第15話 一ノ瀬修 孤独の成人式
夏が始まったと言わんばかりに気温がぐんぐん上昇する七月の中頃の太陽が真上に上がる手前くらいの時
「はぁ〜~~(クソデカため息)」
「なんですか局長、そんなため息ついて、幸せが逃げていきますよ」
執務室で書類の作成を
先日警視庁でちょっと喧嘩したせいで面倒なことになったし、渦中の連中の足取りは全く掴めないし、忙しくて寝れてないし、カブトムシ、お腹減ったし、カブトムシ....
「危なかった〜、危うく天国へ行くとこだったよ」
「局長、寝てください。本日で何徹目ですか」
「カブトムシ...」
「駄目だこいつ、早く何とかしないと....とりあえず寝ましょうよ。休息も大事な業務ですよ」
愛する部下の頼みならと午後は休息をとった、仮眠室で横になると直ぐに意識は飛んでいった
……
…
「一ノ瀬はよく出来た子だな」
懐かしい声が聞こえる
いきなり私の前から消えてしまった人、追いかけていきたかった人、一緒に行けなかった人
「柊先生、そんな子供扱いしないでください!」
頭をガシガシと撫でてくる手を払い除けて崩れた髪型を直す
払い除けられた手を見て柊先生はニコニコにしながら机と向き合った、机の上にはコーヒーと私の警視庁公安部に配属となる旨が書かれた書類が置かれている
「それで柊先生、お願いというかなんと言うか..」
「ここを出ていくのかい?」
先生が私が言おうと思ってたことを言い当てて少し驚くが、この人だったらそのくらい簡単だろうと自分で納得してしまった
「はい、私も二十歳になります。自立しなければいけないと前々から思っていたので」
私は十四歳の時両親を事故で亡くし、親戚にもたらい回しにされていたところをこの人に拾われた
先生は研究者であるので家に居る機会は少なかったが、よく私の勉強をみてくれた
おかげで私はそこそこいい高校に進学し、警察学校に入学、首席で卒業できた
先生の恩返しができるように私も研究者となり、サポートしたいと高校生になった時に話すと
「それは嬉しいよ、君のような優秀な助手がいると研究が捗りそうだよ。けど君だけの人生を私に使うのは勿体ないな、君が本当になりたいものがそれになった時にまた私に話に来てね」
と、私に好きに生きろと助言をくれた
その後私は幼き頃からの夢であった警察官を目指した
警察官を目指すと先生に伝えた時、先生は笑顔で
「そうかい、頑張ってね」
とだけ言って次の日には何冊ものの参考書を買ってきたのは覚えている、そして先生も全然専門ではないはずなのに参考書を読み込んで私の理解できないところの教鞭を執ってくれた時もあった
これまで私の面倒をみてくれたのは感謝している
このままろくに恩返しも出来ないまま出ていくのも正直気が進まない
でも、今の私に先生の役に立つことは出来ない、それならこれ以上迷惑はかけられない
「一ノ瀬くんはいつここから居なくなってしまうのかな?」
少し寂しそうな声で先生は聞いてきた
ある程度はもう準備も進めていたのであと一ヶ月もしたら出ていくと言うと私の顔を見ずに
「分かった」
とだけ言った
寂しさを感じているのかその声は少しか細く震えていた
静かな時間が過ぎていく、私にはこのような時に話題を出せる程の度胸がなかったのだ
二人とも微動だにせずしていると部屋の外から足音が近づいてきた
「お父さん、修兄さん、夕食が出来たって」
先生の息子さんの
この時は確か中学生だったはずだ、流石先生の息子さんと言えるくらい頭が良いけど身体が弱くて病院のベットの上にいる時間の方が今のように活動出来る時間よりも長いと思う
「今行きます」
返事をしてから私と先生は部屋を出た
食卓に着くと次男の真人くんが座って待っていた
この時は真人くんも小学一年生だったと思う
懐かしいな、まさか昔の記憶を見ることになるとは思わなかった
その後はちゃんと一ヶ月後に私はあの家を出たんだっけ?
