第14話 処遇
どうしてこうなっているのか、まるで分からないわ。
私の腕を強く引いて半歩先を行く人物は一体どんな表情をしているのだろうか。まさかこの男がアスター・レオンハルト・バウムガルテン皇帝陛下だったなんて…。
自分がどんな振る舞いをしていたのか事細かに覚えている訳ではないが、低く見積もっても失礼に値する言動は絶対にした気がする。加えて私は、身分も性別も偽って軍に入隊しバウムガルテン皇帝陛下に直接自分は男だと嘘を吐き見破られた。
まずいわ。情状酌量の余地がゼロだわ。良くて実刑、悪くて終身刑かしら。いいえ、「死神」と謳われる彼の噂全てが本当ならばもしかすると極刑なんて事もあり得るかもしれない。
思考を巡らせれば巡らせる程に残酷な結末にしか辿り着かなくて、冷や汗が額にも背中にも滲んでいく。
「お帰りなさいませ旦那様…旦那様!?!?」
「どなたなのかしら」
「アスター様が見知らぬ方をお連れしてるわ」
「軍の方ですけれど、一体あの方は何をなさったの?」
何の躊躇いもなく私が一生入る事はないだろうと思っていた宮殿の中へと入った彼に、中で仕事に従事していた使用人が騒然となっている。
嗚呼、視線が痛いわ。皆手を止めてこちらへと視線を突き刺してはこそこそと会話をし始めている。よっぽどこの状況が異常だという事よねきっと。
彼が先に進む度に使用人の目が増え、ざわつきが大きくなっていく。信じていなかった訳ではないけれど、この人が正真正銘アスター・レオンハルト・バウムガルテン皇帝陛下なのだという実感が宮殿に入り大勢の使用人を見た事でじわじわと湧いてくる。
「アスター皇帝陛下、この騒ぎは一体…そちらの方は?」
豪華絢爛な装飾が施されている宮殿の中を混乱が消えぬまま歩き、仰々しい階段を上ってふかふかの絨毯が伸びる廊下に差し掛かった所で、燕尾服を纏ったブロンドヘアの美しい男性が声を掛けた事により漸く男の足が止まった。
婚約者だった時に通っていたゲラーニエ殿下の住まいとは桁違いに規模が大きい宮殿は、何処へ視線を滑らせても美しくて品のある装飾が施されている。
各所にエーデル・クランツ王国の象徴である花が生けられており、それはそれは見事だ。
しかし残念なことに、この芸術的な宮殿を鑑賞する余裕など今の私には一ミリもない。
あからさまに怪訝な顔で私を上から下まで見た人物は、青色の双眸を再びバウムガルテン皇帝陛下へと向けた。
「フリーダー、腕の良い侍女を数名集めてこの女の身だしなみを整えて貰いたい」
「女と仰いましたか?」
「ああ、やはり分からないものか。まぁ良いいずれ分かる。兎に角侍女に召集をかけろ」
「畏まりました」
バウムガルテン皇帝陛下の意図がこれっぽっちも汲めないせいで、不安だけが募っていく。
自分の処遇がどうなるのかという懸念もあるし、レーヴェンだけは罪に問われない様に守らなくてはという気負いもあって、険しい表情を崩せない。
「あ、あの…私はどうすれば」
「準備が整ったらしいな、お前はあっちだ」
「え!?」
「それじゃあまたな」
「はい!?!?」
意を決して開口したのも虚しく、掴まれていた手を離され、いつの間にか揃っていた侍女五人に引き摺られてそのままバウムガルテン皇帝陛下と離れ離れになってしまった。
「まぁ、本当に女性ですわ」
「それも何て美しいのかしら」
「お肌も雪の様に白くてスベスベよ」
「髪も絹糸みたいだわ」
「お胸の大きさまで立派よ、アーリスの形の痣まであるわ」
それからは服を脱がされ、どれだけ遠慮しても「アスター様のご命令ですので」という言葉で押し切られ髪も身体も侍女に洗われ、やっとお風呂から出られたかと思えばドレスを強引に着せられ、髪が乾けば結われ、顔には化粧が施され、目が回るまでの慌ただしさで気づいた時には鏡には軍人ではなく、リーリエ・フィーネ・タールベルク令嬢が映っていた。
何だか酷く懐かしいわね。男として生きていたのはたった一ヶ月だったはずなのに、すっかりその生活が身に付いてしまっていて、あんなに毎日着ていたはずのドレスが窮屈に感じてしまうわ。
「「ささ、行きますわよローゼ様」」
一息つく暇もないままに何故か上機嫌で満面の笑みを湛えている侍女達に連行され、宮殿の中でも一際大きな扉の前に立たされた。
「アスター様、ローゼ様の準備ができました」
ノックをして侍女の声が溶けてすぐに扉が開き、そこから先程のブロンドヘアの男性が現れた。
不意に彼と視線が合った刹那、相手が大きく目を見開かせた。
「驚きました、本当に女性だったのですね。ローゼ様、こちらへ」
中へと促されおずおずと歩を進めた私を待っていたのは、テーブルの上で作業をしていたバウムガルテン皇帝陛下だった。
作業をしていた手を止めた相手は私を見るなり微かに吃驚した表情を浮かべた後、口許に弧を描いた。
「見違えたなローゼ」
「恐縮でございます」
長い脚を組んで頬杖を突く相手とは対照的に、ヒールを履いている私の足元は緊張で震えている。
本当に何を考えているのかしら。罪に問われる人間にわざわざ正装をさせてどうするつもりなの?
「フリーダー、少し席を外せ」
「畏まりました」
恐らく彼はバウムガルテン皇帝陛下の専属執事なのだろう。一礼をした彼が去った部屋で、汗が止まらない手をぎゅっと握り締めた。
バクバクとかつてない程に動悸が激しさを増している。目前にいる男次第で私の運命が決まってしまう。どんな罰が待っているのだろうか。
緊張が最高潮に達した時、バウムガルテン皇帝陛下が目を細めながら徐に口を開いた。
「ローゼ」
「はい」
「俺と婚姻の契りを交わし、俺の后になれ」
第14話【完】
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