第66話 弱り目に祟り目




 風の3の月、3の週の風の日。

 今年も残すところあと2週間ほど。

 連日寒い日が続く。


 そんな中、地獄の遠足を終えた学院の2年生の間には、気の抜けた雰囲気が漂っていた。

 所謂、燃え尽き症候群と言うものではないだろうか。

 あまりに高すぎるハードルを越え、「もういいでしょ。 これだけ頑張ったんだから。」と皆が思っていた。

 教師であるダグニーとナポリですらそんな感じだ。

 行事をクリアさせることを目標に指導してきたのだから、それが無事に修了したら「自分たちの仕事は終わり。」と言わんばかり。

 一応はこれまで通りに授業も運動もあるが、その内容は遠足前と比べると雲泥の差である。


 そんな中、一人だけやる気を漲らせているのがリムリーシェだ。

 ミカは運動の時間は【身体強化】なしのメニューをやらせてもらっているが、リムリーシェも自分から【身体強化】なしでやりたいとナポロに頼みに行った。

 理由はミカと同じ。

 素の状態での身体強化の重要性を、遠足で痛感したらしい。

 豊富な魔力の上に胡坐をかかず、むしろその豊富な魔力を本当に生かすためにも、素の状態を底上げしたいと考えたらしい。

 なんか、出会った頃が信じられないくらい積極的になったね、この子。


 そんな訳で、みんなが【身体強化】を使って森林で鬼ごっこしているところを、ミカとリムリーシェはアスレチックでひたすら往復を繰り返している。

 今日は1年生もアスレチックのようだが、その中に混ざってミカたちも黙々と往復を繰り返す。

 そろそろ1年生たちも【身体強化】を習う頃だと思うが、まだ使える子はいないようだ。


 リムリーシェは【身体強化】がないとアスレチックがかなり大変なようだ。

 それでも伊達に1年半以上も学院で鍛えられていない。

 1年生の中で1番早い子といい勝負をしている。

 なんか本当にこの子、どんどん成長してるね。


「あんまり無理しないようにね。」

「大丈夫。」


 ミカが折り返し、リムリーシェとすれ違う時に声をかけるが、リムリーシェは前だけを見ている。

 その目は、本当に強い意志を宿している。


(これは本当にそのうち抜かれちゃうかもなー。)


 ミカは苦笑する。

 正直、ミカにはリムリーシェほどのひたむきさはない。

 とりあえず「足りない部分を補うために、今はこれやっとくかー。」くらいの気持ちだ。

 何より、人生の最大目標が「楽して面白おかしく生きる」だ。

 今いろいろやっていることも、結局は将来楽をするため。


「……将来、か。」


 このまま行けば、ほぼ間違いなく軍人コースだろう。


「王都に行ったら、まじで抜け道を探すかな。」


 王都の学院が義務だというなら、それは仕方ない。

 だが、その後のことまで強制されるつもりはない。


「王都か……。」


 ミカは王都での学院生活に意識が向き始めていた。







■■■■■■







 週末にリムリーシェと、いつもの森林で特訓をした。

 といっても、もはややることなどほとんどない。

 すでにリムリーシェは遠足をクリアできるほどに【身体強化】を使えている。

 あえて特訓をするほどのことはなくなったのである。


 以前、昼食中にリムリーシェに「今日は何しようか?」と聞かれた。


「もう遠足も終わったし、やらなきゃいけないことってあんまりないよな。」


 と答えたら、向かいのツェシーリアにめっちゃ睨まれた。

 おそらく、ミカがまた「特訓はもういいよね。」と言い出すのをけん制してきたのだろう。


(はいはい、分かってますよ。 続ければいいんでしょ。)


 ミカとしても、特に他にやりたいことがあるわけではない。

 やらなければと思っていることはいくつかあるが、そこまで慌てて取り組むほどのことでもない。

 土の日の午後に特訓を続けることに異議はなかった。


「……基本、大事……。」


 ぼそっとチャールが呟き、ツェシーリアがそれに乗っかる。


「そうね。 魔力の扱いに慣れるのは大事だわ。 基礎から見直して、底上げをするのがいいんじゃないかしら?」


 そんなことを言い出した。

 正直、そんなのは一人でもできるだろと思ったが、とりあえずその案で了承することにする。

 まあ、そのうちまた何かやりたいことが見つかるだろう。







 そして、陽の日は相変わらず赤蜥蜴石の採集である。

 この採集、本当に実入りがいい。くそつまらないけど。

 ミカはこの赤蜥蜴石の採集をすでに八カ月くらい続けている。

 陽の日はほぼ休みなく。


 そうするとどうなるか。

 お金が増えるのだ。

 まあ、それは当然なのだが、増えすぎてしまったのだ。

 ミカがこれまでに赤蜥蜴石の採集で稼いだお金が、百万ラーツを越えてしまった。

 一度だけ行った、依頼の達成報酬も金貨一枚だ。

 そうするとどうなるか。

 お金が溢れてしまう。

 Eランクのミカのギルドカードでは、プールできる金額は百万ラーツまでが限度。

 つまり、プールできる上限を超えてしまったのだ。

 これにはギルド職員のユンレッサも呆れていた。


 ミカは生活にほとんどお金がかからない。

 寮住みなので宿屋も部屋を借りる必要がないし、寮で食事も出る。

 装備にもお金がほとんどかからない。

 治療は自前でできるので、回復薬ポーションなどの消耗品を買うことすらほとんどない。

 なので、こんな事態になってしまったのだ。


「こんなことは聞いたことがない。」


 とユンレッサの上役の、口髭の渋いおじさんも困り顔だった。


「Cランクでのカード更新以外では、プールできる上限を引き上げることができないんだ。 これは内規で定められていて、勝手にできることではない。」


 Cランクへランクアップする時、保証金三十万ラーツが必要になる。

 だが、これによりプールできる金額が三千万ラーツ。大金貨三十枚までに増やすことができる。

 ただし、これはCランクへ上がることが絶対条件で、今のミカには適用できないのだという。

 そういうわけで、この溢れてしまったお金をどうするか問題が持ち上がった。

 我ながら贅沢な悩みだね。…………はぁ。


 大金貨一枚の魔法具の袋を思い切って買ってしまおうかと考えたが、普段盗まれないようにするための対策が思い浮かばない。

 管理ができないのでは買ってもしょうがないので、これは却下。


「少し厳しいかもしれないが、銀行と連携させるしかないだろうな。」


 と、上役のおじさんが提案する。

 銀行に口座を作り、ギルドカードと連携させればプールできる金額を引き上げることができる。

 ただし、そのためには保証金で百万ラーツを銀行に預けないといけない。


 本来、銀行の口座は商会などの大口の取引がメインだ。

 個人での口座開設も可能だが、それは「個人だけど、商会並みに扱うお金が大きい人」向けなのだ。

 百万ラーツでぐだぐだ言うような人は、そもそも銀行の想定している顧客ではない。


 ほぼすべての財産を保証金にあてるのは厳しかったが、何万何十万ラーツものお金を寮に置いておくのはもっと厳しい。

 仕方なく、泣く泣くミカは銀行に口座を作った。

 おかげで今のミカの所持金は数万ラーツにまで減った。

 銀行口座を解約すれば返ってくるとはいえ、百万ラーツの保証金はあまりにも痛すぎる。


 なので、また必死にお金を稼ぐ日々だ。

 くそつまらないとか、贅沢は言っていられない。

 とにかく学院を修了するまでにある程度は稼いでおかないと、里帰りもままならない。

 皆にお土産を持って帰りたいし、多少のお金はまたアマーリアに渡したい。

 四の五の言わずに稼ぐしかない。







「とりあえずはこんなもんか。」


 ミカは腰をとんとん叩き、立ち上がる。

 すでに時間はお昼を過ぎた頃だ。

 少し離れた所に雑嚢が置いてあり、その中には二百個に少し足りないくらいの赤蜥蜴石を入れてある。

 今手元にある分を合わせれば、二百五十個を超えるだろう。

 しめて五万ラーツ。まあ、概算ではあるが。

 これだけの赤蜥蜴石になると、重さは三十キログラムを超えているだろう。

 こんな荷物を担いで街まで戻るのは大変だが、夏場に比べれば遥かにマシだ。

 ミカは【身体強化】を4倍まで引き上げて、雑嚢を担いだ。


(…………?)


 その時、微かに何かが匂った。

 今担いだ雑嚢をそっと下す。

 すんすんと匂いを嗅ぎ、全神経を集中して周囲を警戒する。


(……血の匂い……?)


 微かに錆びた鉄のような匂いを感じとり、戦闘の態勢に入る。

 元々街を出る時に、10メートルの魔力範囲は展開済みだ。

 採集場所の近くまで来た時に、”石弾ストーンバレット”も三十個ほど頭上待機させている。

 あとは、匂いの元である何者かを特定すればいい。


「”地獄耳ビッグイヤー”。」


 周囲の音を増幅し、遠くの木々のさざめきや鳥の囀りをカットする。

 元々他にはほとんど何もない岩場だ。

 これだけで不必要な音のほとんどはなくなる。

 更に音を増幅させていく。


 ……ジャリ……ジャリジャリ……ジャリ…………ジャリジャリ……。


 砂を踏むような音が聞こえる。

 10時方向、距離はそこそこ離れている。

 ミカは音のした方向を見るが、20メートル先に大きな岩が壁のようにそそり立つだけ。


(……岩の上? それとも岩の向こうか?)


 音のした岩の方をじっと見ていると、砂を踏む音が止まった。

 そのまましばらく、何の動きのない時間が流れる。


(……このまま退くか? 正体が分からない以上、不要な戦闘は避けるのが賢明か……?)


 そう、それが定石セオリー

 危険に身を投じることを生業とする冒険者だからこそ、避けられる危険はできるだけ避ける。

 当たり前のことだ。命がかかっているのだから。

 だが――――。


 ミカは頭上の”石弾ストーンバレット”を五つ、岩に向けてぽー……んと放る。

 おおよそ五メートルずつ間隔を空け、岩の上を飛び越えるように。


 カツン、カツン、カツン、ドス、ドス。


 ”石弾ストーンバレット”が岩に当たる音に続き、地面に落ちた音が順に聞こえる。

 ”地獄耳ビッグイヤー”によりかなり音量は増幅させているが、音量が一定以上にはならないようにリミッターも搭載している。

 大きな音ではあるが、以前のように鼓膜に突き刺さるような音ではない。


 そして、”石弾ストーンバレット”が岩に当たると同時に、岩の陰から何かが飛び出す。

 真っ黒い何かは、ミカから二十メートルほど離れた場所で、じっとこちらを見ている。

 その手にはソウ・ラービの足らしき物を持っていた。

 岩の向こうにソウ・ラービの死骸があるなら、匂いの元はそれだろう。

 風向きなど気にしていなかったが、もしかしたら風向きが変わってこちらに匂いが流れるようになったのだろうか。


 は岩から飛び出しはしたが、いきなりこちらに飛び掛かってくるようなことはしなかった。

 戦意がないのか、警戒しているのか。


(……戦意がないだと? アホか俺は。)


 戦意がないなどあり得ない。

 なぜなら、飛び出して来たのは魔獣なのだから。


 真っ黒い、猿のような姿形フォルム

 だが、大きい。

 背中を丸めて二本の足で立っているが、おそらく真っ直ぐに立てば二メートルくらいはありそうだ。

 そして、顔の上半分には無数の目。

 すべてが赤く爛々と輝き、真っ直ぐにミカを見ている。


 真っ黒いのは体毛のせいか?

