第69話 意外に近かった




 ミカはリッシュ村に帰るために、サーベンジールの街の西門を出る。

 西門の外には乗り合い馬車の停留所があるが、王都方面と、レーヴタイン侯爵領の北にあるミュレーアオル子爵領方面などだ。

 リッシュ村のあるリンペール男爵領には直接行く乗り合い馬車はなく、オールコサ子爵領のヤウナスンを経由していくことになる。

 ただし、そのヤウナスン行きの乗り合い馬車は南門にあり、西門ではない。


 ミカはサーベンジールの街壁沿いを北に歩いていく。

 この先にあるのは大きな湖と、少し離れた所に森がある。

 いつもソウ・ラービを相手にをしている、あの森だ。


 ミカは湖岸に着くとそのまま森に向かった。

 だが、今日は森に入るのではなく、あくまで近くに寄るだけだ。

 魔獣と戦闘をしに来たのではなく、ここまで来たのだ。


「この辺なら大丈夫かな。」


 ミカは周囲を見回す。

 湖の周辺に人影はなく、湖の反対側は遠すぎて人が居るかどうかまでは見えない。

 森の傍なので視界もそれなりに遮ってくれる。

 これなら人に見られることはないだろう。

 一番確実なのは赤蜥蜴石の採集場所まで行くことだが、ちょっと遠すぎて人目を避けるためだけにあそこまで行く気にはなれない。


「さーて、上手く行きますかね。 ……というか、上手くいかないと困るんだけど。」


 今日のヤウナスン行きの乗り合い馬車はすでに出ている時間だ。

 それでなくても、ここから南門の乗り合い馬車の停留所までは七~八キロメートルくらいある。

 もしだめだったら今日はどこかで一泊すればいいと考えてはいるが、できれば成功させたい。

 南門まで行くのは、すごく面倒くさいから。


 ミカは背負子に重ねたお土産の数々が、しっかりと結び付けられているのを確認する。紐の緩みもない。

 もしも途中で荷崩れしても対応のしようがないので、しっかりと確認しておかなければならない。


 もう一度背負子を背負い直し、雑嚢を肩にかける。


「やっぱり雑嚢これも結んでおいた方が良かったかな?」


 もしもこの試みが失敗した場合、着替えなどが必要になる。

 背負子に雑嚢も結び付けたりすると、少々面倒になるかもしれない。

 なので、あえて雑嚢は別にしておいたのだが。


「まあ、最初は失敗するも当たり前だしな。 不便はあってもこれから改善すればいいだけさ。」


 持ち前の「当たって砕けてもやり直せば良くね?」精神で、とりあえず何でもやってみる。


「ということで、”制限解除リミッターオフ”、”吸収アブソーブ”。」


 続けて【身体強化】も発現させ、強化割合をとりあえず五倍に設定する。

 まあ、こんなのは単なる気休めだ。

 最悪の事態になれば、未強化も五倍強化も誤差程度の違いしかないだろう。


 そして、これはあくまで下準備。ここからが今日の本番。


「"低重力ロウ・グラビティ"。」


 ミカは自分にかかっている重力を軽減する。

 とりあえず、十分の一程度まで。


「とっ、とと……。」


 自重が減ることで、背負子の重さで後ろに倒れそうになった。

 やや前屈みになり、何とか重心を腰の真上に持ってくる。

 自重が無いって、案外気をつけないといけないことが多いね。

 初めて知ったわ。


「さて、これでおそらくいけるはずだ。 …………たぶん。」


 この日のために、よく考えてきた。

 それなりに練習もした。

 まあ、は一日しかやってないけど。


 ミカは空を見上げ、吠える。


「”突風ブラスト”っっっ!!!」


 周囲の砂どころか石ころも吹き飛ばし、ミカは上空に飛び立った。







 ミカは今の自分なら飛行は可能と結論づけた。

