第5話 天才幼児? ミア!?
「もうすぐ町が見えてくるはずだ」
そう言ったのは、魔法使いの男性、ジェイクだった。
ゴーレが襲ってきた騒動のあと、休息をとり、翌朝も早く出発することになった。
ゴーレが襲ってきた日の夕方、わたしとテオは、アメリアのテントの近くに夜営を張り、その時、初めてジェイクを紹介された。
アメリアよりも少し年上の男の人。
ジェイクを見たときの印象は、マエストーソと同じだ、ということだ。外見や性格のことではない。
マエストーソの年齢は21歳で、ジェイクもそれに近い年齢に見えたのだ。
ジェイクの瞳は、テオの言う貴族ではなかった。優しいアンバー色をしている。
いや、アンバー色が貴族ではないのか。何色を貴族と平民に分けているのか、その定義もわからない。
ジェイクは、体を鍛えているのかたくましく身長が高かった。髪色は金髪だ。
わたしがあんまりじろじろ見つめるものだから、ジェイクは膝を折ると、わたしの顔を覗き込んだ。
「俺の何をそんなに見ているんだ?」
と、低い声で言った。
怒っているわけではない。冷静でクールな人に見えた。
わたしは答えられず、無言で首を振った。
「アメリアからこれを渡すように頼まれた」
ジェイクが持っていた本を渡してきた。
ミアが持つには重く、分厚いその本の端々は擦りきれて、よく読み込んでいるように見えた。
本を開いて驚く。ラテン語で書かれていた。
わたしはドレーテだったとき、村の本はほとんど読んでしまう程の本の虫と言われていた。ラテン語の本もあったからなんとか読める。
わたしがそれを読み始めると、ジェイクが顔をこわばらせた。
「まさかと思うが、読めるのか?」
嘘をつく必要がないので頷くと、嘘だろ、とジェイクは呟いた。しかし、冷静な彼はふうっと深呼吸しただけで真顔に戻った。
「その本はミアに持っていて欲しいそうだ。大切な本だからなくすなよ」
「あい!」
アメリアがわたしのために本を。
嬉しさのあまり、わたしは本を抱きしめた。
隣にいたテオは、ちょっと貸してみてと言って本を受け取り、ページを開いて言った。
「ラテン語は俺も少しだけ習った」
そう言って読み始めると、ジェイクはやれやれ、といった風に首を振った。
テオはやはり教養を身につけた高貴な男の子なのだ。
中身が十六歳のわたしならともかく、まだ、十歳にもなっていなさそうなテオが、ラテン語を読めるなんて。
彼こそ頭がいい。
「それから、俺は魔法が使える。魔法でジニアまでの地図を作成しながら進んでいるんだ。そして、アメリアから、ミアの教育をするよう頼まれた」
「なんだって?」
テオが、本から顔を上げて驚いた。
「ミアには魔法の才能があるらしい。アメリアが言うんだ。間違いない」
テオは言い返さず黙っている。
「今日はもう休もう。明日は早いからな」
それだけ言うと、ジェイクはテントを出ていった。
夜、テオと一緒に眠りながら、少しだけ話をした。
「ねえねえ、テオ」
「ん?」
テオは返事をしながらもウトウトしているようだった。
「ちぇんちょーは、いちゅまでちゅちゅくの?」
「ゴーレがいなくなるまでだ」
「ゴーレはわるいこにゃの……?」
それを聞いてテオがビクッとした。
「俺たちの母上を殺したんだぞ」
「ごめんなちゃい……」
「俺たちには救世主がいる。アメリアが何とかしてくれる」
テオの言葉はまるで自分に言い聞かせているように思えた。
救世主って何?
アメリアも言っていた。
救世主の証しを持って生まれたと。
その証しはいつか見せてくれると言った。
アメリアは約束を守る人だ。
そう信じてわたしは目を閉じた。
テオも静かに寝息をたて始めた。
翌朝、予定どおり早朝に出発して、昼前には町に着いた。大きな町だったが、人の姿はあまり見えない。
アメリアとジェイクは、町の有力者に話があるから、と二人で行ってしまった。
わたしたちは町に入る前に、整備されていない原っぱにとどまり、アメリアたちを待つことになった。その間、わたしたちはポリッジを食べてのんびりとお話をしたり、休憩をとったりした。
待つ間、アメリアから渡された本を読んでいると、まわりにいつの間にか人だかりができていた。
「ミアは本が読めるの?」
中年に差し掛かる年齢の女性が感心したように言った。
「なんて書いてあるんだい?」
わたしは数行目に書いてある散文詩を読んでみた。
「ちぇいなるあなちゃたち。きけんをおかち、けかをおっちゃもにょに、せいゆをしょしょく。ちぇいなるあなちゃたち、あくちゅうをはなちゅ、きじゅをふき、きよめりゅ」
おお! と盛大にみんなが手を叩いて喜んでくれた。
「何を言っているのさっぱりだけど、ミアは天才だね」
変人とはよく言われたが、天才とは初めて言われた。誉められるのは嬉しい。
「ありあとう」
お礼を言うと頭を撫でられ、なんとなく気分がよくなる。
すると、ジェイクとアメリアが戻ってきた。
「受け入れてもらったわ。この町にとどまりたい人は残っていいわ」
それを聞いた人々は、安堵した顔で手を握って喜んだり涙ぐむ人もいた。
「この町の三分の一の人間はどこかへ行ってしまったらしいけど、この先に安全な場所があるとは限らない。ゴーレさえ空から降りてこなければ安全に住めるわ。言ってはいけない言葉と恐怖を感じなければ、ゴーレを呼び寄せることはないわ。みんな、幸せになる道を選んで」
アメリアがそう話していると、ジェイクがわたしたちのそばに来て、さらに詳しく説明してくれた。
旅の途中で、安全な場所と受け入れてくれる町があれば、できるだけ多くの人にそこにとどまるよう伝えているという。
アメリアたちの一行は、孤児や住む家をなくした人ばかりだからだ。
住む家がなくて一行に加わる人はどんどん増えているという。
「私たちも何日かはここでとどまるわ。みんなの安全を確認したらジニアに向けて出発します。それまで、とどまるか進むか考えてみて」
アメリアの言葉にみんなが頷いた。
「さあ、みんな町へ入りましょう」
アメリアがわたしを見てにっこり微笑んだ。
「ミア、こっちへおいで」
テオがわたしの手を引いてアメリアのそばに行った。アメリアに抱き上げられる。
「約束のものを見せてあげるね」
アメリアはそう言った。
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