 それなら毛並みに光の反射があってもおかしくない。

 いや、むしろ光の反射がない方がおかしい。

 だが、この猿に似た魔獣は、一切の光の反射をしていなかった。

 だから、その姿を輪郭というか、シルエットとしては捉えられるが、あの赤い目がなければどちらが前か後ろかも分からない。

 もしも後頭部にまで無数の目があるのなら、もしかしたらミカに背を向けていることもありえる。

 それほどの闇の塊。


(何だこいつは……?)


 こんな魔獣がサーベンジールの周辺にいるなど聞いたことがない。

 以前に文献で調べたサーベンジール周辺の魔獣に、こんなのは載っていなかった。

 どうやら、ちょっとしたお遊びのつもりが、中々珍しいものを引いてしまったらしい。


(ちょっと憂さ晴らしをしようと思っただけなんだけどな。)


 実のところ、最近ちょっと鬱憤が溜まっていたのだ。

 お金を稼がなくてはならないと、面白くもない赤蜥蜴石の採集ばかり行い、ロクに魔獣との戦闘がない。

 依頼を受けたくても、ミカの受けられる面白そうな依頼は先に取り尽くされてしまう。

 今日、採集の前にわざと森に入ってソウ・ラービと戦って来ようかと思ったくらいだ。

 さすがに、採集という仕事の前に不要な戦闘をするべきではない、と理性で押し留めたがそれがかえって裏目に出た。

 ここに来て、理性的な判断と好奇心で、好奇心が勝ってしまった。

 もしも今日、先にソウ・ラービとの戦闘をしていれば、「退く」という選択を選べたかもしれない。

 だが、どうやら自分で思っていた以上に、ミカのストレスは溜まっていたようだ。


「よお。 来ないのか?」


 ミカは魔獣に声をかける。

 我ながらおかしな行動だと思いつつ、魔獣の反応を見る。

 魔獣はじっとミカを見ながら、姿勢を少しずつ下げる。

 両手を地面に着け、毛を逆立て、背中を丸めながら手足を伸ばす。

 猫や猿が威嚇する時の姿勢。

 所謂、やんのかポーズ、だ。

 ゆっくりとした動きで、最大に警戒しながらじりじりと近寄る。


 ミカは頭上の”石弾ストーンバレット”から五つを魔獣に飛ばすが、魔獣は軽い動きで”石弾ストーンバレット”を躱した。

 残りの”石弾ストーンバレット”を連続して次々に撃ち込むが、魔獣は難なく躱していく。


(距離があり過ぎるか。 ソウ・ラービなんかより遥かにでかいくせに、ソウ・ラービ並みに躱しやがる。)


 意外に素早く、身のこなしもいい。


(それなら……。)


 ミカはゆっくりと左手を前に突き出し、手のひらを上に向ける。


「”石弾ストーンバレット”。」


 イメージするのはライフル弾。

 これまではダメージ重視で拳大の”石弾”を好んで使っていたが、今回は速さ重視。

 親指ほどのサイズでも、これまでの倍ほどに速度を上げられれば、威力は相当に上がるだろう。

 大事なのはイメージ。

 形状も大事だが、何よりも撃ち出す時の速度を如何にイメージできるか。


 ミカは速度に意識を集中する。

 それこそ音速を超えるようにイメージするが、さすがにそこまでの速度は出なかった。


 ヒュンッ!


 それでも魔力をごっそりと取られ、これまでの”石弾”を遥かに凌ぐ速度。

 魔獣の身体のど真ん中を狙うが、魔獣はそれすらも躱す。


(これを躱すのか!?)


 ほんの一瞬。

 一瞬だけ、ミカは驚きでひるんでしまった。

 その瞬間を魔獣は見逃さず、20メートルの距離を瞬く間に詰める。


 ザシュッ!


「クッ!」


 ミカは何とか横に飛んで躱すが、手甲を引っ掻かれた。

 革の手甲は魔獣の爪に引き裂かれ、土台になっている木まで抉られていた。


(こいつ、強い!)