 "低重力ロウ・グラビティ"を開発したのも、そもそも空を飛びたいと思ったからだ。

 だが、身一つで飛ぶならまだしも、荷物を抱えての飛行となるとかなりハードルが高くなった。

 自分は"低重力ロウ・グラビティ"で軽くできるが、荷物までは軽くできないからだ。

 ミカの現在の体重は不明だが、おそらくは三十キログラムを超える程度。

 四十キログラムまではないと思われる。

 その自重を十分の一に減らせば、四キログラムを持ち上げる推力を”突風ブラスト”で作り出せばいい。

 厳密には衣服や装備などの重量もかかるが、まあ多少出力を上げてやれば解決できる。


 だが、雑嚢はともかく背負子の重さがネックになった。

 お土産の数々。合計で十キログラムを余裕で超えている。

 これで、ミカの体重四キログラムに、背負子の重量十キログラムを足した分の重量を持ち上げるだけの推力が必要になった。

 単純比較でも三倍以上の推力だ。


 以前にムールトをぶっ飛ばした時、ミカの筋力と合わせてだが、数メートル吹き飛ばしたことがある。

 それを考えれば、たぶん打ち上げるだけならそう難しいことではない。

 ただ、飛行という状態を維持しなければならない。

 ミカは飛び上がりたいのではない。飛びたいのだ。

 自分以外の、それも自重を遥かに超える重量を抱えて飛ぶことは、相当に難しいことだと思えた。


 ただ、時間もない。

 "低重力ロウ・グラビティ"の練習をできるのは陽の日だけ。

 結局、飛行の練習ができたのは一日だけ。

 しかも、それは余計な荷物の無い状態で、だ。

 そんな状態でリッシュ村まで飛んで帰ろうと言うのだから、無謀にも程がある。

 もしもこれが自分のことでなければ、きっとミカも止めただろう。


「死にたいの? いくらなんでも危険過ぎるよ。 やめとけって。」


 だが、自分のことになると途端に基準がゆるゆるになる二重基準ダブルスタンダードを持つミカには、勿論そんな常識は通用しない。


「ま、何とかなるっしょ。」


 と強行を決意し、帰省の日を迎えたのである。







「ぐぁーっ、さみーーっ!」


 サーベンジールの上空、数百メートルまで一気に飛び上がり、その気温の低さに身体を震わせる。

 自分の周囲に半径で二メートルほどの魔力を展開し、すぐに”突風ブラスト”で大気を生成。熱エネルギー操作で暖かい空気を作り出す。

 まだ真冬と言えるような時期だ。

 地表でも気温が二~三度程度しかないのだから、数百メートルでも地表から離れれば確実に氷点下だろう。

 しかも、風が結構ある。

 もしも”突風ブラスト”で暖かい大気を作り出せなければ、確実に凍死コースだ。


「えーと、リッシュ村は……。 たぶんあっちの方だよな。」


 ミカは地上の景色と太陽の位置から、だいたいの方角を定める。

 サーベンジールからの方角で言えば、リッシュ村は南東に位置する。

 地図も方位磁石もないので大雑把な位置関係しか分からないが、まあ小さな問題だ。

 ミカからすれば、三日以内にリッシュ村に着けば、十分成功と言えた。

 通常なら乗り合い馬車で地獄の三日間コースだ。

 痛いお尻を摩りながらの旅路を思えば、同じ三日かかっても飛んで行ければ大成功。

 痛い思いも乗り合い馬車の乗車賃もかからずに済んだ、と言えるからだ。


 念のために全方向をざっと眺める。


「……山脈。 あれが帝国との境界か。」


 北東の方角に、北に向かって伸びる山脈が見える。

 おそらく、あれがエックトレーム王国とグローノワ帝国を分断する山脈だろう。

 そして、もう一つ山脈が見える。

 東から南南東に続く山脈。

