ポンコツのわたくしが筆頭聖女なんて申し訳ないです

アソビのココロ

第1話

 癒し手を御存じでしょうか?

 王立治療院に雇われている回復魔法や治癒魔法の使い手のことです。

 日々ケガをした市民らに治療を施しています。


 では聖女とは?

 癒し手と何が違うのでしょう?

 これがわたくしを悩ませている問題なのです。


 わたくしはモースライゼン公爵家の娘アンジェラと申します。

 聖女なんて言われているんですよ。

 実力不足なのに大層な呼び名で、本当に恥ずかしくて。


 わたくしに貴重な聖属性の素養があって、回復魔法や治癒魔法を使えることは事実です。

 でもそれだけなんです。

 癒し手は務まりますけれども、わたくしには聖女と呼ばれるほどの魔力量はなくて。


 多分モースライゼン公爵家の娘であることが忖度されてるんですよね。

 おまけに王太子カールトン殿下の婚約者に推されて。

 いえ、あの、カールトン殿下はとても優しい素敵な殿方ですので、婚約者になれたことは嬉しいです。

 ぽっ。


 ここで新たな問題が発生しました。

 ウィットロック辺境伯家のオリビア様が聖女と認定されたのです。

 一時代に聖女が二人現れるのは珍しいことなんだそうです。


 オリビア様は大きな魔力量を誇る方ですので、聖女に相応しいと思います。

 わたくしも負担が減りますので万々歳でした。

 もうわたくしのようななんちゃって聖女は降格していただいて構いませんのに、何故かわたくしは筆頭聖女に持ち上げられてしまいました。


 またつい最近、メイストークス侯爵家のソフィア様も聖女認定されました。

 ソフィア様もまた聖女たる資格がおありの方。

 オリビア様もソフィア様も高位貴族の聖女ですし、わたくし必要ないのでは?

 カールトン様の婚約者もお二人のどちらかがよろしいのでは?


 ああ、でもわたくしはカールトン様をお慕いしているのです。

 どうしたらいいのでしょう?

 いえ、わたくしはわたくしのできることを黙々とこなすしかありませんね。

 それがポンコツなりの誠意です、はい。


          ◇


 ――――――――――新聖女ソフィア・メイストークス侯爵令嬢視点。


 私は『第三の聖女』と呼ばれることが多い。

 同時期に三人も聖女が現れることなんてこれまでに例がないそうだ。

 しかも同年代で三人とも高位貴族の出身者で。

 どう考えてもおかしい。

 意図的なものを感じる。


 意図的というのはやはり、王太子カールトン殿下の婚約事情に思考が向いてしまう。

 アンジェラ・モースライゼン公爵令嬢がカールトン殿下の婚約者となったこと。

 それ自体は特に問題はない。

 むしろ公爵家の令嬢が王太子殿下の婚約者になるのは当然だ。

 問題はアンジェラ様を聖女認定したことにあるのではないか?


 治療院でのアンジェラ様の様子を見ている限り、特に聖女らしいとは思えない。

 他の癒し手と同じ程度にしか魔力量を持たないため、筆頭聖女に診てもらおうと並んだ患者を捌ききれない。

 魔力切れで申し訳なさそうに去っていくアンジェラ様を何度か見た。


 ……アンジェラ様が悪い人というわけではない。

 むしろ周囲に気を使う、高位貴族らしからぬ腰の低い人で好感を持てる。

 アンジェラ様を聖女認定したのは、カールトン殿下の婚約者としての箔付けに利用されたという面があるのではないか?


 もう一つわからないのは、ここにきてオリビア・ウィットロック辺境伯令嬢と私が聖女認定されたということだ。

 しかしアンジェラ様が箔付けのために聖女認定されたという説が本当なら、ある疑惑が持ち上がる。


 カールトン殿下とアンジェラ様の婚約は解消されるのではないか?

 そして聖女を袖にしたという悪評を小さくするために、次の婚約者候補であるオリビア様と私を聖女にした。

 これなら話は通じる。


 ただ説明できない部分もある。

 私が聖属性持ちになって魔力が急に伸び、聖女と言って差し支えない実力になったのは、紛れもない事実なのだ。

 アンジェラ様の後釜としてオリビア様が用意され、私はたまたま聖女になっただけ?

 オリビア様や私は一人娘で、カールトン殿下の婚約者としては必ずしも向いていないという事情もある。

 ちょっとわからない。


 この辺オリビア様はどう考えているのだろうか?

 オリビア様はハッキリものを言う方だが、アンジェラ様に対する慇懃な姿勢を崩さない。

 アンジェラ様は格上の公爵令嬢だから当たり前なのか?

 思うところがあるのではないか?


「オリビア様、少々よろしいでしょうか?」


 今日はオリビア様も治療院の出の日だった。

 ぜひ話を聞きたい。

 オリビア様が快活な笑顔を見せる。


「うむ、もう引け時間だからな。昼食をともにしようではないか」


          ◇


 ――――――――――第二の聖女オリビア・ウィットロック辺境伯令嬢視点。


 目一杯奉仕した後の食事は美味い。

 しかし何ぞ?

 ソフィア様は不満があるようじゃないか。

 どうした?


「ソフィア様は妾に何か用があったかの?」

「オリビア様の意見を伺いたく思いまして」

「ふむ?」

「アンジェラ様のことに関して」


 筆頭聖女アンジェラ様か。

 ああ、ソフィア様の言いたいことは大体わかった気がする。


「オリビア様や私が聖女なのは理解できるのです。それだけの魔力がありますから」

「ふむ、アンジェラ様は聖女レベルの魔力量を持ってないだろうということを、ソフィア様は主張したいわけだな?」

「その通りです。オリビア様はどう考えておられるのでしょう?」


 どうやらソフィア様は、アンジェラ様は聖女に相応しくない。

 カールトン殿下との婚約絡みの思惑で聖女認定されたのだろう、とでも考えているのではないかな?

 妾も聖女になったばかりの頃、似たことを考えていたから理解はできる、が……。


「結論から言うと、妾はアンジェラ様を史上最高の聖女だと考えている」

「史上最高ですか? 何を根拠に?」

「そもそもソフィア様は、聖女と一介の癒し手の差はいずこにあると考えているのだ?」

「魔力量の差ですよね? 聖女は魔力量がただの癒し手として比較にならないくらい大きく、力を存分に発揮できます」

「うむ。ソフィア様の言う通りだな。では何故聖女の魔力量は大きいのだと思う?」

「えっ、考えたことがありませんでしたが……」


 どういう結論を出すだろう?


「……私の魔力量も急に大きくなったんです。常識では考えられないことだと聞きました。やはり神様に認められたとしか……」

「それだ!」

「は?」

「神に愛された癒し手が聖女だ、と妾は思うのだ」

「なるほど……」

「妾も治療院に通い始めたばかりの時は、ソフィア様と同じことを考えていたのだ。アンジェラ様は聖女の力量に達していないのではないかとな。しかしソフィア様もしばらくアンジェラ様を観察していれば、神に愛されているとはこういうことかと頷けると思う」


 納得いっていないようだな?


