東京ライムライト
一の八
第1話
この街では、誰もが忙しそうに足早に去っていく。僕が知る限りのイメージでは、こんな感じでしかないと思う。
毎日、毎日、通勤電車に揺られ、会社へと出社する。あれほどの満員電車でも誰も文句も言わずに乗り込む。
僕は、そんな当たり前にどこか違和感を感じていた。
「おはようー!しゅん!」
声をかけてきたのは、大学で知り合い仲良くなった雄太だった。
はじめは学部のキャンパスで見たことがあるくらいの印象で喋ることもなかった。
だけど、ある事がきっかけで雄太とよく話したりするようになった。
それは僕は音楽が好きで、家の近くのレコード店に行った時の事だった。
そこのショップは、ジャス、ロック、ヒップホップなど数多くあり、
海外のバンドを中心に取り揃えていた。
普段からよく行く店で、新しいレコードを探していると
レジの前でレコードを片手に店主と何やら話し込んでいる奴がいた。それが雄太だった。
何だか変なやつだなと感じたけど、雄太が手にしていたレコードがまさか自分が好きなバンドじゃないか!
そんなこんなで、
同じくマイナーなバンドが好きというを知ってからは学校でもよく話すようになった。
「おはよう!お前、朝から元気だな。」
「何を言ってるのだい!こんないい日にテンション上がらない方が変だろ?それにもうすぐだろう?」
あっそうか、もうすぐだったな…
「あっわりぃ、俺はパスしておくわ。」
「なんでだよー?持ったないじゃんかー」
次の土曜日に合コンが行われる予定だった。しかも、メンバーは、学祭のコンテストと選ばれた子の美人ばかりだという。
「なんかさぁ、気分が乗らないんだよなぁ」
「なんだ、それは?君はこんなに美人ばかりの飲み会に気分が乗らないとは、おかしいじゃないか!」
「おかしくは、ないだろ。」
というやりとりをしていたのは、つい3日前の事なのになぜ、こうなった?
「はい、じゃあ次の人ー?」雄太が言う。
「わたしは、マリって言います!趣味は、散歩です!よろしくお願いします。」
次の自己紹介が始まっていた。
俺は、雄太をチラッと見ると両手を合わして口パクで謝っている。
数時間前
「しゅん、今日どうしても来れないか?一人が体調不良を起こして、来れなくなってよ。人数足りないんだよ。」
「他の人は、いないのかよ?」
「他、当たったもダメだった。だからなぁ頼むよ。そうだな……よし!分かった、しゅんが来てくれるならとっておきのレコードを渡すから!」
「とっておき?まさか…!」
前々から雄太とレコードの話をしている時に雄太が俺が探しているレコードを持っている事が分かった。
「本当にいいのか?」
「まぁ、しゅんがそれで来てくれるなら、しょうがない!」
くそっ、完全に騙された。
「わりぃ、しゅん!
親父に相談したんだけど…やっぱりダメだった。」
「やっぱりって約束違うじゃんか!」
「まぁまぁ、そう怒らずに。せっかく来たんだから楽しんでいきましょうよ!」
会は、盛り上がりをさめる事なく次の会場へ向かう雰囲気になってきた。
「じゃあ!俺の歌声聴いちゃう?」
雄太は、ノリノリだった。
「イェーイ!いいね!カラオケ行こうか!」
何人か女性達は、盛り上がりみせていた。
「あっ、俺帰るわ。ちょっと、頭がふらふらしてきたから。あとは、みんなで楽しんで!」
俺は、言う。
「なんだよーよノリ悪りぃな。まぁ、いっか!」
「まぁ、いいのかよ!」
誰がツッコむ。
「シュン、今日悪かったな。また、別の機会で埋め合わせするから」
「あっ、そうだな!まぁこの後も盛り上げてくれ。」
俺は、雄太にそう言うと駅へ向かった。
駅までは、歩いて7分くらいで着く場所にあった。
ふとっ腕時計に目をやると、まだこんな時間か…
このまま帰るのもなぁ…
そんな事を思って歩いていると、行く時には気づかなかったがテナントビルがあった。
その中に「ライムライト」というbarが目に入った。
ライムライト…チャップリン?
昔の映画も好きだったので、気になっていた。
「時間もあるし、ちょっと怖いもの見たさに入ってみるか。」
正直、barって女の子を口説く時に使う場所でしょ?そんな下世話なイメージしか抱いていなかった。
テナントビルに行くと、地下一階にそのお店はあった。
重厚そうな扉に手をかけ開くと、薄暗がりの店内の様子が見えた。
店内には、店の雰囲気に合わせお客の邪魔になれない程度の音量のジャズが流れていた。
カウンターのみで静かな雰囲気と共にバーテンダーらしき人の後ろには、所狭しと知っているお酒から見たことのない高級そうなお酒まで様々なものが置かれいた。
店には、1人で来てるらしいと思うお客が2組いるくらいであった。
「いらっしゃいませ、お好きなお席にお座り下さい。」バーテンダーの男性が案内してくれる。
「では、ここで」俺は、緊張していた。
「こういうお店は、初めてですか?」
「えっ?なんで分かりましたか?」
「少し、緊張しているような雰囲気がこちらにも伝わってきたので」
「そうでしたか。」
なんとも恥ずかしい…
「お飲み物は、どうしますか?もしも決まったお酒が無いのでしたら今のご気分に合わせたカクテルをお出しする事も可能ですが…
如何しますか?」
「気分ですか?そうですね、少し疲れているのでスッキリした気分になれるお酒はありますか?」
「スッキリした気分ですね!分かりました。今からご用意しますね!」
そう言うと、バーテンダーの男性はグラスを用意してお酒を作り始めた。
そのバーテンダーの男性の動きは、どれも無駄がなかった…
グラスに氷を入れる、マドラーを使いクルクルと手早く混ぜ始める。
グラスの中に出た水を捨てる。
シェイカーにお酒を合わせたものを入れる。
それを上へ下へと繰り返す。
その姿は、まるで職人のようだった。
次にお酒をマドラーに当てながら直接氷に当たらないよう、丁寧にグラスに注ぐ。
最後のレモンを添えた。
「こちらをどうぞ!」
「ありがとうございます!」
お酒の名前を教えてくれたが、それよりもバーテンダーの男性の動きに魅力されていて、それ所ではなくなっていた。
こんな仕事があるのか。
俺の中で何かがバチっんと叩かれたような感覚に襲われた。
腕時計にチラッと目をやるともう電車まで5分に迫っていた。
「あっご馳走さまでした。もう行かないといけないのでお会計をお願いします!」
財布から現金を取り出すとトレイに置いた。
「ありがとうございました!またごゆっくりお越しください!」
バーテンダーの声を背に店を後にした。
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