 こちらがアム・タスト通商連合との境界になっている山脈だ。

 リッシュ村はこの山脈の麓にある村、ということになる。

 これらの山脈同士を繋ぐように築いたのが、遠足で行った防護壁なのだろう。


「なんか、ずっと見ていられるな。」


 景色は抜群に良い。

 特に何か目を引くものがあるわけではないのに、つい見惚れてしまう。

 こんな視点で風景を楽しむなど、これまで一度も経験したことがない。

 スカイダイビングを楽しむ人たちは、こうした景色を楽しむのも魅力の一つなのだろう。

 ちょっとだけ気持ちが分かった。

 何を好き好んであんな上空から飛び降りるんだ?と思っていたが、これは確かに何度でも飛びたくなるだろう。


「さて、いつまでも見ててもしょうがない。 そろそろ行くか。」


 ミカはリッシュ村の方を向き、”突風ブラスト”の向きを調整する。

 ”突風ブラスト”の方向は斜め下を向けて飛ぶことになる。

 飛行機のように翼で揚力を得られないので、”突風ブラスト”を推進力のためだけに使う訳にはいかないからだ。


 以前のミカは”突風ブラスト”を手のひらから出していた。

 だが、最初にそのまま飛行を試してえらい目にあった。

 なにせ、手を向けた方向に推力が発生するのだから、鼻を掻くこともできない。

 微かな動きにも反応して身体の向きや角度が変わる。

 両手で推力を得ていたので、ほんの僅かなバランスのズレで錐揉み状態。

 リカバリーしようと慌てて手を動かせば、余計に事態を悪化させることにしかならない。

 あっという間に制御不能に陥り、地面を転がることになった。

 低空だったこと、自重を軽くしていたので大した勢いをつけずに飛べていたこと、【身体強化】していたことなどが幸いし、何とか軽傷で済んだ。

 精々全身に数十箇所の擦り傷を作ったくらいだ。

 全身の骨折と比べれば、どうということはない。


 ……一度、手ひどく失敗してみないと学ばないのは相変わらずだった。







 この失敗により、安定して飛行するなら双発よりも単発で推力を得た方が制御が楽だと考えた。

 そして、手のような簡単に動いてしまう部分から”突風ブラスト”を噴射させるのは危険だとも気づいた。

 そこで自分の意思で好きな箇所から”突風ブラスト”を出せないか試すことにした。


 魔力が大気に変換されているだけなのだから、ミカの魔力のある場所ならどこからでも出せるはずである。

 というわけで、自分の周り三百六十度のどこからでも”突風ブラスト”を出せるかを実験。

 当然ながら問題なかった。


 だが、この方法でミカは推力を得られるのだろうか?

 手から噴き出すなら、反動がミカにも来るのは分かる。

 ところが、ミカから離れた位置にある魔力から噴射して、果たしてそれはミカの推力になるのだろうか?

 試しにやってみると、なぜかちゃんと推力を得られた。


 なぜだ?

 理屈に合わん。


 だが、あまり深く考えて、今できていることができなくなっても困るので、これはあえて考えないことにした。

 できるものはできる。

 それでいいじゃないか。

 あえて仮説を立てるとすれば、ミカと”突風ブラスト”の噴射口とは魔力で繋がっているので「何らかの作用がミカに伝わった結果」と結論づけることにした。


 こうして上下も含め、全方位に”突風ブラスト”を出すことができるようになったことで、飛行は格段に安定した。

 あとは荷物とのバランスさえ気をつければ、快適な空の旅が実現することになる。

 なにせ足場がないのだ。

 自重よりも重い荷物を持ってバランスを取るのは本当に難しい。


 というか、どうして俺はバランスが取れているんだ?


(………………………………。)