私が公安部に配属されて数ヶ月経ち、一人暮らしは段々慣れてきて自炊くらいは出来るようになった
私は度々先生の研究室に来て話をするくらいには余裕のある生活を送っていた
先生は身体が不自由な人が自由に動けるようにするために脳関連の研究をしているようだった
しかし、どんなに幸せな時間もいつか終わるのだ
先生の奥さんが交通事故に遭った
何とか一命は取り留めたが動かなくなってしまった
暖かくて静かに呼吸しているのに、二度と動くことはない
六年間私の衣食を支えてくれた人だ、実母のことを忘れた訳では無いがもし私が結婚するなら母親の席に座って欲しかった人だ
私も辛かったが、それ以上に辛い人がいる
「先生....その....」
なにか励ましの言葉をかけてあげたいが言葉が出てこない
すぐそこまで喉まで来てるのに、声が出ない
「情けないよな」
先生がつぶやく、私が反応するよりも前に次々と言葉を紡いでいく
「どんなに知識を蓄えても、どんなに見識を深めても、どんなに願っても、もう彼女は帰ってこない。私はここで彼女の寝顔を見ているしか出来ないんだよ。私は.....私は...」
私は初めてここまで弱っている先生を見た
支えてあげないと、今先生を支えられるのは私しかいない
「柊先生、私がいます。私が貴方を!」
「一ノ瀬くん、少し息子達と一緒にいさせてくれ」
そう言って先生は病室から出ていった、私を置いて
先生の言葉が頭に入ってこなかった
理解出来るのに理解したくない、でも今の私の状況が全てを説明している
「そんな...先生...私は..違うのですか」
血は繋がっていない、六年程度一つ屋根の下で同じ釜の飯を食べただけだが、親を突然亡くした私にとっては家族同然だった
全身の力が抜けてくのが分かる、視界が歪んでいく、頬に水が流れていく
真っ白の頭で浮かんでくるのは先生の顔だ
初めて会った時の優しい顔、私に勉強を教えてくれる時の真剣な顔、悪戯が見つかった時の困った顔、私が出ていくと言った時の少し寂しそうな横顔
「そうだよな、私は先生の...」
全て言ってしまったら駄目と思い、言葉を飲み込んだ
立ち上がって私も病室を後にした
私は嫌な事を忘れるために仕事に打ち込んだ
そうして一年が経った
先生とはあの日以降から会う日は極端に減った
あの言葉のショックが大きかった事もあるがそれ以上に私はあの人が怖くなった
あの人は変わった、どんどん非人道的な方向へ走って行くあの人が怖くて近づけなかった
私にはあの人を止められなかった
正月、三賀日も終わって仕事が本格的に始まった
今年は私も成人する、えっ?今の日本は成人は十八だって?私の日本は二十だよ。何言ってんの?
そんな事は置いておいて私も成人式に出席する事になった
成人式当日
沢山の人が晴れ着を身にまとい、晴れやかな表情で出席していた
式が終わり各々楽しく写真を撮ったり、話をしたりしている
親御さんも来ているようで感動で涙を浮かべていた
「先生は当然来てないよな」
分かっていた、けどもしかしたら来てくれるかもと淡い期待を抱いていなかったと言ったら嘘になる
あの言葉はショックで間違って言ってしまったとか何かの間違いだと思いたかった
しかし今この場に先生はいない、この事実が私に現実を突きつけてくる
帰ろう、と少し歩き出すと後ろから声をかけられた
まさか!と思って振り返る
「せんせ!......い...」
振り返った先にいたのは前澤だった
私と同じような和装で笑顔で近づいてくる
「何帰ろうとしてんだよ!写真撮るぞ!」
強引に連れていかれて写真を何枚も撮られた
前澤の親だろうか男女が撮影協力をしている
みんな笑顔だ、私も写真撮る時くらいは作り物だが笑顔を貼り付けた
前澤達が楽しそうに笑うと私にはもう一生手に入らないモノだと再認識してしまう
前澤とは別れて帰路につく
着物がさっきよりも重く感じる
「ただいま」
家に帰って着物を脱ぐが身体の重りは取れない
私は薄着のまま寝てしまった
……
…
どれくらい寝ていただろうか
目が覚めると治安局の仮眠室だった
とても長い夢を見ていた気がする
「おはようございます。局長」
近くから声が聞こえる、と言うか真横から
ゆっくり顔を声の方向へ向ける
「𝐺𝑜𝑜𝑑 𝑚𝑜𝑟𝑛𝑖𝑛𝑔、局長♪」
同じベッドに前澤が入り込んでた
この状況ですることは一つ
「アデッ!い、痛いです局長!蹴らないで、落ちちゃうから!待ってァー!」
前澤を蹴り落として私も起き上がる
仮眠室の机にはまだ湯気の上がっているほのかに珈琲豆の香りがするコップが置かれている
前澤が入れてくれたのだろうか
コップを手に取り口にする
「苦っ!!! えっと砂糖は...」
「局長ブラック駄目なんですね」
机に手を置いてゆっくり頭が出てきた
モグラ叩きの要領で叩き潰してやりたい頭してやがるコイツ
スティック砂糖を見つけてとりあえず五本コーヒーに入れて飲んでみる
「悪くない」
「多くないですか?体に悪いですよ」
いちいちうるさいヤツだな、まぁ悪い奴ではないんだけどな
このコーヒーだって前澤が私のために入れてくれたのだからな、ベッドに何故入っていたかは怖いので聞かないこととしよう
「さて、仕事だ仕事」
「えっ!? 働くの局長!?」
心底驚いたような顔と声を出す
当たり前だろ休んだのだから
前澤も諦めたのか仕方ないなぁと言いながら立ち上がる
「うちのトップは仕事が好きみたいだな。早く終わるように、俺も付き合うぜ」
前澤が手伝ってくれたおかげで無事に徹夜しました
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