様子が変なのを心配して

 実はと言うと、俺は他の三大美少女様とあまり話したことがない。


 いくら幼なじみの柚葉が仲良くても、こちらから声を掛けることはなかった。

 同じクラスにもなっていないし、どうしても高嶺の花の印象があって壁を感じる。

 加えて言えば、一人は生徒会長で多忙。そもそも学年も違うので声を掛ける理由にはならない。

 霧島に至っては、モデル業でたまに学校を休んだりしており、見かける機会も少なかった。


 そんな彼女が―――


「悪いわね、こんなところに連れてきちゃって」


 甘栗色の髪が屋上に吹く風によって靡く。

 ホームルームが始まる前、彼女に呼び出された俺は人気ひとけのない屋上へと足を運んでいた。


「それはいいが……もう少しでホームルーム始まるぞ?」


 とはいえ、こんなことぐらい流石に分かっているはず。

 恐らく、人には聞かれたくない話というだけですぐに終わる内容なのだろう。


「サボればいいじゃない」


 どうやらお話は長くなりそうなものらしい。

 相手の都合も無視してお話とは……なかなか強かなお嬢さんである。


「……まぁ、サボる云々はいいとして、俺に何か用か?」


 俺はフェンス下の段差に腰を掛ける。

 これがなんの身に覚えもなく呼び出されたのであれば「もしかして……こ、告白!? きゃー♡」とでもなるのだろうが、悲しいことに要件はおおよそ予想がついてしまっている。

 恐らく、柚葉に関することだろう。

 霧島は並んで座ることなく、立ったまま俺に視線を向けた。


「単刀直入に聞くけど、あなた柚葉に何をしたの?」

「何をした、とは?」

「今日、柚葉の様子が変なのよ」


 案の定、というべきか。

 確かに、今日の柚葉の様子は色々とおかしい。

 きっと、そんな柚葉を見て仲のいい三大美少女様は心配で呼び出したのだろう。


「聞けば、あなたが柚葉の家族を人質に取って彼女みたいな対応を強要したとか」

「流石に邪推がすぎる」


 どれだけ俺は手を繋ぎたいがために非道に走る男だと思われているのだろうか? 蔓延る噂が不名誉なことこの上ない。


「だったら、朝の件はどういうことなの? あの子、王子様ヒーロー以外の男なんて眼中になかったじゃない。まぁ、男子の中でもあなたとは仲がよかったけど……」


 ……さて、これは言ってもいい話なのだろうか?

 お風呂場を覗かれて、背中の見られて、捜し求めていた王子様ヒーローが自分だと知られて。

 聞くところによると、霧島もであることから柚葉の話は聞いているらしい。

 だからこそ、別に話しても問題ないのだろうが、そうなると俺の黒歴史も必然的に話すことに―――


「話さないと顎骨を砕くわ」

「包み隠さずお話ししましょう」


 やはり、心配している相手に黙っておくのはよくない。

 決して顎骨の心配をしたとかではないのだが、とりあえず俺は霧島へ一から話すことにした―――



 ♦♦♦



 昨日起きたことを包み隠さず話していると、ホームルームどころか授業が始まるチャイムまで鳴ってしまった。

 こう見えてもかなりの成績優良児だったのだが、今回の件で怒られるのは確実だろう。

 しかし、そんなことを気にする様子もない三大美少女様は、顎に手を当てて真剣に話を聞いていた。


「なるほど、だからなのか」


 霧島は立っていることに疲れたのか、俺の横に腰を下ろした。

 仄かな甘い香りが風に乗って鼻腔を擽り、思わずドキッとしてしまう。


「……にしても、あなたって昔は可愛らしい憧れがあったのね」

「やめてだから言いたくなかったのよ恥ずかしいからっ!」

「ふふっ、かっこいいじゃない……ちゃんと幼なじみを助けてみせたヒーローさん?」

「ぬぐぉぉぉぉっ……!」


 俺の黒歴史を知る人間が、またしても増えてしまった……ッ!


「それはいいとして……っていうことは、あなたが王子様ヒーローだと知って柚葉は急に意識し始めた、ということかしら?」

「い、意識はしていると思うが、直に治まると思うぞ?」

「その心は?」

「好きじゃないって言われたし」


 しかも、かなり強めに。


「どうせ意識はしていると思うが、幼なじみの俺として見るか、王子様ヒーローとして見るかで戸惑っているだけだ。いつかは男として見てない幼なじみに戻るだろ」

「そう? 今だけにしては過剰な反応だと思うけど? そうでなかったら手を繋ぐとかそういうことには至らないんじゃない?」

「いいか、そういう安直な考えはモテない男子には刺激が強すぎるんだ」


 下手に勘違いして恥ずかしい思いをするからな。

 関係値は深いものの、柚葉は男などよりどりみどりな人気を持っている。

 こんな彼女がいたことがない人間と釣り合うとはあまり考え難い。

 これで一週間後ぐらいに「好きだ!」と言って「え、やっぱりつっくんはつっくんだった」って言われてみろ。立ち直れないぞ。


「……もしかして、童〇?」

「どどどどどどどどどどど、童〇ちゃうしっ!?」

「安心しなさい、私も処〇よ」


 ……なんて反応に困るへんじぃ。


「でも、そっか……あの子は見つかったのね」


 唐突に、霧島は頬をついて澄み切った青空を見上げる。

 流石はモデルと言うべきか、何気ない姿が絵になるほど美しかった。

 ただ―――


「羨ましい、わね」


 その顔はどこか嫉妬が含まれているような、喜びたいけど喜べないという複雑な感情が入り混ざっているような、言葉で表すのが難しそうな顔をしていた。

 確かに、霧島も聞けば同じように昔、男の子に助けられたことがあるらしい。

 それで、彼女もまたその男の子を捜している。

 であれば、仲のいい相手に先を越されてしまえば複雑な感情になるのも無理はないだろう。

 同じ境遇として喜びたい反面、見つかって羨ましい、と。


 なんと声をかけたらいいか。

 少しばかり考え込んでしまい、互いの間に沈黙が広がった。

 そして———


「……まぁ、霧島もすぐ見つかるんじゃねぇの?」

「え?」

「気休めかもしれんがさ、柚葉だってこのタイミングで見つかったんだ。同じ境遇の人間が偶然三人も同じ学校に揃った偶然もあることだし、捜している相手もきっと同じタイミングで見つかると思うよ」


 なんの根拠もない話だ。

 だが、同じ境遇の三人が集まる少ない確率が引き当てられたのだ、もう一度薄い確率ぐらいは引けてもおかしくはない。


「俺もできる限りだけど、捜すの手伝うしさ」

「……あなたにメリットはないんだけど?」

「ないかもしれんが、だろ? そんな顔をされたら提案おうえんぐらいはしたくもなる」


 横にいる霧島が一瞬だけ呆けたような顔を見せた。

 しかし、それもすぐに崩れ去り、吹き出したかのように笑い始めた。


「ふふっ、あなたって私のこと狙ってる?」

「安心しろ、俺は顔がいいだけで無謀な高嶺には手を出そうとはしない。そんな勇気があるなら、とっくに柚葉に告ってる」

「……それもそうね」


 授業が終わるまで、まだまだ時間がある。

 だからこそ、俺達は持て余し始めた時間を、ただただボーっと過ごすのであった。



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