第2話 召喚の儀

 暫く沈黙し、彼女はその詠唱のタイミングを見計らっている。

「生贄に捧げられし、肉よ。我が血肉となり力を与え給え!!」

 そして、唐突に召喚の儀が始まる事になった。

 生贄って、もしかしてこの卓上の石鹸の事か?理科室の卓上には使いかけの石鹸が置かれていた。ちょっと泡が付いている。

「違わぬものは消え失せて、闇に染まれし我の名の下において、哀れ也生物が此処に襲来する事を歓迎しよう。〈サモンズ・ブラッド!!〉」

 部屋の中で彼女の詠唱が響き、幾度となくこだまする。

 しかし、部屋はただただ沈黙するだけで、猫が召喚される訳でも、何か厄災が起きた訳では無かった。

 まあ、予想通りだ。あくまでも厨二病はニセモノの病。もしも、魔術などと言う類が使えるのであればそれこそはホンモノだ。

 だが、そんな事は安易に起こるはずもない。そういうファンタジーめいた事象は完全無論フィクションの中の話だけだ。そう易々と能力に近しいモノなど持ち得ている筈が無い。

 俺自身がニセモノだったからだ。

「はは、やっぱり何も起きないな。厨二病ゴッコも良いけどよ、そろそろ卒業出来るようになろうな。」

 俺は特に用もないので教室から出ようとした。休み時間も残り10分を切り、俺は急いで弁当を食べなければならなかった。

 しかし、足を三歩ほど進めた時、異変が起きた。この部屋の中からは雷のような音が鳴り響き、途轍もない暴風が吹き荒れ、俺は柄にも無く吹き飛ばされてしまった。壁に吹き飛ばされ情けない事にしばらく俺は動く事ができなかった。

「いっててて、なんなんだよ。」

 そう思い、視線を上げると猫がいた。さっきまでここに居なかった筈の猫がいた。目の前には動いている猫がいた。

「ねこっ!?」

 ああ、そうか。俺は吹き飛ばされた時の衝撃で幻覚を見てるんだな。そうだよな。そうだと言ってくれよ。そうでなければ、俺は本物の召喚術式を見てしまったことになる。

 きっとアレだ。最近ストレスが溜まっていてその幻覚的な体験が俺を癒そうとしているのかも知れない。そうだそうに違いない。

 だが、試しに猫を触ってみた。すると、もふもふしていて触り心地がしっかりあった。

 ああ、あり得ない。でも事実だ。

 この猫の可視化を踏まえると、あの胡散臭い詠唱めいた物の存在を俺は認めざるを得なくなってしまった。

「ふふふ、やはり成功しましたか。今日は調子が悪いのでどうなる事かと思ったのですが。」

「どう言うトリックを使った?」

「ぷいぷいぷい。トリック?言葉を真違えているぞ。」

 何処が?

「黒魔術だ!!」

 いや、そこは別に触れなくて良い。っていうか黒って付ければなんでも良いわけじゃ無いから。

 ただこの橋田マナ。只者ではない。一体何者なんだ。

「お前は何者なんだ!?」

「ふっ、なにを今更。我は世界を闇で操るもの、そう我名はダークウィザード。」

「何故こんな事が出来るんだ!?」

「ふん、そんなに知りたいのであれば特別に教えてやろう。我が内に秘めた闇に気付いたのは14の年頃のとき。その時の私はまだ未熟で、詠唱を普通に言うだけでは全く独り言と一緒だった。だが、我が偉大なる呪文を覚えているうちに。この暗号に気付いたんだ。そう、keyを解除した!!」

 独特な言い回しが多いためおおよそ半分の内容しか理解する事が出来なかった。

「だが、お前は見てしまった。これは本来は人に見られてはならない禁句なんだ。だから、その代償を払って貰うぞ!!」

 橋田はニヤリと笑いこちらに近づく。一体コイツは何を企んでやがる。俺はその闇の陰謀的な事に巻き込もうと言うのか?俺は残念ながら何の特殊能力も無く、何の取り柄もないカス人間だぞ。

 そして、橋田は次の言葉を発した。

「ようこそ、我助手!!私はお前を歓迎するぞ!!」

 橋田は俺に手を差し伸べる。

 俺は意味が分からなかった。

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