 正直舐めていた。

 憂さ晴らしで相手にしていい魔獣ではない。

 ミカは気を引き締め、体勢を整える。

 魔獣は嫌になるくらいに慎重で、ミカから10メートルほど離れた所でゆっくりとミカに近づく。


(もうすぐ”風千刃サウザンドエッジ”の距離に入る。 けど……。)


 ――――勿体ない。


 そう思ってしまった。

 血が湧き立つのを感じる。

 心臓は早鐘のように打ち、びりびりと突き刺すような緊張感を肌で感じる。


 、魔獣との戦闘だった。


 すでにソウ・ラービでは何匹来ようが焦りもしない。

 淡々と一匹ずつ始末するだけの、単調な作業。


 思わずミカの口の端が上がる。

 これこそが、ミカの望んだ冒険者の姿だった。


「”石弾ストーンバレット”!」


 ミカは魔獣に左手を向け、先程と同じライフル弾を次々に撃ち込む。


 ヒュンッ!ヒュンッ!ヒュンッ!ヒュンッ!ヒュンッ!


 魔獣は素早く躱すが、ミカは魔獣の動きの先を読んで

 すると、それまでかすりもしなかった”石弾”が、僅かずつだがかするようになった。


 たまらず魔獣はミカとの距離を取る。

 だが、すぐに反撃を繰り出す。

 その素早い動きを最大限に使い、右に左にと小刻みに位置を変えながらミカに襲い掛かってきた。

 ミカが咄嗟に横に飛んでも、その方向に追撃してくる。

 大きく体勢を崩せば躱しきれなくなる。

 ミカは”石弾”をマシンガンのように乱射し、魔獣の動きをけん制した。


 ”石弾”は魔獣にかすりはするが、大きなダメージには繋がらない。

 魔獣の攻撃もミカの手甲や胸当てを引っ掻きはするが、ミカ自身にはダメージを与えていない。

 一進一退の攻防。

 互いに決め手に欠ける。


 バキンッ!