 深く考えるのはやめよう。

 快適な空の旅に、無粋な現実を持ち込んではいけないな、うん。







 こうしてミカはほんの三時間ほどで、リンペール男爵領の領都コトンテッセの上空に着いた。

 最短という程ではないが、直線に近いルートで進めたこと。

 乗り合い馬車の十数倍の速度での移動だったことで、想像していたよりも遥かに早く着いてしまった。


「…………コトンテッセとサーベンジールって、こんなに近かったのか。」


 何というか、これまでの自分の苦労は何だったんだと項垂れてしまう。

 途中、大きな森を越えて来たので、そこが魔獣がいるために通れないと言われる森なのだろう。

 ミカはコトンテッセも越え、リッシュ村の二~三キロメートル手前の街道で下りる。

 垂直離着陸機のように真下に”突風ブラスト”を向け、出力を絞り気味にしてゆっくり降下していく。

 周囲に砂を巻き上げながら慎重に着陸する。


「着地! ……ゲッホ、ゲホゴホ!?」


 巻き挙げられた砂埃に咳き込み、涙目でその場を離れる。


「ゴホゴホッ……! これは、さすがにどうにもしようがないな。 ケホ……。」


 コンクリートで舗装されている場所でもあればいいが、生憎そんなものはない。

 これからは着陸直後は余計なことはしゃべらず、静かに素早く息を止めて離れることにしよう。


「さーて、もう少しだ。」


 ミカは"低重力ロウ・グラビティ"を解除し、背負子を背負い直す。

 そうして【身体強化】を四倍に落としてから、リッシュ村に向かって勢い良く駆け出した。







■■■■■■







【リムリーシェ視点】


 ツェシーリアが申し訳なさそうにしながら、リムリーシェの前までやって来る。


「それじゃあ、ごめんね。 リムリーシェ……。」

「そんなに気にしないで、ツェシーリア。 楽しんで来てね。」


 ツェシーリアは寂しそうな顔をしながら、寮の部屋を出る。

 これで、今年の2年生の全員が退寮したことになる。

 リムリーシェを除いて。


 リムリーシェは窓から外を見る。

 ツェシーリアが大きな荷物を抱えて、正門に走って行くのが見えた。

 おそらく両親のどちらか、若しくは両方が正門でツェシーリアを待っているのだろう。

 無事に全員がレーヴタイン侯爵領の魔法学院幼年部を修了し、来月の王都へ出発する日まで四週間の長期休暇となった。

 休暇の初日にミカ君が、二日目にチャールとムールト君が退寮し、七人いたリムリーシェのクラスメイトたちは日に日に寮を後にした。


「今日は何しようかな……。」


 自宅に帰らないリムリーシェを心配し、ツェシーリアが最後まで残ってくれていたが、ツェシーリアだって家に帰らない訳にいかない。

 いや、本当は早く家族に会いたいのを、リムリーシェに気を遣って最後まで残ってくれていたのだ。

 昨日まではツェシーリアと少しずつ部屋の片づけや、おしゃべりをして過ごしていたが、今日からは完全に一人になってしまった。


 一人きりになり、心なしか広くなったような部屋を見回し、少しだけ寂しい気持ちになった。

 別にそれ程物が減った訳でもないのに、なぜか広く感じる。


「このお部屋にもお世話になったね。」


 来月の終わりには、また新しい学院生がやって来てこの部屋を使うことになる。

 リムリーシェたちは入寮の一週間前には王都に発つことになるので、それまではこれまで通りに使わせてもらえるということで、寮母のトリレンスから許可をもらっている。

 すでに必要最低限の荷物を残し、他は王都に送った。

 寮の方で、皆の分をまとめて王都に送ってくれるのだ。

 そのため、今は本当に最低限の物以外は残されていない。


 少しだけ寂しい気持ちもあるが、晴れ晴れとしている部分もある。

 魔法学院ここでやれることはすべてやり切った、と胸を張って言えるからだ。

 こんな気持ちで学院を終えられるなんて、入寮した時には思いもしなかった。


 リムリーシェは、もう二度と家には帰らないと心に決めて魔法学院に来た。


 大好きだったお母さんを亡くし、それでも大好きなお父さんとの生活をリムリーシェなりに頑張って支えようとした。

 だが、新しいお母さんだという人がやって来てから、リムリーシェの生活は一変してしまった。

 お前が悪い、お前のためだと言っては、新しいお母さんによくぶたれた。

 躾だ折檻だと物置に閉じ込められ、よく食事を抜かれた。

 そのうち、食事など用意されないのが当たり前になった。

 大好きだったお父さんも、新しいお母さんが来てから変わってしまった。

 リムリーシェのことを見ようとしなくなったのだ。

 リムリーシェは、新しいお母さんがなるべく自分に意識を向けないように、部屋の隅でじっとしているようになった。

