第78話 わたしの長い話
テオがわたしの両手に触れた。温かい手にドキドキする。
「ミア、こんな場所で話す内容ではないかもしれないけど、今、言いたいって思ったから言うよ」
「う、うん」
テオの言葉でわたしは緊張のあまり、頭から足のつま先まで熱くとろけそうだ。
「カッサスへ戻るということは、言ってはならない国に最も近い場所にいるということだ。もし、俺が言ってはならない国に戻ることになっても、ミアはカッサスで待っていてくれないか?」
「……え?」
一瞬、頭が真っ白になった。
わたしの中でテオと離れるという選択肢はない。
「な、なんで……?」
「落ち着いてミア。俺は、別れる話をしているんじゃない。どんなことがあってもミアと一緒に幸せになる道を選ぶ」
「どういうこと?」
言葉で縛るのは嫌だから……、と小さい声でテオが言った。
「今の俺は記憶を失っている。ミアが知っているテオと俺は別に思えるかもしれないけれど、今の俺はちゃんとミアのことを見ているから、それだけは信じてほしい」
わたしは思わずテオに抱きついた。
これは、別れの言葉じゃない。
これだけは自分に言い聞かせた。
「わたしも……。記憶を失ったテオも今までずっとそばにいてくれたテオもどちらもわたしの大好きなテオだよ。信じてる」
テオがぎゅっと抱き返してくれた。
テオの背中は固く温かい。
廊下は誰もおらずシーンとしている。
気が付けばテオがかがんでわたしにキスをしてくれていた。
優しいキスに体が固まってしまった。
「マエストーソに先に奪われなくてよかったよ」
とテオが照れ臭そうに笑った。
わたしの頬を涙が流れていた。テオがそっと涙をぬぐってくれた。
「転送されなくてよかった……っ」
「え?」
「テオのそばを離れるなんて考えられない。マエストーソの時は、キスするなんていいのかなって、不安でいっぱいで、でも、初めてのことで期待する気持ちもあったけど、テオは違う。テオと離れたらわたしはきっと生きていけない。前も言ったけど、灰になってもどんな形になってもテオを追いかけると思う。でも、テオが待っていてって言うなら、待つ。でも、離れないって約束して、お願いっ」
「ミア……」
ちぐはぐなことを言っているのは分かっていた。
でも、テオとマエストーソは全然違う。
マエストーソを好きだと思っていた気持ちと、テオの好きな気持ちが全く別のものだと今ならわかる。
「灰になってもなんて言わないでくれよ」
テオが少し悲しそうに言った。
わたしの涙はいっこうに止まらない。
すると、わたしの部屋のドアが開いてジェニファーが顔を出した。
「な、何事ですかあ?」
寝ていたのだろうか、目をこすりながらドアを開けて、わたしたちをみるとひゃっと飛び上がった。
「こ、これはっ。失礼いたしましたっ」
「待てっ」
テオが焦ってジェニファーを呼び止めた。
「は、はい。テオドア様」
「ミア、落ち着いて、俺はそばにいるから。大丈夫だから、な?」
「うん……」
ひっくひっくと泣いているわたしの背中を撫でてくれる。
ジェニファーが少し困った声で言った。
「ミカエラ様?」
子どもみたいなわたしをあやすテオ。
ジェニファーはどうしていいか分からないようで、おろおろしている。
「ごめんなさい……。もう、大丈夫だから……」
泣いたりして恥ずかしい。
わたしはテオを見てほほ笑んだ。
テオは安心したように頷くと、ドアが閉まるまで、部屋に入るわたしを見ていた。
部屋に入ると、ジェニファーが紅茶を淹れてくれた。紅茶の香りで少し落ち着いた。
「何かあったのですか?」
「うん……」
テオがキスしてくれた。
思い出すと、顔がほてった。
「あら?」
ジェニファーがびっくりした声を出す。
「どうしたんですか? キスでもされたんですか?」
「ど、どうしてわかったの?」
「え……」
ジェニファーが口をつぐむ。そして、不思議そうに言った。
「キスされたから泣いたんですか?」
不思議そうなジェニファーの言葉を聞いていると、思わず笑いが込み上げてきた。
泣いたり笑ったり、嬉しくて仕方なかったのに、突然、悲しくなったり。
自分でもこの感情に揺さぶられっぱなしだ。
「うん、あのね、ジェニファー聞いてくれる?」
「はい!」
ジェニファーが屈託のない笑顔で答えた。
「長くなるんだけど――」
わたしの長い話が始まると、ジェニファーは静かに耳を傾けてくれた。
あまりに長すぎて、気が付いたら二人で眠っていたのだけど、ね。
『救世主というより、ただのミアのほうがしっくりくるんです。』 第一部 終わり
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます