第64話 リムリーシェの覚醒




 火の3の月、4の週の土の日。

 あと一週間で暦の上では秋になるが、すでにそこそこ気温が下がっている。

 月が変われば収穫祭があるが、これは国民全体の休日といった話ではない。

 どうも、農村などでは祝ったりするが、サーベンジールのような街では特にそういったことはないらしい。

 去年も何もなかった。

 何というか、祝祭日という概念がないのか、この国は休日が本当に陽の日だけなのである。


(もしかしたら、そこまでの余裕がないのか?)


 リフレッシュだのバカンスだの人間らしい生活だの、そんなのは「生きるための余裕」があってこそだ。

 毎日働かなくては食べて行けないとなれば、問答無用で働くだろう。

 文化水準の差は、当然ながらこういう部分にも表れる。


(でも、そんなに余裕がないようには見えないけどなあ……?)


 大通りにも中央広場にも人が溢れ、思い思いに楽しんでいるように見える。

 国全体が食うにも困るような状態なら分からなくもないが、この国はそこまで疲弊している風ではない。

 単に、「よし、祝祭日を作ろう」と思いつく偉い人がいないだけだろう。


(頼むから、誰か思いついてくれ!)


 自分がサボるために、「国民全員休ませれば、俺がサボってもバレなくね?」と発想の転換をしてくれる偉い人が一人でも現れれば、あとは勝手に増えていくだろう。


 ミカはそんなことを考えながら、隣に座るリムリーシェを見る。

 いつもの森林の、いつもの木の根に座り、リムリーシェは魔力を動かす練習をしている。


 すでにリムリーシェは、十分に魔力を動かせるようになった。

 個人の感覚なのでミカには分からないが、すでに魔力の放出をしなくても魔力を思い通りに動かせるようになったらしい。

 だが、それでもリムリーシェの【身体強化】は発現しなかった。

 ムールトやツェシーリアも中々【身体強化】が発現せずに苦労していたので、それ自体は不思議なことではない。

 しかし、夏の終わりがすぐそこまで迫り、遠足参加の可否の決定までに、もう日がない。

 やはり、風の月になるまでに【身体強化】を発現させるのが一つの目安らしい。

 それが絶対の条件ではないが、そこまでに発現できていないと、遠足までに必要なレベルにまで使いこなせないようだ。


 ミカがリムリーシェを見ていると、閉じられていた目がぱちっと開かれた。


「お疲れ様。 少し休む?」


 いつものようにミカが声をかけるが、リムリーシェはそのまま前を向いている。

 目をしばたたかせ、ゆっくりと視線が下がっていく。

 何だか、少し様子がおかしい。


「リムリーシェ?」


 ミカが呼んでも返事はなく、何かを考え込んでいるようだ。

 そんなリムリーシェの様子を注意深く見ていると、急に目に力が入り、口をきゅっと引き結ぶ。


「見てて。」


 それだけ言うとリムリーシェはすくっと立ち上がった。

 何が起こっているのか分からず、ミカはリムリーシェを見上げる。


「創造の火種たる火の大神。 その偉大なる眷属神、漲り迸る力の神よ。」


 リムリーシェが【身体強化】の呪文を詠唱し始める。

 ミカは呆気に取られ、その様子をただ黙って見ていた。


「我が祈りを聞き届け、艱難を振り払い、辛苦を打ち砕く豪の力を授け給え。」


 その瞬間、リムリーシェの身体が強い陽炎に包まれる。


「なっ!?」


 それは、力の神の名に相応しい、迸るような陽炎だった。

 【身体強化】を発現する際に現れる陽炎は、最初に捧げる魔力量によって、その陽炎の強さが変わる。

 強制的に全賭けさせられてしまうミカの陽炎は、クラスの誰よりも強い。

 だが、おそらくリムリーシェの陽炎は、そんなミカのものよりも更に強い陽炎だ。

 すぐ傍で見ているミカが、一瞬怯んでしまうほどに。


 リムリーシェがゆっくりと振り返る。

 その表情は、自分でも驚いているようだった。