 お父さんと新しいお母さんが食事をしているのを、部屋の隅で顔を膝に埋めて見ないようにした。

 そうして、運のいい日は残ったご飯をこっそりと食べることができた。

 でも、運の悪い日はバレないように、何とか一欠けらでもパンを見つけなくてはならない。

 バレたら「なんて手癖が悪いんだい、お前は!」とまた折檻されてしまう。


 ぶたれた拍子に破れた服は、見つからないようにこっそりと自分で繕った。

 新しい服など買ってもらえる訳がない。

 なら、今ある服を大事に大事に着なくてはならない。


 そんなある日、「魔力の才能がある」と言われた。

 訳も分からず連れて行かれた町長さんのお家には、何人も大人が居て「来年、魔法学院に行くことになる」と言われた。

 そして、その日からなぜかぶたれることがなくなった。

 ご飯もなぜか用意されるようになった。

 勿論、お父さんや新しいお母さんが食べているような、美味しそうなご飯ではないけれど。


 しばらくして、なぜぶたれなくなったか、ご飯が用意されるようになったか、少しだけ分かった。

 レーヴタイン侯爵領の官吏という人が、いろいろ教えてくれたからだ。


 どうやら、リムリーシェを来年の魔法学院に無事に送り出さなければ、お父さんや新しいお母さんには都合が悪いようだ。

 そのことを町長さんの家で言われ、それでぶたれたりしなくなったのだ。

 リムリーシェは、魔法学院に行く日が待ち遠しくて堪らなかった。


 そうしてやってきた魔法学院だけれど、すごく不安だった。

 新しいお母さんには、「お前はだめな子だ」といつも言われた。

 私がだめな子だから、お父さんは私を見てくれなくなったのかなって思った。

 そんなだめな私が、本当に魔法学院という所でやっていけるのか、不安で押しつぶされそうだった。


 寮母のトリレンスに寮の案内をしてもらう時、初めてミカ君に会った。

 私と同じ継ぎ接ぎだらけの服。

 私よりも小柄で、最初は女の子だと思った。

 まさか、あんなに可愛い顔をしてるのに男の子だと知って、驚いたことを憶えている。


 でも、本当に驚いたのは次の週だ。

 ムールト君とポルナード君が喧嘩をしたみたいだった。

 ムールト君はすごく身体が大きくて、おっかない子。

 寮で同じ部屋になったツェシーリアにも、ああいう子には近づかないようにって言われた。

 そんなこと言われなくても近づかないよ。

 だって、ムールト君。新しいお母さんと同じような目をしてるんだもん。


 私が怖くて動けないでいた時、ミカ君だけがポルナード君に手を貸してあげた。

 でも、そんなことをすればどうなるかなんて、誰にだって分かる。

 ミカ君はムールト君に殴られてしまった。

 痛そうだな、可哀想だなって思ったけど、私は怖くて動けなかった。

 でも、そのミカ君がムールト君にやり返した。

 しかも、ムールト君が何メートルも飛んじゃうほどに。


 驚いたけど、何より私は、ミカ君にもなるべく近づかないでおこうって心に誓った。

 男の子って、おっかない子ばっかりなの?


 でも、本当はミカ君が優しい子なんだって知ったのは、それからしばらく経ってから。

 クラスの皆が魔力を感じることができるのに、私一人だけができなかった。

 感じられる振りをしちゃおうかなって思ったけど、それはそれでどうなるか分からずに怖かった。

 だから私には、もうどうすればいいのか分からなかった。

 毎日が不安で、いつ「お前みたいな出来損ないはいらない」と学院を追い出されるか、恐ろしくて夜も眠れなかった。

 時々我慢ができなくて、学院の森林で隠れて泣いていたのだ。

 それをミカ君に見られてしまった。


 こんな風に泣いているのが、皆にバレたら。

 学院にバレたら、本当に追い出されちゃう。

 そう思ったら、私はもう訳が分からなくなって、何とか誤魔化そうとしたけど、結局はただ泣くことしかできなかった。

 でも、そんな私にミカ君はただ黙って傍にいてくれた。


 少しだけ落ち着いて、どうして何も言わずにいるのか聞いてみたら。


「何て言えばいいか分からないし。」


 そう、ぶっきらぼうに言うミカ君を見て、そんなに怖い子じゃないのかな?って思った。

 私はなぜか、自分の抱えていた不安をミカ君に話していた。

 そして――――。


「この方法なら君でも魔力を感じることができるかもしれない。」


 ミカ君が真剣な顔をして私の前に立ち、そんなこと言った。

 確かにミカ君はクラスでも一番魔力の操作が上手かった。

 でも、ダグニー先生やナポロ先生でも諦めてるのに、同じ年のミカ君にそんなことできる訳がない。

 そんなこと、分かりきってるのに。


「やって!」


 気がつけば、私はミカ君にをお願いしていた。


 学院を追い出されたくない!

 あの家には絶対に帰りたくない!

