11 暗い森の中へ
(※エリオ視点)
自室に戻ったエリオを待っていたのは、仏頂面の幼馴染みだった。
幼馴染みの名は、カイエン。背の高い男で、アペニア山脈の頂で採れる氷石のように、硬い表情をしている。
「お前の護衛を命令された」
「そ、そう。よろしく……?」
「……」
用件だけ言った後は、無言。
彼はエリオより一つ年上で、故郷フォレスタで共に槍術の訓練をした仲だ。エリオは槍が得意ではなく下から数えた方が早いが、カイエンは一番強い。そして、その頃から、世の中に嬉しいことは一つもないと主張するような硬質な表情だった。
帝国に留学してから会っていなかったから、実に数年振りの再会である。しかし、カイエンは旧交を温める気は毛頭ないようで、槍を抱えて壁際に突っ立っている。
エリオは無視して、寝台に入るしかなかった。
「……エリオ!」
深い眠りは、ラルクの呼び声によって覚まされる。
何事かと飛び起きたエリオが目にしたのは、部屋に入ろうとしてカイエンに槍を突き付けられているラルクの姿だった。
「カイエン、槍を引いてくれ。彼は僕の友人だ」
エリオがそう主張しても、彼は槍を引かない。
「こいつは帝国人だ」
「違う。ラルクはもう、フォレスタの民と同じだ。故郷を裏切って、僕たちに付いたんだから。槍を引け、カイエン!」
語気を強めて言うと、カイエンは僅かに目を見開き、こちらを見た。普段、大人しい雰囲気のエリオが、強く言ったので驚いたらしい。
ラルクの方は冷静に、槍の穂先とカイエン、エリオを順繰りに見ている。
「エリオ、街の外に大勢の人間が潜んでいる。フォレスタ侯爵の手下でないなら、敵じゃないか」
天使である彼の言葉には、信憑性がある。
エリオは急ぎ、寝台から出て剣を掴んだ。
「カイエン、父上に知らせてくれないか。
「どうしてそんなことが分かる」
「ラルクは天使だ。普通と違う。天の意思が、僕らに味方していると思えば良い」
カイエンは迷ったようだが、槍を引き、廊下にいる見張りの兵士を呼び止めて、エリオの命令を伝えた。
その間に、エリオは簡易の皮胸当てを装備し、上着を羽織る。
明らかな外出の準備を見て、カイエンは低い声を出した。
「どこへ行く?」
「森へ。ラルク、付いてきてくれないか。
(※ラルク視点)
とんでもないことを言い出したエリオに、幼馴染みだという男は呆気に取られているようだった。無理もない。エリオは大人しいお坊ちゃんに見える。自分も親しく接するまでは、エリオの負けず嫌いで無鉄砲な性格を知らずにいた。
きっとカイエンは、皇子相手でも堂々と言い返すエリオの一面は知らないだろう。
「俺も付いていく」
我に返ったカイエンは、エリオの護衛として同行すると言い張った。
こうして三人は、夜の森を探索することになった。
明かりを使うと敵に見つかるので、真っ暗なまま進むしかない。ラルクは天使であるためか、僅かな月光でも森の中が見えていた。
「エリオ、俺から離れるな」
友人の手を握りしめ、夜の森に足を踏み入れる。
見える自分が先導しなければならないと、咄嗟に取った行動だった。エリオは少し驚いたようだが、すぐに順応する。
「……」
「これしかないって、カイエン。我慢しろよ」
後ろでは、エリオとカイエンが手を繋ぐかで揉めていた。
そりゃそうだろうな、何が悲しくて男同士密着しなければならないのか。
「エリオ、
人間の気配は分かるが、どいつが首長かなんて分かる訳もない。面識があるとすれば、エリオだけだ。
ラルクは慎重に進みながら、問いかける。
「あるよ。
無茶を言ってくれる。しかし、人間と狼が一緒にいる場所を探すことは出来るだろう。それが目的の首長かどうかは、行ってみないと分からない。
ラルクは、無意識にエリオの手を強く握りしめる。
「行けるか?」
「お前、俺を誰だと思ってる」
天使様だぞ、と冗談混じりに言うと、エリオが笑う気配。
繋げた手から彼の信頼が伝わってくる。
それと同時に、森の気配が変わった。
空気が温かくなるような感覚に、ラルクは不思議に思う。
なんだこれは。能力が拡張されたような、あるいは逆に、森に受け入れられたような……
ラルクは、その意味について考え、ある推論に至る。
もしかして、王が天使を必要とするのではなく、天使には王が必要なのではないか。天使は人間を介して奇跡を振るうのだとすれば……いくつかの仮説がパチリパチリと組合わさり、一つの回答を描きだす。彼は天使の秘密の一端を理解した。
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