第38話 浴衣と祭りと浮かれ日和8
日曜日の市民プール並みに人々に推されている俺は、気付けば人だかりのせいで逸れてしまったのだ。大塚の事を少し馬鹿にしていたのだが、これで俺も人の事を言えなくなってしまった。
兎にも角にも皆んなと合流しなければいけない。そのために俺は手を挙げて叫ぶ。
「おーい、俺はここに居るぞ!!」
しかし、人々の雑音により俺の声は思ったよりも響く事はなかった。しかし、幸いな事に俺の声に気づいた橋田が俺を呼ぶ。
「璃くーん!!」
手を挙げ、アピールする橋田に、俺はこの光景と言葉でまた過去の事を思い出した。
また過去の記憶だ。あの時の少女と花火大会に居たことを思い出す。しかし、その時もかなりの人だかりで俺は1人、迷子になってしまっていた。あたりは背の高い大人ばかりで、まだちっぽけだった俺にとってはどうしようもなく不安な時間だった。そんな時、平然と俺の場所を当て人々の足元を抜け俺を引っ張り出してくれた人がいた。そう、その少女だ。そして、その少女はこう言うのだ。
「向こうの草むらで花火を見よう。あそこなら誰もいないぞ!!」
あぁ、そうか。思い出した。
俺は人々の流れに抵抗し動き回る人々を押し除け、橋田の元に向かう。
「橋田ー!!」
俺の叫びに気づいた橋田は手を掴み、俺たちは人混みから脱出する。そして、出来るだけ人気の無い草の上、人混みに疲れ間抜けの殻になった俺たちは草の上で寝っ転がる。暫く空を見ていた。手を引いていた時、橋田はどんな顔をしていただろうか。暗すぎる夜のせいでわからなかった。
「.......助手よ。感謝するぞ」
「良いって事だ。そう言えば、他のみんなは?」
「人の流れに乗って遥か先まで進んでいってるのかして遥か遠くに絶叫している明菜が見えました。」
あいつらしいな。
「そうか.......。それにしても特等席だな」
俺がそう答えると橋田は笑顔で小さく頷き空を見上げた。
「たまには静寂も必要なものですね。人間は。」
珍しく感情に浸る橋田であった。俺はこのタイミングで気になっている事を聞く事にした。
「.......なぁ、覚えているか。数年前の夏祭りを。」
「数年前の夏休み........ええ、覚えていますとも。あなたがいた事、そして私がいた事も。」
「俺は思い出したんだ!」
そう言った瞬間橋田の頬が赤く染まる。ヤカンのように頭から煙を出して顔を90度こちらに傾ける。
「ッっ、ええええ。思い出したんでか?」
「うん」
「ぷいぷいぷい.......」
「なあ、お前はあの時交わした、あの約束を覚えているか?」
橋田は恥ずかしそうに立ち上がった。
「......我は忘れた事は一度もありませんよ。いつでもあなたを望んでいたのですよ。あの日から、今の高校生になるまでも。そして、どうにか貴方が思い出してくれる事願っていたのですよ」
「そうか........」
俺がそういうと暫く沈黙が続いた。沈黙の中、静寂に混じる人々の声がどこか遠く聞こえる。そして、花火が上がり橋田は空の方に向いた。小さな花火が余興として夜空に無数に打ち上がっている状況だ。恐らく前座の花火だろう。
さて、今日この日の違和感。それは何処かに置き忘れてしまった記憶の行方。そして、時折出てきた謎の少女。彼女の存在など気にも留めてなかっただが、今の俺にはわかるんだ。それはすごく大切でかけがえのなくて、忘却では済まないような記憶だと。いやまて。なんどか十分にヒントはあったはずだ。ふっふっふっ、と謎の自信で現れて何事も全て解決しちまうような奴なんてこの世にたった一人しか居ないはずだろ?俺がちょっと鈍感すぎたのか?それとも現実から背けていたのか?違う。そんなんじゃねぇ。ただ気付け無かっただけだろう。確かに俺は彼女としたのさ。何年も前からずっと前に、ゆびきりげんまんまでしてな。あの時の約束。
ー10年後の花火大会で、また会おうと。
つくづく数奇な事があるもんだな。俺はここまでの道のりを予想していなかったし、ましてや予定もしてなどいなかった。では、何故俺はここにいる。それは、橋田に望まれたのだ。橋田の持っている現実改変能力はそもそも何のために生まれたのか。それは彼女自身のわがままなのか?それとも神の悪戯なのか?答えはNOだ。冷静に考えてそもそも10年前に能力を使っているのかさえ不明だ。だが、こうなる状況になったのも橋田の影響だ。ならば、俺が答えるしか無い。答えてやるしか無い。
空白を埋めるんだ。
一度上の花火を見て、胸を撫で下ろす。深呼吸し、そして俺は彼女に言った。
「愛菜......」
そういうと、橋田が振り向き空には大きな花火が打ち上がった。
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