第3話
わたしの心の中で、好奇心と恐怖心が戦っている。
タダならいろいろ買って、楽しんでみたい。
けれど、『只より高い物はない』というじゃないか。本当に、何かを受け取って良いものか。
悩みながら、道を行く。
アーチの近くまで戻ってくると、駅が見えた。
ホームで太陽のように眩しいライトがチカ、チカと光っている。
耳を澄ます。
『まもなく、地上行、各駅停車がまいります――』
あの列車に乗れば、地上へ戻れるのだろう。
けれど、また、ここへ来られるかどうかは、わからない。
今、この瞬間を逃したら、もう二度と、手に入らないかもしれない。
ここで何かを得たら、戻れなくなるなんていうことは、あるだろうか。
虹の線路を、列車が走ってきた。
この次の列車が、いつ来るのかは、わからない。
決めなくてはならない。けれど、ひとりでは決めきれない。
振り返る。
アーチの向こうに、カラフルな世界がある。
地上を見下ろす。
そこは、厚い雲に覆われているせいか、どこかどんよりと、暗く見えた。
「こんにちは」
背後から、声がした。
わたしはふりかえり、その声の主の、顔を見た。
幼い女の子だった。雲のトレーを引き連れて、ニッコリ笑っている。
「こんにちは。どうしたの? 迷子?」
「ええ? あたし、迷子に見える?」
「うーん。お店屋さんに見えるけど、わたしに声をかけてくるっていうのは、ほら。お父さんとかお母さんとはぐれちゃって、困って大人に助けを求めた感じがするっていうか、なんていうか」
「へぇ。そう。早く大人になりたいなぁ。……ねぇ。もう、帰るの?」
「え?」
「だって、駅のほうを見てるから」
女の子が、駅を指さす。遠くに列車が見える。どんどんと、駅に近づいてくる。
「ああ。悩んでいるんだ。わたしはここへ来るの、はじめてでね。何にもわかってなくて、だから怖くて」
「そっか」
「キミはここへ来るようになってから、どのくらい? けっこう長いの?」
「うん。割とずっといる」
ふと、自分はもう死んでいるのかもしれない、という考えが浮かんだ。
「すぐ行かないと、間に合わないよ? 乗る? 乗らない?」
「あの列車が行っちゃったら、次の列車ってしばらく来ないの?」
「うーん。わかんない。あれは、虹がないと、走れないから」
「虹、か。でもさ、今って、虹が出るような天気じゃないよね? あの虹って、何か特別な虹なの?」
腕を組んで、考え込む。列車が減速を始めた。
「あたしもよくわかんない。でも、うん。特別な虹。普通の、雨上がりとかに出るやつとは、違う。たぶん!」
今この瞬間が雨上がりだったなら、彼女の笑顔という太陽で、きっと虹が出たことだろう。
わたしは女の子と共に、虹の上を列車が駆けていく様を、見ていた。
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