第159話 疑わしきは被告人の利益に




 水の2の月、5の週の風の日。

 ふと夜中に目を覚ました。

 ミカは一度眠ると、基本的には充電が終わるまで目を覚まさない。

 夜中に目を覚ますなど「何年振りだ?」というほどの珍事だった。


(…………今、何時だ?)


 この国では時計はまだまだ高価で、家庭に一つでもあればいい方だ。

 ミカの家にも、ダイニングに一つ置いているだけである。

 時報の鐘の音だけで生活している家庭が、ごく普通にあった。


(…………?)


 ドアの隙間から、少し明かりが漏れ入っていることに気づいた。


(キスティルやネリスフィーネが起きてる?)


 二人は朝、起き出すのが早い。

 ミカがぐーすか寝ている間に起きて、朝の支度をしてくれる。

 だが、それなら人の動く気配がするはずだ。


(てことは、フィーか?)


 ようやく少し頭がはっきりしてきたが、まだちょっと眠い気がする。

 もう一眠りするかと寝返りを打ったところで、に気がつく。


(…………魔力が、動いてる……?)


 ミカの中の魔力が勝手に動いていた。

 そして、少しずつ魔力が減っている。

 この感じは…………。


(吸い出されてる?)


 魔力を吸い出す魔法具で、散々感じたことのある感覚。

 レーヴタイン領の魔法学院では、一時期そればかりやっていたのでよく覚えている。

 【神の奇跡】を発現すると魔力をごっそり持っていかれるが、あれとは感覚が違う。

 少しずつ持っていかれる感じに、懐かしさすら覚える。


(何でだ? ”制限リミッターオン”にするのを忘れてた……?)


 それでも、勝手に魔力が動くのは変なことではあるが。


 ミカは声にならないほど小さく”制限リミッターオン”と呟く。

 だが、それでも変わらず吸い出され続ける。

 どうやら、元々”制限リミッターオン”は有効になっていたようだ。


(嘘だろ……。 何で止まらないんだ?)


 吸い出す魔法具でも【神の奇跡】でも、”制限リミッターオン”にしていれば魔力を持っていかれることに抵抗できる。

 だが、今の魔力の動きは”制限そんなの”お構いなしに吸い続けていた。


(何だよ、これ!? どうなってんだ!?)


 ミカは焦りを感じるが、混乱する頭で必死に考える。

 一体、何が起きているのか?

