第11話 試験
一週間前、私はライヒ・トゥーム王国から追放を受けてこのエーデル・クランツ王国にやって来た。一体誰がこうなる事を予想しただろうか。
少なくとも私は、こうなるだなんて微塵も思っていなかったわ。
「只今より、エーデル・クランツ王国軍の入隊試験を開始する!」
まさか私が、エーデル・クランツ王国軍の入隊試験を受ける事になるだなんて。
時は六日前に遡る…―。
私は、レーヴェンにこの国軍の入隊試験を受けないかと提案された。最初は何を言っているのかしらと驚いたけれど、レーヴェンは真剣な表情を崩さぬままに言葉を続けた。
「君の実力ならまず試験は一発で通るだろう。この国の軍に入れば寝る場所と食事は提供されるし、実力に応じてにはなるけれど基本的に賃金も高い」
「でも私はライヒ・トゥーム王国の人間なのよ?それなのに入隊試験の受験資格なんて貰えるのかしら?」
「それはこの国の人間に成り済ますしかないけれど大丈夫。君がこの国の人間である様に資料を準備できる伝手があるからそこは心配しないで」
「そんな…何から何までレーヴェンに頼るなんて心苦しいわ」
「俺はリーリエと出逢えただけで幸運だと思っているんだ。だから、どうかそう思わないで欲しい。それに、俺が軍への入隊を薦める一番大きな理由があるんだ」
「一番大きな理由?」
困惑を隠せないまま聞き返す私を真っ直ぐに見つめるレーヴェンが、ゆっくりと首を縦に振った。
「この国内で起こる大規模な犯罪を取り締まっているのは警察でもなく軍なんだ。事件が起きて出動するのも軍の仕事。つまり、君が追いかけている暗殺組織がこの国にいるとするのなら、その情報は軍にしか回ってこない。だから俺は、リーリエに軍の入隊を薦めているんだ」
「確かに、昨夜のテロでも現場の指揮を執っているのは軍だったわ」
「うん、エーデル・クランツ王国軍の規模は大きくて担っている役割も多いんだ。リーリエが効率的に情報収集をするには内部に入るのが一番だと思う。尤も、君なら軍への入隊が可能だと判断したからこそこの提案ができるんだけどね」
見ず知らずの人間に宿と食事を提供するだけでも十分に慈悲深いというのに、私以上に私の今後の事を考えてくれているレーヴェンの優しさに心がジワリと温かくなる。
レーヴェンの言う通りだわ。このままお世話になり続ける訳にもいかないし、かと言って街に出てすぐに仕事にありつけるかも分からないもの。賃金を得て住む場所や食べる物の確保をするのも勝手の知らない国だからこそ困る事も多いでしょうし。
性別も素性も偽って入隊試験を受ける事への懸念こそはあるけれど、レーヴェンの提案に乗るのがどう考えても合理的ね。
テーブルの上に置いていた手をギュッと握って拳を作った私は、改めてレーヴェンへ視線を伸ばして開口した。
「レーヴェン、私、軍の入隊試験を受けてみるわ」
そうして六日の月日が過ぎ、試験を受ける為の準備をレーヴェンに助けられながら進めた私は、王都であるチューベルにて入隊試験に挑んでいる。
軍の入隊試験の内容は三つ。一日目に筆記試験と基礎体力試験。二日目に模擬実戦試験らしい。全ての試験の得点の合計で合否の判定が下され、得点で配属先まで決定されるとレーヴェンが言っていた。
ここで重要なのは、上位三十名の中に入らなければ情報収集しやすい配属先にはならないという事ね。かといって、全てを高得点で通過すれば悪目立ちになってしまう。得点を意図的に落としながら上位三十の中にギリギリ入るのが理想的だけれど、容易な事ではないわ。
他の受験者の実力も分からないから、取り敢えず筆記試験でできる限り得点を稼いで残りの試験で周りの実力を見ながら調整していくしかなさそうね。
「他にも色々とバレないように気を配らなくちゃ」
違和感のある短い髪をそっと撫でて苦笑を浮かべた私は、漸く筆記試験に取り掛かった。
入隊試験は長い様で非常に短かった。可能な限り得点を調整したつもりだし、久しぶりにしっかりと身体を動かせて純粋に楽しんでいる自分もいた。
それから間もなくてして…―。
「オリーバー・タールベルク、エーデル・クランツ王国軍への入隊を許可する」
美しい街並みが続くエーデル・クランツ王国の王都チューベルで、私は遂にエーデル・クランツ王国軍へ入隊したのだった。
因みにオリーバー・タールベルクというのが、この国で軍人として生きるにあたって私が背負うもう一つの名だ。
「ありがとうございます。皇帝陛下並びにエーデル・クランツ王国に貢献できるよう誠心誠意務めさせて頂きます」
空は眩しいまでの晴天で、春の匂いを乗せた風が頬を擽る穏やかな日だった。生まれて初めて軍服に身を包んだ私は、入隊式が執り行われている花が咲き乱れた宮殿の中庭で、これから仕えるべき「死神」と恐れられている皇帝陛下の住まいである宮殿へと視線を伸ばしながら敬礼をした。
第11話【完】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます