王子様候補
目の前には、ライトアップされた夜桜が広がっている。
桜道の真ん中。見惚れる景色を眺める往来は立ち止まり、ちょっとした人だかりができていた。
中にはカメラマンやスタッフらしき人も混ざっており、その中心には―――
『いいねぇ、来栖ちゃん! 次は凛くんと一緒に撮ってみようか!』
学生服ではない、ボトムスにホワイトのシャツを着こなしている霧島。
ショルダーのバッグとベレー帽がオシャレさを醸し出し、ライトアップされた夜桜をバックにしている彼女は一言「綺麗」としか言いようがなかった。
(そりゃ、三大美少女って言われるわけだ)
こんなに綺麗な子であれば、周囲が囃し立てるのも無理はない。
同年代の女子の中でも群を抜いた容姿。加えて、こうしてモデルとしても活躍している有名人。
告白する人間があとを絶たないとは聞くが、その理由も頷けてしまう。
(だからといって、下心なんか出したところで撃墜されるのがオチではあるけど。傷心に慣れっこじゃない俺にはアタックすらできないね)
俺は霧島の撮影を、少し離れたベンチにて見ていた。
時間的には、そろそろ終わる頃合い。そうでなければ、こんな時間に呼び出したりはしないだろう。
しかし―――
(……もっと早く来ればよかったな)
横に嫉妬しか湧かない男がいるものの、知人の撮影現場など滅多に見られない。
こうして美しい場所で綺麗な姿を遠巻きでもいいから拝めるのであれば、待たされてもいいから眺めていたかった。
『はーい、お疲れ! 二人共、今日もありがとうねー!』
そう思っていると、ふとそんな声が挙がった。
次々に「お疲れ様でした」という声が聞こえ、スタッフさん達がそれぞれ集まっていく。
だが、その中で一人。俺に向かって近づいて来る女の子が―――
「ごめんなさいね、夜だっていうのに呼び出しちゃって」
撮影した時の服のまま、俺の隣に腰を下ろす霧島。
学生服ではないため、どこか新鮮に感じる。まぁ、新鮮に感じるほど関わってはいないが。
「別にいいよ、面白いものも見れたし」
「あら、惚れた?」
「……首を縦に振っても悲しい返事が来るだけだろうから横に振っとく」
あら、残念と。いたずらめいた笑みを浮かべる霧島に、思わずドキッとしてしまう。
本来なら腹が立つシチュエーションなのだろうが、顔がいいと怒れないのだから不思議だ。
「でも、電車賃ぐらいは払うわ。遠かったでしょ、あなたの住んでる駅から」
そう言って、霧島は懐から財布を取り出す。
「いいって、俺が言い出したことなんだし」
「そういうわけには———」
「俺が好きで手を貸してんだ、それで受け取ったら俺が情けなくなる」
しょうもない男の見栄だと思うが、こればかりは譲れない。
元々手を貸す必要のないことに俺が首を突っ込んだのだ。霧島が対価を払う必要もない。
もし払ってもらうなら、それこそ
たとえば―――
「……ベンツほしいな」
「……あなたにそういう気遣いが必要ないっていうのは分かったわ」
霧島が俺の頭を軽く小突いてくる。ちょっと痛い。
「んで、手伝ってほしいって何を手伝ってほしいわけ?」
冗談はさておき、そろそろ本題に入らなければ。
高校生が動ける時間は限られている。霧島だって撮影が終わっても挨拶ぐらいはあるだろうし、早く用件を済ますに限る。
「今日、一緒に撮影した男の人がいるでしょ?」
「あー」
あの妬ましいイケメンフェイスをしたモデルらしき男か。
「どうやら肩に傷があるらしいのよ。この前話していた時、たまたまそんな話題が挙がってずっと気になってたの」
なるほど、だから学校ではなく一緒に撮影している時に呼び出したのか。
「流石に同業の裸を覗くわけにはいかないし、ここはあなたに協力してもらうしかないって思って」
「ふむ……」
「どうせこのあと私服に着替えるでしょうから、そのタイミングね。あなたには迷惑をかけるけど、ファンだって言って押しかけてもら———」
「ん? そんなことしなくても、メリケンサックか釘バットでも用意して襲って剥げばいいだろ?」
「手伝ってもらっている身で言うのもなんだけれど、流石に遠慮してほしいわ」
おかしい……いちいちファンになって近づくよりも、後ろから襲って服を剥げば早いのに。
まぁ、往来の目もあるから躊躇してしまう気持ちも分かるが。
「でも、本当にあいつがそうなのか?」
チラッと、俺は目当ての男を見る。
現在、スタッフに囲まれて何やら話をしていた。
「……正直、期待値は薄いわ」
霧島が体を傾けて、同じようにモデルの男を見る。
「何せ、子供の頃こっちに住んでいなかったって言うし、違う可能性は高いと思う」
「ふぅーん…………………………は?」
相槌を打ってい最中、思わず俺は振り返ってしまった。
すると、霧島は不思議そうな顔を浮かべて首を傾げる。
「あら、言ってなかったっけ?」
「言ってねぇよ」
ただ、霧島は考えたことがないだけで、失念していただけなのかもしれない。
そもそも昨日の今日ちゃんと話し、協力するって話になったのだ。大事な部分の一つ二つ、言い忘れていても無理はない。
「私が捜している
「…………」
「その時は、アニメのヒーローの仮面をしていて顔なんか分からないけどね」
霧島は肩を竦めて「しかも子供の頃の記憶だからあまりハッキリ覚えてないし」と、何気なしに口にする。
それを聞いて、何故かその時……いつぞやの占いの話を思い出した。
『天秤座のそこのあなた! 今週は運勢最悪! 隠し事が露呈して、一気に人生の岐路に!? 浮気不倫の告白はお早めに決心することをオススメします!』
子供の頃、転勤先ではなくここで犬に襲われて。
助けてくれた男の子は肩に傷を負っていて。
その子供は、アニメのヒーローの仮面をしていて。
「……なぁ」
「なによ?」
ふと、占いとは別にあの日の柚葉の顔が脳裏を過ぎった。
泣いていた、幼なじみ。
このまま黙っていたい……気持ちはある。
でも、言わないで彼女が苦しんでしまうのなら、と。
ただ、違う可能性だって一応はあるわけで───
「一つさ、あいつの服を剥ぐ前に念のため確認しておきたいことがあるんだが」
恐る恐る、俺は振り返る。
そして、
「俺の肩にも犬に襲われた傷があるんだけど、捜索対象には入ってないよな……?」
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