「チッ!」


 ミカは魔獣の攻撃を掻い潜りながら舌打ちをする。

 魔獣に引っ掛かれ、右手の手甲が半分千切れてしまった。


。」


 ミカは左手で”石弾”を撃ち続け、魔獣の動きを予測して狙うが今度は当たらない。

 器用に”石弾”を躱しながらミカに迫る。

 魔獣は素早くミカの右側に周り込み、腕を振り下ろす。


「”風刃エアカッター”!」


 血飛沫が飛び散り、ミカは後ろに大きく飛んだ。

 魔獣は崩れるように膝をつくと、後ろにそのまま倒れる。

 その胴体が腹の辺りで二つに割け、上半身と下半身が離れた。


「”火球ファイアボール”。」


 ミカは念のため、二つの”火球”を魔獣の身体にそれぞれ撃ち込む。

 熱エネルギー操作でなるべく熱いのを叩き込み、しっかりと止めを刺す。

 適当に焼けたところで”ウォーター飛沫スプラッシュ”で消火する。

 ミカは「ふぅーー……。」と大きく息を吐き出す。


「……ああ……、大損だぁ……。」


 その場に膝をつき、がっくりと項垂れた。

 千切れてしまった手甲や、ぼろぼろになった胸当てを見る。

 頭を抱えずにいられない。


「八万ラーツだぞ!? 胸当てと手甲! 注文したってすぐにはできないのに! どうすんだよ、これ!」


 おーまいがーっ!と空に向かって叫ぶ。


「うう……、遊んでないで最初から真面目にやってれば良かった……。」


 ミカは魔獣が強いことが分かり、嬉しくなってしまった。

 それでつい、今の自分がどこまでやれるのかを確かめたいと、そんな余計なことを考えた。

 あんまりあっさりと倒してしまったら、久しぶりの魔獣との戦闘がすぐに終わってしまう。

 そのため、左手だけで倒そうなどと余計なことを始めたのだ。

 その結果、胸当てはぼろぼろ、手甲にいたっては千切れてしまうという大損害。

 ただでさえ金欠だというのに、さらに不要な出費がかさむことになった。

 正に弱り目に祟り目。

 …………実際はただの自業自得ではあるが。


 魔獣の攻撃手段が近接しかないと分かった時点で、左手の”石弾”でけん制、突っ込んできたところに右手で”風刃エアカッター”を使うというプランはすぐに思い浮かんだ。

 さっさと倒しておけば被害を最小限にすることもできたのに、ついをやってしまった。

 もう油断はしないとニネティアナと約束したのに。

 これは、そんなミカへの天罰なのだろうか。


「うう……、ごめんよ、ニネティアナ。」


 調子に乗るとすぐにやらかすのは、ミカの大きな欠点だろう。

 自覚はあるのだ、自覚は。

 一応は……。







「エン・バタモスが流れて来てるみたいだから、ミカ君も気をつけてね。」


 魔獣との戦闘後。

 とぼとぼとサーベンジールまで歩いて帰り、赤蜥蜴石をギルドの引き取り窓口に出す。

 カウンターに呼ばれたので行ってみたら、ユンレッサにこんなことを言われた。


「えんばたもす?」


 何やらよく分からない話が出てきた。


「ミュレーアオル子爵領で討伐依頼が出てた魔獣なんだけど、どうやら撃ち漏らしたみたいなの。 その魔獣が、レーヴタイン侯爵領に流れて来たって話でね。 何日か前から冒険者に注意勧告しているの。 掲示板にも張ってるわよ。」


 ミュレーアオル子爵領というのは、レーヴタイン侯爵領の北にある領地だという。

 そのお隣さんから逃げて来た魔獣がいるらしい。


「ランク自体はDランクの魔獣だけど、ランクの割に素早いので有名なのよ。 並みのDランクの冒険者じゃ動きを捉えきれないから、確実に倒すにはCランクくらいの腕がないと厳しいみたい。」

「へぇー……。」


 何となく聞き流していたが、素早い魔獣……?

 心当たりがなくもない。


「その、エンなんちゃらって魔獣はどんな奴ですか?」

「特徴? 真っ黒い影みたいので、大きな猿に似てるんですって、顔の上半分にいっぱい目があるらしいわ。 ちょっと気持ち悪いわよね。」


 何となく、見覚えがなくもない。


「はい、それじゃあ、ミカ君の採集の報酬はいつも通りプールでいいのかな?」

「お願いします。」


 ミカはカードをユンレッサに渡す。

 ユンレッサはミカからカードを受け取ると、カウンターの上で何かをやっている。

 そのユンレッサの動きが、ふと止まった。

 顔を引き攣らせて。

 おそらく、カードに貯められた魔獣の魔力を見たのだろう。


「ミカ君……? 今日の採集なんだけど…………魔獣と戦った?」

「そうですね。 戦いました。」

「……もしかして、大っきな猿に似てた? 目がいっぱいあって。」

「はい。 初めて見る魔獣でしたが、そんな感じでした。」


 ミカがにっこりと笑顔で答えると、いよいよユンレッサは固まった。


 この後ちょっとした騒ぎになったが、無事にミカがエン・バタモスを討伐したと認められた。

 そして討伐報酬はミカが受け取ることになった。

 五万ラーツ。大銀貨五枚だ。

 採集の分と合わせて、赤字になることは免れることができた。


(でも、討伐報酬だけじゃ赤字だったね。 あの程度は無傷で倒せなきゃ大損ってことか。 いい勉強になったな。)


 そんなことを考えながら、ミカはギルドを出る。

 帰りに防具屋に寄って、胸当てと手甲を発注していかなくてはならない。


 ミカは大通りを歩き出す。

 肩を落とし、自分の未熟さを噛みしめながら。




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