 その視線がゆっくり下げられ、ミカと交差する。


「……ミカ君……。」


 リムリーシェの顔がぐしゃっと歪み、泣きそうな声でミカを呼ぶ。


「リムリーシェ……、やったね。」


 その顔を見て、ミカも思わず泣きそうになった。

 リムリーシェの悩みを、苦しみを、何よりその頑張りを、努力を。

 誰よりも傍で見ていたのは、他ならぬミカだ。


「おめでとう、リムリーシェ。 よく、頑張ったね。」

「……ミカ、くぅ~ん……。」


 リムリーシェの顔はもうぐしゃぐしゃで、涙がぽろぽろ零れていた。

 ミカは立ち上がり、リムリーシェと向き合う。

 だが、リムリーシェの身体がふらっと揺れ、そのまま倒れそうになる。


「リムリーシェ!?」


 咄嗟に身体を支えるが、完全に力が抜け、すべての体重がミカにかかる。

 リムリーシェは気を失っていた。







「魔力の枯渇ね。」


 ですよねー。

 だと思いましたー。


 ミカは倒れたリムリーシェを抱え、校舎の保健室に駆け込んだ。

 ダグニーもナポロもまだ校舎にいて、簡単に事情を説明したら、返ってきた答えが「魔力の枯渇」である。

 今、リムリーシェはベッドに寝かせている。

 ミカもいきなり【身体強化】を発現してぶっ倒れたことがあるので、そこまで心配する状態ではないだろう。


「でも、リムリーシェさんが【身体強化】を発現させるなんて……。 驚いたわ。」


 ダグニーは眠っているリムリーシェを見ながら、そんなことを言う。


「正直、サーベンジールここでは時間が足りなくて、無理だろうと思ってたの。」


 ダグニーの目は優しかった。

 普段とても厳しい態度で指導にあたるダグニーだが、そういえばミカが【身体強化】を発現して倒れた時も優しかった気がする。


「ミカ君がリムリーシェさんに特訓をしてくれていたのは知ってたわ。 魔力を感知できたのも、君が訓練をしてくれたおかげかしら。」

「……いえ。」


 ダグニーの視線がミカに向けられるが、ミカは少々居心地が悪かった。

 教師と一対一で話をするのに居心地の悪さを感じてしまうのは、ミカに刷り込まれた学生時代の記憶によるものだろうか?


 あまり真面目な生徒じゃなかったし。

 職員室で2時間も正座させられたのはいい思い出だよ。

 今だったら体罰で訴えられるレベルだけど。


「余程、皆と遠足に参加したかったのね。」


 確かにその通りだろう。

 皆よりも桁違いに多い魔力量に恵まれながら、誰よりも魔力の習熟には遅れていた。

 これだけは絶対に皆と一緒に参加したい、と強く願っていたのだと思う。


「ミカ君は、リムリーシェさんと仲が良いわね。」

「別に、そういう訳ではないですが……。」


 ミカもリムリーシェも、あまり自分のことを話さないし聞かない性質たちだ。

 特別に隠しているわけではないが、聞かれもしないことをペラペラと話すのも性に合わない。

 自分が踏み込まれることに抵抗があるので、人にも同じようにあまり踏み込もうとしない。

 だから、特訓の時にもあまり余計なことは話さなかった。


「こういうことを、同じ学院生に話すのはいいことではないのだけれど……。」


 ダグニーは少しだけ表情を曇らせて、リムリーシェを見る。


「ミカ君は、リムリーシェさんが春に家に帰らなかったのは知ってる?」

「はい。 それは、まあ……。」


 ミカが1年を無事に修了して里帰りした時、リムリーシェは寮に残ると話していた。

 土の日の特訓が里帰り中はできないねと話した時に、自分は帰らないと言っていたのだ。


「理由は?」

「それは、聞いてません。 聞きませんでしたし……。」

「そう。」


 ミカが首を振ると、ダグニーは僅かに俯き考え込む。


「こんなことを頼むのは、リムリーシェさんと同い年齢どしのミカ君には大きな負担になってしまうと思うけど……。 できればリムリーシェさんの支えになってあげてほしいの。」


 ……確かに、子供に言う言葉じゃないな、それは。

 ミカは、いきなりこんな話をし始めたタグニーの真意を測りかねていた。


「彼女はお母さんを亡くしていてね。 新しい母親もいるようなのだけど、その……。 あまりうまくいっていないようでね。」


 それが、リムリーシェが家に帰らなかった理由のようだ。

 どうやら、リムリーシェの育った環境は育児放棄ネグレクトのような状態だったらしい。


 ダグニーは、そうした情報を官吏のバータフからの報告書で知ったという。


(……あの家庭訪問して来た役人か。 説明しに来ただけじゃなくて、そういうのも調べてたのか。)


 ミカの時はさっさと帰って行ったが、対象となる子供の状態を見て、必要ならそうした調査も行っていたようだ。


 入寮した日にたまたまミカはリムリーシェと顔を会わせたが、ミカと同じような継ぎ接ぎだらけの服を着ていた。

 ミカの服はロレッタがよく繕ってくれていたが、リムリーシェはあれを自分でやっていたのだという。

 少し引っ込み思案で、いつも俯き、自信なさげだったリムリーシェ。

 あれは、新しい母親との生活で染みついてしまった癖なのだ。


 ミカは学院に入学したばかりの頃、かなりの痩せっぽちだった。

 それはノイスハイム家の経済的な事情によるものだが、リムリーシェも痩せている方だった。

 身長もミカとあまり変わらないくらい。

 ミカに負けず劣らず、リムリーシェも栄養状態があまり良くなかったのだろう。

 新しい母親による育児放棄によって。


「リムリーシェさんの力になってあげてなんて言うつもりはないのよ。 ただ、彼女の事情を知って、その上で少しだけでいいの。 気遣ってあげられる子が傍にいれば、きっとリムリーシェさんは頑張っていけるわ。」


 そう言って、ダグニーは溜息をつく。


「私たちが見ててあげられるのは、サーベンジールここまでだから。」


 まだ半年も先の話だが、サーベンジールの魔法学院を修了したらミカたちは王都に行くことになる。

 そうなれば、ダグニーとはここでお別れだ。

 どれほどダグニーがリムリーシェのことを心配したところで、俺たちの関係はここまで。

 ダグニーはサーベンジールで新たな子供たちを迎え、俺たちは王都に行かなければならない。


 ミカは「ふぅー……。」と溜息をつく。

 正直、話が重すぎる。


(本当、子供になんてもん背負わせるんだよ……。)


 普通なら許されることではない。

 普通なら。


 だが、ミカは普通ではない。

 確かに見た目は子供だが、中身まで子供な訳ではない。

 いや、最近自分でもだいぶ子供っぽいなとは感じてはいるが。


(解決も背負うことも無理だけど。 今までみたいな付き合いでいいんだろ?)


 それくらいなら問題はない。

 ミカ自身、ノイスハイム家の事情とか解決しなければならない問題を抱えてはいるが、これまで通りちょっと気にかけたりアドバイスするくらいなら何も問題はない。


「あまり、期待されても困りますが……。 僕は僕なりの付き合い方をしていくだけです。 これまで通り。」


 ミカはリムリーシェを見る。

 特に苦しそうにしたりはしていない。

 よく眠っているようだった。


「ええ、それでいいの。 ごめんなさいね、こんな話をして。」

「いえ。 僕も少し、気にはなっていましたから。」


 きっと、リムリーシェにとっては知られたくない秘密だったろう。

 だからミカは何も言わない。

 ただ、これまで通りに接するだけだ。


「彼女のことは私が看ててあげるわ。 ミカ君はどうする?」


 ダグニーに聞かれ、少し考える。


「いつもならまだ特訓をしてる時間ですから。 よければ僕が看てますよ?」

「そう? じゃあ、お願いするわね。 リムリーシェさんが目を覚ましたら声をかけてくれる?」

「分かりました。」


 ダグニーは隣の教員室に戻って行く。

 ミカはリムリーシェが目を覚ますまで、ベッドの横で静かに見守るのだった。







 そうして、リムリーシェが目を覚ました時、めちゃめちゃ恥ずかしがられた。

 顔を真っ赤にして、かけられたシーツに潜り込んだ。

 「ミカ君のえっちっ!」って半泣きで言われた。

 騒ぎに気づいたダグニーに、めっちゃ白い目で見られました。


 え、俺が悪いの?







