気がする。

 詩織さんって、こういう子供っぽいところとかあるよな。


「しーちゃん先輩、超べりーなぐらい可愛いです!」


 柚葉が感極まって詩織さんに抱き着く。

 端麗な美少女達のスキンシップに、周囲の視線が一気に集まってきた。

 やはり、三大美少女様の絵面は目を惹くものがあるのだろう。かくいう俺も、自然と二人の方を見て固まってしまっていた。だからこそ、慌てて目を逸らす。


「ふふっ、ありがとうございます。似合っているか不安だったのですが、そう言っていただけてよかったです」


 正直、似合いすぎてお化け屋敷よりカメラが集まる撮影会に行った方がいいとは思う。絶対にカメラマンの長蛇の列間違いなしだ。


「入江さんも、似合っていると思いますか?」


 少しいたずらめいた笑みを向けてくる詩織さん。

 逸らしていた視線を戻し、俺は素直に―――


「はい、めちゃくちゃ可愛いです」

「そ、そうでしゅか……」


 あ、噛んだ。


「むぅ~!」


 柚葉が詩織さんに抱き着きながら、頬を膨らませて不満気アピールをしてくる。

 愛らしいというかなんというか。頬を赤らめて照れている美少女と、頬を膨らませている美少女。そのせいで、さらにこの構図に周囲の視線が集まってしまった。


「……私もお化け役にすればよかった」

「ゆ、柚葉さんのお化けも見てみたかったですね! 巡回側に回ってしまって少し残念ですっ」

「あははは……流石に暗い場所に一人ずっといるのは怖くて無理っていうか。それだったら、ライト持って歩き回っていた方がいいし」

「ん? 巡回の方が怖くないか? 最悪一人って場合もあるし……」


 確かにお化け役は一人でジッとしているが、必ず肝試しをする一年生が前を通る。

 だから人がいなくなるって言うことはないが、巡回の場合は運が悪ければ人とすれ違わない可能性があるのだ。

 スマホは持たされているものの、怖いという面では巡回の方が怖そうな気がする。


「ううん、皆の安全を……って考えているとさ、責任感とかそういうので怖さが紛れると思うんだよね。ここでしっかりしなきゃ、いい先生になんてなれないと思うんだよ!」


 胸を張り、どこか自慢するように口にする柚葉。

 その姿を見て、思わず詩織さんと俺は顔を見合わせてしまった。

 そして———


「ふふっ、やはり柚葉さんは教師に向いていると思いますよ」

「詩織さんに同じく」

「ねぇ、だったらなんで笑ってるの? からかってない?」

「「からかってない」」

「そのハモリはからかってるように聞こえるんだけど!?」


 もうっ、もうっ、と。

 柚葉が地団駄を踏む。


『赤色のテープが木に巻いてありますので、そのルートに従ってゴールを目指してください。急な斜面や若干の崖になっている所にはフェンスがありますが、職員の方から近づかないようにと———』


 その時、先生の説明が終わりそうな声が耳に届く。

 それを聞いて、詩織さんは俺の被っているシーツを引っ張った。


「さぁ、お二人共……いい思い出作りのための一仕事ですよ」

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