 だが、混乱する頭ではまともな考えなど浮かぶはずがない。

 ミカは眠気など吹き飛び、ベッドの上で身体を起こした。


 起き上がることで、ドアから入ってくる光が余計に気になった。

 光源フィーが動いているのか、光を強めたり弱めたりしながら、影が動く。


 ミカは嫌な予感がして、気配を消しながら慎重にベッドから下りる。

 音を立てないように、そっとドアの前まで行くと、少しだけ開けた。

 隙間から、廊下の様子を窺う。

 フィーはダイニングで好き勝手に漂っていた。

 ただ、いつもよりは動きがアクティブだ。

 明滅を繰り返しながら跳ねるように、陽気に動き回っている。


「おい。」


 ミカがドアを開けて声をかけると、フィーは一瞬だけビクッと光を強める。

 そして、弱々しく萎んでいく。

 ガクガクブルブルと震えながら。


 ――――そして、ミカの中の魔力の動きが止まった。







「魔物の類で間違いありません。 極刑以外ありえません。」


 ミカはテーブルの上に置かれた、逆さにされた瓶を睨みながら訴える。

 瓶の中では、勾留こうりゅうされたフィーが震えながら弱々しい光を明滅させていた。


 テーブルの反対にはキスティルが座り、頬を膨らませる。


「フィーちゃんは魔物なんかじゃないわ。 こんなに可愛いもの。」


 弁護側は情に訴える作戦のようだ。

 ネリスフィーネはお誕生席に座り、ミカとキスティルの言い分を黙って聞いていた。







 その騒ぎに先に気づいたのはネリスフィーネだった。

 自室で寝ていたら、ダイニングの方からミカの声が聞こえ、何やらドタバタと騒いでいる。


「退治してやるっ!」

「ちょこまか動くなっ!」


 剣呑なミカの声に慌ててダイニングに行ってみると、ミカがフィーを追いかけ回していた。

 ネリスフィーネに気づいたフィーがぴゅーーっと飛んで来る。

 そうしてネリスフィーネの後ろにフィーが隠れ、ミカが詰め寄った。


「ネリスフィーネ。 フィーそいつを渡せ。」


 ミカが半目になって言う。


「何事ですか、ミカ様。 フィー様がどうかしたのですか?」

フィーそいつの正体が分かった。 やっぱり魔物だったんだ、フィーそいつは。」

「魔物? フィー様がですか?」


 信じられない、とその表情が語っている。

 そして「フィーそいつを渡せ。」というミカと、「どうか落ち着いてください。」というネリスフィーネの声に気づき、キスティルも起きてきた。


 夜も明けない時間に、ミカの家で臨時法廷が開かれることになった。







「魔力を吸い取ってたんだよ!? 魔物に決まってるじゃないか!」


 ミカはキッとフィーを睨む。


「正直に答えろ。 僕は何年も前から、ずっと魔力が回復しきらない状態だった。 …………フィーおまえだな?」


 ミカが問いかけるが、フィーは震えたままだった。

 黙秘するつもりらしい。


「何年か前、廃屋でフィーこいつによく似た光の球を見たことがある。 あれもフィーおまえだったんじゃないのか?」


 ミカが椅子から立ち上がる。

 いよいよヒートアップしてきた。


「僕はてっきり、フィーおまえはこの家に取り憑いた”何か”だと思ってた。 けど、違う。 お前が憑いてたのはこの家じゃない! 僕にだったんだ! 答えろ!」


 びしっとフィーに指をさす。

 ミカの主張に、フィーはただ震えていた。

 その時、キスティルがスッと手を上げる。

 ネリスフィーネに視線で促され、キスティルが反論する。


「……証拠はありますか、ミカくん?」

「ぐっ……!」


 キスティルのたった一言で、ミカは途端に苦しくなる。


「すべて憶測です。 誘導です。 フィーちゃんに罪はありません。」


 双方の言い分を聞き、ネリスフィーネが目を閉じ考える。

 そんなネリスフィーネを、ミカとキスティルが固唾を飲んで見守った。

 そして――――。


「フィー様に罪はありません。 無罪です。」

「やった!」

「不当判決だ!」


 ネリスフィーネの判決に、ミカは猛抗議する。


「控訴するぞ! 徹底的に戦ってやる!」

「こうそ?」


 ネリスフィーネが首を傾げる。

 控訴審なんて無かった。

 ていうか三審制じゃないしな、この国。

 裁定を下したら、即執行である。

 フィーの無罪が確定した。


 打ちひしがれ、膝をつくミカの横で、キスティルとネリスフィーネが手を取り合って喜んでいた。

 つーか、弁護人と判事がグルじゃねーか。


 フィーが瓶とテーブルの隙間からするっと出てきて、二人と喜びを分かち合う。

 出ようと思えば、いつでも出られたらしい。

 勾留こうりゅうした意味がなかった。


 喜び合う二人と一匹?の横で、ミカだけが項垂れていた。

 そうして、長い夜が明けた……。







 不当判決に枕を濡らしつつ、ミカは二度寝を貪った。

 夜は明けたが、起きるのにはまだ早かったので。


 ガタ……カタン……。


 物音に目が覚め、薄っすらと目を開ける。

 締め切った薄暗い部屋が、僅かに明るくなっていた。


(…………フィーか……?)


 どうやら、律儀にいつも通り起こしに来たらしい。

 二度寝する前、キスティルとネリスフィーネに頼んでおいたのだが……。


(あの二人はフィーの味方だからな。)


 ミカとフィーを仲直りさせようとか考えたのだろう。

 そんなことを考えていると、視界の隅に怪しく光る人影が入ってきた。


(っ!? ”幽霊レイス”!?)