 あの時の私なら、もしもミカ君が”魔”に属する何かであっても、喜んでこの身体と魂を捧げていただろう。

 それで魔力を感じることができるなら、喜んで。


 初めて魔力を感じた時の衝撃は、とても言葉では言い表せない。

 今でも鮮明に思い出すことができるあの感覚。

 高揚感? 陶酔感? 恍惚感? 万能感?

 でも、上手く表現することができない。

 それほどの衝撃だった。


 それから毎週、土の日にミカ君と特訓することになった。

 ミカ君は私に魔力を感じさせることができるけど、学院の魔法具ではまだ魔力を感じることができなかった。

 それでも少しずつ私の魔力は揺らぎ易くなっているらしく、そのうち魔法具でも感じられるようになるよ、とミカ君は言ってくれた。


 ミカ君はよく私を褒めてくれる。

 頑張ったね、大丈夫だよ、リムリーシェならできるよ。

 ミカ君は、私が安心する言葉をいっぱいくれる。


 そして、ミカ君の言う通りにしていたら、ついに学院の魔法具でも魔力を感じられるようになった。


 ミカ君の言う通りだ。

 ミカ君の言う通りにしていればいいんだ!


 そう思った矢先――――。


「もう土の日に特訓をしなくて済むね。」


 そう、笑顔でミカ君に告げられた。

 私は目の前が真っ暗になって、足元が崩れる様なショックを受けた。

 そして、気がつけば泣きじゃくっていたのだ。

 ツェシーリアが説得してくれて、土の日の特訓は続くことになったけど「もしかして、迷惑なのかな?」と不安になった。


 ツェシーリアに「迷惑どころか、ミカの方から寄って来るいい方法がある。」と髪をばっさり切られた時は、死ぬほど恥ずかしかった。

 ミカ君に「似合ってるよ。 可愛い。」って言ってもらえたけど、しばらくは本当に恥ずかしかったんだからね!

 ……でも、ちょっとだけ、感謝してるけど。


 相変わらず私は魔力の操作が下手で、ミカ君のアドバイスを受けてようやく皆に置いて行かれない程度だった。

 【神の奇跡】を皆ができるようになっても私は中々できるようにならず、遠足には【神の奇跡】を使えるようにならないと参加させないと言われた。

 落ち込んだ私を元気づけるためにいろいろ考えてくれたようだけど、「好きなことは?」と聞かれた時は本当に恥ずかしかった。

 まさか、チャールと二人でミカ君のことをお話するのが一番楽しいとは、とても本人には言えないよ。

 チャールの場合、いろんなを想像するのが楽しいというのだけど、かっぷりんぐって何だろう?

 時々チャールは、私にはよく分からない言葉を使う。


 ミカ君と陽の日に中央広場に行って一日中遊んだことを、私は一生忘れないだろう。

 あんなに楽しいと思ったことは、生まれて初めてだった。

 ただ、「広場の甘い物全部食べよっか。」と言い出した時は本当に驚いたけど。

 帰りには随分と気分悪そうにしてたけれど、当たり前だよ。

 女の子なら平気だろうけど、男の子には、ねえ?


 そして、私にも【神の奇跡】が使えるようになった。

 そのせいでミカ君に寝顔を見られて、すごく恥ずかしい思いをしたけど、皆と遠足に行けるようなった。

 ミカ君は前に、「リムリーシェは何かのきっかけで、一気に伸びるよ。 皆を置き去りにするくらいね。」って言ってた。

 いくらミカ君の言うことでも、さすがにそれは私も信じることができなかった。


 でも、そんな信じられないようなことすら、ミカ君の言う通りになった。


 【身体強化】を使った運動の時間。

 私はムールト君も抜いて、ミカ君だけを追いかけるようになった。

 遠足では、ミカ君と私だけが規定通りに歩き切った。







 ミカ君は不思議な男の子だ。

 きっと、他の誰にも見えない、ミカ君だけの世界が見えているのだろう。

 私では、ミカ君と同じ世界を見ることは一生かかってもできないと思う。

 でも――――。


「……ミカ君のことは、見ててもいいよね?」


 リムリーシェはそう呟いて、王都への期待と不安を胸に、窓の向こうのよく晴れた空を見上げるのだった。




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