好みのタイプ
柚葉を説得するのに、たった一回の小休憩では足りなかった。
目を回して全然話を聞いてくれなかったし、ようやく納得してくれたのは昼休憩に入ってから。
霧島も加勢してくれたのだが「き、気を遣わなくていいんだよ……?」と、涙目になってしまったので俺一人で誤解を解くことになった。
……ほんと、昨日の今日で態度が違いすぎる。
平静こそ装っているが、俺だってかなり戸惑っているのだ。
だが、それでも時間は経つもので。
ようやく授業が終わり、放課後を迎えることとなった───
「ね、ねぇ……つっくん、一緒に帰らない?」
「君は本当にどうした?」
生徒達が教室を出ていく中、おずおずとカバンを持った柚葉が俺の席の前に現れる。
いつも家に遊びに来ようがそれぞれで帰っていたというのに。
昨日だって、なんだったら先に俺の家で寛いでいたのだが。
「別にいいじゃん……その、たまには一緒に帰ったってさ」
「まぁ、いいのはいいんだが……」
「ダメ、かな……?」
「ぐぬっ!」
向けられる、美少女からの上目遣い。
この眼差しを断れる男がいるだろうか? もしこんな愛嬌と庇護欲を駆り立てられる姿に向かって「無理ごめん諦めて」と言える男がいれば教えてほしい。薄情だと唾を吐くから。
とはいえ───
「だが、これから定例の猥談会がなぁ」
「……つっくん、そろそろそういうのはやめた方がいいと思います」
思春期男子にとっては最も興味のある話。
変にコソコソせず、堂々と場を設けることで不満もなくなり、親睦も深まるというもの。
だからお嬢さん……そんな一気に冷めたような瞳を向けるんじゃありません。さっき愛嬌ある可愛らしい瞳に戻して。
「まぁまぁ、そう怒らないでよ」
冷たい瞳にゾクゾクしていると、いきなり柚葉の背後から郁人が現れる。
すると、今度は柚葉を手招きして何やらヒソヒソと───
「(猥談会って言っても女子に聞かれないようそういう名前にしてるだけで、大半が恋愛相談だからさ。卑猥な話なんて一部分だよ)」
「(で、でも……一部分だけでもダメだと思うっ!)」
「(でもね、恋愛相談の話題もあるってことは司の
「(ッ!?)」
柚葉が勢いよく俺に向かって振り返る。
何を話しているのか聞こえはしないんだが……その反応をされてしまえば、大変中身が気になります。
「(そ、そういうことなら……)」
振り返ったまま、柚葉は恥ずかしそうに口を開いた。
「わ、私も猥談させてっ!」
「なんて発言を」
郁人は一体何を吹き込んだのだろうか?
教育に悪いから是非ともやめてほしい。
「っていうわけで、今日は水瀬さんも参加するよー!」
『お、おいマジか!?』
『今日の発言は慎重に選ばないと……』
『(※ピー)の(※バキューン)の(※自主規制)は控えないとな』
言葉を選べ、言葉を。
「やっぱり、水瀬さんはそういうことだと思うんだけどなぁ」
「ん?」
「なんでもないよ」
何が「そういうこと」なんだろうか?
不思議に思っていると、郁人は机と椅子を並べ始めた男子達に交ざり、ちょっとした会議の空間を作り始める。
そして、綺麗に並べ終えると、各々が腰を下ろし始めた。
「……なんかやりづらいなぁ」
俺もいつものように決められた席に座る。
柚葉は、どこか緊張気味な様子で俺の横に腰を下ろした。
「ねぇ、思ったんだけど……なんでこんなに人いるの? クラス替えしたばかりだよね?」
「男とはこういうもんだ」
「……無駄な結束力」
団結力だけで言えば、クラス替えをしたばかりの今、全クラスの中でも一番だと自負している。
「えー、今日は議長の司がやりづらいということなどで、僭越ながら僕が話題の提供を」
早速、猥談会がスタート。
この場に女子がいるということで、皆もいつもの雰囲気とは違いどこかキリッとした佇まいであった。
(まぁ、郁人だったら……とりあえずは大丈夫、か?)
流石に、いつもの卑猥な話はないだろう。
俺も幼なじみがいる手前で変な話だと、気まずい感じに───
「今日は司の好みの女性のタイプについて語り合おうと思います」
「待て待て待て」
なるわ、ピンポイントで俺だけ。
『司の好みか……難しいところだ』
『グラマスなお姉さんじゃないか? スマホの履歴を調べれば分かると思うが』
『エロければなんでもアリだと……一度、過去に鼻の下を伸ばした回数と傾向の統計を取ってみるか』
「お前らも真剣に談議してんじゃねぇよ!?」
しかも談義の内容があまりに薄すぎる。
「……な、なるほど」
「そんなメモを取るような話じゃないからな、柚葉!?」
普通に恥ずかしいがすぎる。
何故、今日に限って俺の好みの話なんかを……ッ!
「そんなにこの議題が嫌なら、さっさと答えを言ってしまえばいいじゃん」
ニヤニヤと、郁人がこっちを見て笑みを浮かべてくる。
さてはこいつ……柚葉を焚き付けるためにこの議題にしたな?
「つ、つっくん……」
ふと、隣から袖を引っ張られる。
「その、ね……私も知りたいなー、なんて」
「………………」
「あ、でも無理に言わなくてもいいというか、なんというか。つっくんを困らせたくはないし……」
絶賛、誰かさんの手によって困ってはいるものの、この反応をされて嫌と言えるわけもない。
思わず、俺は天井を仰いでしまった。
気恥しいというか、言ってしまったら負けというか、それでも断れないというか。
(あーっ、クソっ! マジで郁人の野郎……覚えとけよッ!)
俺は立ち上がり、自分のカバンと柚葉のカバンを手に取った。
そして、華奢で小さな腕を引いてそのまま教室の外へ向かう。
「つ、つっくん?」
「一緒にいて楽しくて落ち着く人、以上!」
それだけを言い残し、俺は教室の扉を閉めた。
今の顔……絶対に男子達には見られたくない。特に郁人には。
絶対にニヤついてくるに違いないし、それに───
「……こ、これでいいだろ」
「うん……ありがとうございます」
そういう話を求めているのは一人だけ。なら、その子にさえ言えればいいのだ。
気恥ずかしさによって顔が真っ赤になったであろう俺は、柚葉の腕を引きながら廊下を進むのであった。
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