 ミカは咄嗟に布団を跳ね除け、飛び起きる。


「”制限解除リミッターオフ”、”照明球ライティングボール”!」


 光源を作り出し、状況を把握する。

 同時に魔力を身に纏う。


 そこには、ミカのローブがふらふら~……と浮いていた。

 ちらりと横目で確認すると、僅かにタンスの引き出しが開いていた。

 左手を向け警戒したまま、その動きを観察する。

 そうして見ていると、ミカの机の上にローブがファサッと落ちた。

 机の上にはミカのシャツやズボンも置いてある。

 全部くしゃくしゃだが。

 そして、フィーがローブから現れた。


「……………………。」


 これは、どう解釈すればいいのだろう。

 フィーはミカの前に来ると、何やらぴょんぴょん跳ねるように動き、めっちゃアピールしてくる。

 着替えを用意しておいたよ!とでも言うように。


 ミカは「はぁーー……」と溜息をつく。


「…………あー、着替えまでは用意しなくていい。 少しずつ明るさで目を覚ましていくことが重要なんだ。 なので、そっちに専念してくれ。」


 ミカがそう言うと、飛び跳ねていた動きが止まり、少し萎んだ。

 そんな姿を見ていると、何となくこっちが悪い気がしてくる。


「朝の、もっとも重要な任務を任せてるんだ。 何を置いても、それを遂行することに専念してもらった方が助かる。」


 そこで、ぽりぽりと頭を掻く。


「まあ、今日は用意してくれたのを着て行くよ。 ありがとう。」


 ミカがそう言うと、フィーは一瞬強く光り、ひゅーー……とドアの隙間から外へ出て行く。


「あ、フィー様。 おかえりなさい。」

「どうだった、フィーちゃん。」


 ダイニングに戻ってきたフィーに、キスティルとネリスフィーネが声をかける。

 やはり、あの二人の差し金だったようだ。


(……ていうかフィーあいつ、物に憑依とかできるのか?)


 勝手に物が動くとか、典型的なポルターガイスト現象ではないか。

 これまで部屋の中で物の配置が動いていたこともあったが、単純にキスティルやネリスフィーネがいじったのだと思っていた。

 だが、そのうちのいくつかは、もしかしたらフィーあいつの仕業だったのかもしれない。


(”幽霊レイス”の正体って、実はフィーあいつなんじゃねーの?)