■■■■■■







 風の1の月になり、本格的に遠足に向けた訓練が取り入れられた。

 午後の運動は【身体強化】が基本、アスレチックなどもやらなくなり、毎日ひたすらグラウンドで早歩きだったりジョギングだったり。

 しかも、そのペースが先頭を行くナポロに合わせなくてはならず、これがかなり速い。

 皆はまだ、ナポロのペースに合わせて3時間も【身体強化】を維持できないので、途中でギブアップすることになる。

 ただし、それでも休むことは許されず、【身体強化】なしの素の状態で走らされる。

 正直、殺す気か?と本気で皆のことが心配になった。


 ミカはと言うと、【身体強化】の維持は”吸収アブソーブ”があるので問題ない。

 ついて行くだけなら簡単、と言えればいいが、実際のところはそんなことはない。

 ミカの体力、ミカの【身体強化】を以てしても結構大変なのだ。

 そんな訓練にクラスの皆がついて来れるわけがない。


 それでも割といいところまでついて来れるのはムールトだ。

 やはり、元々の身体能力が高い方が【身体強化】は有利に働く。

 ミカのように最後までやり切ることはできないが、【身体強化】を切った後も素の状態で何とか走っている。


 そして、そのムールトよりもさらに食らいついているのが、なんとリムリーシェだ。

 リムリーシェは、ムールトよりも身体能力は大幅に劣るが、持ち前の豊富な魔力を使い相当に出力を上げている。

 それによって身体能力の不足を補い、ナポロやミカたちに何とかついて来ているのだ。

 まだ3時間を走り切ることはできていないが、おそらくミカの次に達成するのはリムリーシェだろう。


「あーー……、疲れたーー……。」


 ミカはグラウンドに大の字になり、息を整える。

 3時間もぶっ通しで走り、さすがに【身体強化】を使ってもかなり大変だった。


「いやあ、ミカ君は本当にすごいね。 最初からいきなり3時間ついて来れたし。 そんな子供は今まで聞いたこともないよ。 今日はいつもよりペースを上げたのに、まだ余裕がありそうだしね。」


 ナポロが肩で息をしながらミカを見下ろす。

 ナポロでもそれなりに大変なペースなのだろう。

 それをこんな子供に課すのだから、ひどい学院もあったものだ。


「普通、『疲れたー』なんてことも言ってられないんだけど。」


 そう言って、グラウンドに転がるしかばねたちを眺める。

 皆、もう一歩も動けないようで、グラウンドに転がっている。

 今日は皆、魔力を枯渇させる前に上手く【身体強化】を打ち切ったようだ。

 時々、限界に気づかず走りながら気分が悪くなったり、ぶっ倒れたりする子供がいる。


 走りながらいきなりぶっ倒れるのって、傍で見ているとまじびっくりする。

 全身に擦り傷作りながら転がって行くんだから。

 実はダグニーもナポロも【癒し】が使えるため、すぐに治してもらえるのだが、全身血だらけでぴくりとも動かない子を見るとこっちの心臓が止まりそうなくらいだ。


 ミカはそんなクラスメイトの姿を見て、己の所業を省みることになる。

 街道でミカが倒れていた時のことだ。

 ホレイシオやラディ、アマーリアやロレッタがどれほどびっくりしたか、実感として知ることになった。


(いやぁ……子供のこんな姿見るのって、本当にきついわ……。 皆には本当に申し訳ないことをしたな……。)


 不慮とはいえ、改めて皆には心から詫びたい気持ちになった。


「今日はもう解散ですか?」


 ミカは起き上がりながらナポロに聞く。


「ああ、解散でいいよ。 さて、声をかけて回るか。」


 そう言って、一番近くにいるチャールの方にナポロが歩き出す。

 ミカも立ち上がると、【身体強化】を切って反対方向に歩き出す。

 100メートルほど離れた所にリムリーシェが転がっている。

 ミカとナポロに何周遅れかは分からないが、最後の方までついて来ていたのは今日もリムリーシェだった。


「リムリーシェー、解散だってさー。 帰るよー。」


 ミカが声をかけるが反応がない。

 足を投げ出し、胸を大きく上下させ、懸命に息を整えている。

 これは起き上がれるようになるまで、もう少しかかりそうだ。


「先行っちゃうぞー。」


 そう言うと、ミカに向かってゆるゆると腕が伸ばされる。


「……おんぶ。」


 荒い呼吸の合間に、ぽつりとそんな声が聞こえる。


「甘えるんじゃありません。」


 ミカはぺしっとその手を払う。

 リムリーシェの腕は、そのまま地面にぽてっと倒れる。


「ミカ君のおにー……、けちんぼー……。」


 リムリーシェが駄々をこね、寝っ転がったまま手足をバタつかせ始めた。

 意外に元気じゃねーか。


「ほら、本当に置いてくぞ。」


 グラウンドを見るとすでにナポロが何人かに声をかけ、皆ふらふらしながらも寮に向かって歩き出していた。

 そんな様子を見ていると、またリムリーシェの手がミカに向かって伸ばされる。…………今度は両手が。


「……起こして。」


 じとっとした目でリムリーシェを見るが、残念ながらリムリーシェは目を閉じている。

 はぁー……と溜息をつき、リムリーシェの両手を取り、引っ張る。


「えへへ……、ありがとう、ミカ君。」


 照れ笑いしながら、リムリーシェがしっかりと立ち上がる。


「ほら、戻るぞ。」

「うん。」


 リムリーシェはミカの少し後ろを歩き、呼吸を整えながら軽く身体を解している。

 そうして、寮に向かう方向に今度はツェシーリアが転がっていた。


「おーい、ツェシーリアー。 早く起きないと踏んでくぞー。」


 少し大きな声で呼びかけると、ツェシーリアはミカに向かって砂を投げてくる。

 だが、少々遠い上に投げるのにも力が入っていない。

 ただ砂が舞っただけの結果に終わった。


「もう、そんなこと言ったらだめだよ。」


 後ろからミカを窘める声が聞こえ、リムリーシェが小走りでツェシーリアに駆け寄る。

 そして、自分がそうしてもらったように、ツェシーリアの手を引っ張って起こしてあげた。

 …………が、やっぱり相当にきついようだ。

 立ち上がりはしたが、立っているのがやっとのような状態だった。

 おそらく単純な体力の限界というだけでなく、魔力も足りないのだろう。


「おーい、大丈夫かー。 歩けるかー?」


 近づきながら声をかけるが、返事は返ってこない。

 返事はないが、そこから動きもしない。


「おいおい、本当に大丈夫かよ。」

「…………。」


 ミカがリムリーシェの隣に並ぶと、ツェシーリアが何かを呟く。

 何と言ったのかは聞き取れなかった。


「何?」


 ミカが聞き返すが、返事は返って来ない。

 だが、ツェシーリアの表情は悔しそうに歪み、足がぶるぶると震えていた。

 それを見て、ミカはこっそりと溜息をつく。


「ほら、乗れよ。」


 余計なことは言わず、ツェシーリアの前にしゃがむ。

 少しだけ躊躇うような気配がしたが、ツェシーリアは素直にミカの背中に体重を預けてきた。


(……お、重い……。)


 ミカとて、そこまで余裕があるわけではない。

 一瞬、今からでも【身体強化】を使おうかと考えたが、…………やめた。

 さすがにそれは、デリカシーがなさ過ぎるだろう。


 ミカは密かに気合を入れ、しっかりと立ち上がる。

 リムリーシェが横から、「いいなぁー。」と言ったのは黙殺。


 ついでに、耳元で微かに聞こえる鼻をすする音も聞こえない振りをした。




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