 そんなことを思うミカなのだった。







■■■■■■







【王都イストア 第二街区】


 鼻歌交じりの軽い足取りで、その青年は大通りを歩いていた。

 赤茶けた髪をなびかせ、微笑みながら歩く姿は、何か良い事でもあったのだろうかと誰もが思うだろう。


「あっれれー? どこだったかなー?」


 青年はきょろきょろと周囲を見回す。

 いつも通り、遺跡に置いたならすぐに分かるのだが、まったく関係のない場所に置いたために場所が分からなくなってしまった。


 遺跡の周辺は”ポテスタース”が豊富だ。

 自然にある”ポテスタース”だけでなく、遺跡が”ポテスタース”を作り出しているらしい。

 だから、”ポテスタース”を辿って行けばすぐに分かる。


 どうして遺跡が”ポテスタース”を作り出しているのか。

 細かな理屈は知らない。

 そういうのは、アーちゃんが詳しい。

 ルーちゃんに遺跡から出てくる”ポテスタース”の使い方を教えたのも、アーちゃんだって話だ。

 そして、そういう場所でなら”アートルム”が何十年でも動き続けるから、いつもは遺跡のある場所に”アートルム”を仕掛ける。

 だけど、今仕掛けているのは、長くても五年も仕掛ける必要がない。

 なので、遺跡から出てくる”ポテスタース”をアテにしなくても、自前の分だけで十分動くらしい。


「そこまで”ウォルンタース”も溜め込めないしねー。」


 ルーちゃんが計画を早めるようなことを言っていたとアーちゃんから聞き、王国中を飛び回った。

 と言っても王都と、王国で第二第三と言われる都市を回っているだけだが。

 それらの場所に、”ウォルンタース”を集めるための”アートルム”を仕掛けて回ったのだ。


「戦争になったら、大忙しになっちゃうかなー。 そしたらアーちゃん手伝ってくれないかなー。」


 いつもは十年以上仕掛けて集める”ウォルンタース”が、一年もしないで一杯になるようになったら、一人で回収、交換して回るのは大変だ。

 ケーキの食べ歩きに行けなくなってしまう。


王国こっちのケーキより、通商連合あっちの方が好みなんだよねー。」


 王国こっちの料理も不味い訳ではないが、美味しい物は圧倒的に通商連合あっちにある。

 ちなみに、帝国と七王国連邦は、あんまり美味しい物がない。

 個人の感想だけど。


「あ。 あったー。」


 見覚えのある広場を見つけ、真っ直ぐに目的の物に向かって歩く。

 そうして、よく分からないおじさんの像の、台座の後ろに回る。

 台座と地面の境に手を向ける。


「んー? 普段はこんなもんー?」


 思ったよりも集まっていない。

 森の遺跡に仕掛けた時は、距離も離れているので”ウォルンタース”の集まりが悪いのは分かるが、王都の中でも思ったよりも集まっていなかった。


「やっぱり、刺激が足りないのかなー?」


 刺激的なニュースが流れれば、一気に集まる?

 ルーちゃんの方は、もう何年かかかりそうなことを言ってたらしい。


「これなら、少し離れてもいいかなー?」


 通商連合に美味しい物でも食べに行って来ようか。


「ウーちゃんとフーちゃんが王国こっちに来て、何かやってるらしいけどー。 呼ばれてないしー?」


 ちょっと離れても、必要ならウーちゃんとフーちゃんが代わりにやってくれる?


「よーし、行っちゃうぞー。」


 とりあえず、王都に仕掛けたすべての”アートルム”の確認は終わった。

 次はサーベンジールに向かうので、そこの確認が終わったら、そのまま通商連合に向かおう。


 来た道を引き返し、いい匂いを漂わせるケーキ屋で一休みする。


「むー……、七十五点。 惜しいー。」


 パウンドケーキを食べ終わり、紅茶を飲み干す。

 美味しいのは美味しいけど、ちょっとだけ好みからズレた味。

 王都の店は、上品にまとめた所が多い。

 どの店も、全体的にそんな感じでまとめている。

 通商連合の店は、その辺りの振れ幅が大きい。

 当たりは大当たりだし、ハズレは大ハズレ。

 だからこそ、美味しい物は突き抜けて美味しいのだ。


 そうして外をぼー……と眺めていると、見覚えのある姿を発見した。


「あ、テーちゃんだー。」


 元気に大通りを走っていた。


「お釣りはいいよー。」


 見失わないように勘定を適当に多めに置いて、外に出る。


「もうあんな所まで行っちゃったー。 元気だねー。」


 見失わないように走って追いかける。

 どこに向かっているのだろう。


「んー?」


 しばらく走っていると、何だか周囲の騎士たちがこちらに注意を向けていた。

 手配書でも回っている?


「次は変装した方がいいかなー?」


 まあ、それは今度でいいだろう。

 今はテーちゃんとの追いかけっこの方が大事。


「素質はありそうだしねー。」


 テーちゃんが”神の子フィリウス・デイ”になったら、面白くなるかもしれない。

 だけど、ルーちゃんが計画を早めると、間に合わなくなる?


「その時はその時だなー。」


 テーちゃんを見失わないように、真っ直ぐ走る。

 かなり後の方だが、追いかけてくる騎士がいるようだ。


「テーちゃん、足速いねー。」


 離されないように走っているだけで、騎士たちとの距離がどんどん開いていく。

 何か【神の奇跡】を使っているのかもしれない。

 そうして追いかけていると、大通りから外れて行った。


「バレちゃったー?」


 距離的には百メートル以上開いていたので、そうは見つからないと思うが。

 【気配察知】でも持っていたら即バレだけど。


 曲がり角に入ったら少し速度を落とす。

 大分先で、どこかの家の敷地に入って行くのが見えた。


 そのまま走って行くと、木に囲まれた小さい家の庭に、テーちゃんがいるのを発見する。

 女の子二人と、庭で談笑していた。


「んー? テーちゃんー?」


 テーちゃんの家の前は通らず、適当に曲がって王都の出口を目指す。


「ばいばーい。 テーちゃーん。 また今度ねー。」


 王都を走り抜けながら、そう呟いた。




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