「例えばどんなところがでしょうか?」

「そうだな……例えばアンジェラ様が癒しの施しに出ると、患者が列をなすだろう?」

「はい」

「どうしてだと思う?」

「筆頭聖女だからですよね? 権威があるから患者さんも診てもらいたがるのでしょう?」

「妾もそう考えていた。だが違うのだ」


 妾だって聖女だ。

 しかし明らかにアンジェラ様の元に並ぶ患者が多い。


「患者に聞いてみたことがある。彼らは言った。アンジェラ様の魔法は効果が違うのだと」

「ど、どういうことでしょう?」

「普通、ケガを癒すのに回復魔法を使うだろう?」

「もちろんですね」

「アンジェラ様の回復魔法はケガだけじゃなく、古傷みたいなものも皆治ってしまうのだと」

「は?」


 わかる。

 妾も初めて聞いた時、呆気に取られたから。


「大ケガした後の引き攣れだろうが醜い火傷痕だろうが一発なのだ」

「あ、あり得ないですよね? 回復魔法って、受傷から治癒過程にある間しか効果がないというのが定説では?」

「妾も古傷には効果がないと思っていた。が、最も神に愛された聖女の魔法は違うのだ。治る、だから患者が並びたがる」

「そんなことだったとは……」

「もう少しアンジェラ様を観察する時間があれば、ソフィア様も気付いたと思う」


 妾の体験談も話しておくか。


「アンジェラ様と孤児院に慰問に行った時にな。上に吊ってあった大きな看板が落ちてきたことがあったのだ」

「大丈夫だったのですか?」

「うむ、アンジェラ様に庇われてな。その時妾は見た。真っ直ぐに落ちてきた看板が不規則に方向を変えたのを。あれはアンジェラ様を守る、神の御業だ」


 体験したからこそわかる。

 あれは妾を守るものではなかった。

 アンジェラ様と妾の、聖女としての格の差だ。


「……神様に愛されているというのなら、アンジェラ様の魔力量の少なさはどういうことなのです? おかしいではありませんか」

「ソフィア様も聞いたことがあるだろう? アンジェラ様の名をいっぺんに高めた、氷道の馬車事故の話を」


 一年半ほど前のことだ。

 道が凍っていて滑ってしまった馬車数台が衝突。

 折り悪く解き放たれた馬が暴れ、三〇名以上が負傷する大事故となった。


「聞いております。たまたま行き合わせたアンジェラ様が対応し、一人の死者も出さなかったとか」

「本当ならおかしいであろう? 三〇名以上を癒し、数頭の馬をも宥めたというではないか。アンジェラ様にそれだけの魔力はないはずだ」

「同行の癒し手が手伝ったのではないのですか?」

「アンジェラ様一人で、魔法一発で全員を癒したそうだ」

「まさか!」

「癒し手から証言が取れている」

「……範囲魔法ですか? 三〇名以上を一度に癒せるほどの?」


 ソフィア様が驚いている。

 それはそうだろう。

 範囲魔法化すると魔力密度が薄くなる。

 三〇名以上を一度に癒そうと思うと、妾やソフィア様でもすぐ魔力が枯渇するだろう。


「このことについてアンジェラ様に聞いたことがある。どうやったのだと」

「答えはいかがだったのです?」

「ちょっと要領を得ないのだが、アンジェラ様の持ち魔力量は少ない。しかしいざという時に魔法を使おうと思えば使える、とのことだった」

「ええ? 考えられないです!」


 そう、考えられない。

 自分の持ち魔力量以上の魔法など使えるわけがないというのが常識だからだ。


「この現象について妾は宮廷魔道士長ドルス殿の意見を聞き、一応の解答を得ておる」

「そ、それは?」

「アンジェラ様は神から力を借りられるのだろうと」

「な……」


 ソフィア様が絶句するのもわかる。

 しかし……。


「神に愛される聖女とはそういうことなのだ。妾がアンジェラ様を筆頭聖女と認める所以だ」

「……」

「ソフィア様にはさらに言っておかねばならないことがある」

「な、何でしょう?」

「一時代に聖女が三人も。しかも全員高位貴族。異常事態だろう?」

「え、ええ」

「おそらく妾とソフィア様はおまけの聖女なのだ」

「お、おまけ?」


 妾も自分をおまけと断じるのは忸怩とした思いがある。

 しかし冷静な判断としては、自分はおまけと考えざるを得ない。


「我がウィットロック辺境伯家領とソフィア様のメイストークス侯爵家領。王都を中心にして両翼の位置にあるな」

「確かにそうですね」

「妾もソフィア様も一人娘だ。王家から縁談が来るということでもなければ、婿を迎えて家を継ぐことになるだろう?」

「はい」

「ウィットロック辺境伯家領とメイストークス侯爵家領に聖女がいれば、国全体に恩恵が広く行き渡るとアンジェラ様が考えたとする。その思いを神が叶えようとするとどうなる?」

「だ、だからオリビア様と私が聖女になった?」

「妾もまたソフィア様と同じで、急激に魔力が伸びて聖女認定されたのだ。こんなことは神の意志が働かないとあり得ないことだそうだ」


 うぬぼれた時もあった。

 が……。


「妾はアンジェラ様に代わる聖女になれるのかと思ったこともある。しかしアンジェラ様に対する神の寵愛は一向に衰える様子を見せない。そうこうしている内に、ソフィア様もまた聖女認定された。となると妾とソフィア様は、筆頭聖女であるアンジェラ様の補佐だと考えざるを得ない」

「……」

「ソフィア様の疑問に答えられただろうか?」

「……正直、気持ちの整理がつかないことはあります。ありがとうございました」

「うむ」


 妾も考えを熟成させるのに時間がかかった。

 ソフィア様も優秀な方だ。

 すぐにアンジェラ様の真価に思い至るに違いない。


「ではまた会おう」


          ◇


 ――――――――――筆頭聖女アンジェラ視点。


 王宮でお妃教育の最中です。

 今日は何故か王太子カールトン様も同席しています。


「あのう、カールトン様」

「何だい?」

「今日はどうされたのですか? お妃教育にお付き合いくださるなんて」

「アンジェラの可愛い顔を眺めていたくてね」


 まあ、カールトン様はお上手なんですから。

 先生も笑っていらっしゃるではないですか。

 

「いや、アンジェラは公爵令嬢で筆頭聖女じゃないか。その上可愛くて優秀でお淑やかで真面目で頑張り屋だよ? 完璧としか言えない」

「は、恥ずかしいです」

「そういうピュアなところも好き」

「あの、わたくしもカールトン様をお慕いしております……」


 あっ、カールトン様が赤くなりました。

 先生がいいもの見たって顔をしています。


「……不意打ちしてくるなあ」

「聖女については、わたくしはでき損ないですのよ」

「でき損ないなんてことはないだろう」

「いえいえ、オリビア様やソフィア様の方がよほど優秀ですの」

「アンジェラは市民人気が抜群だし、ドルスの評価がすごく高いじゃないか」

「宮廷魔道士長の?」


 ドルス様は何故かわたくしを褒めてくださることが多いのですよね。

 努力だけは認めてくださっているのでしょう。

 ありがたいことです。

 励みになります。


「オリビア様やソフィア様、それから癒し手の皆さんと仲良くさせていただいているのがいいのかもしれません。わたくし自身はダメダメですけれども」

「ウィットロック辺境伯家やメイストークス侯爵家は、言うまでもなく重要な大貴族だ。いい関係を築いてくれてると助かるなあ」


 わたくしに期待されているのは、聖女であることを生かした人脈と人気を得ることですよね。

 わかります。


「あの、わたくし頑張ります」

「ん? お妃教育をかい?」

「お妃教育も、ですね」


 カールトン様のためになすべきことは何でしょう?

 ポンコツ聖女のわたくしにできることは努力しかありませんから。


「少しでもカールトン様に相応しくあるように」

「え? まいったな。僕もアンジェラに負けないように学ばないといけないじゃないか」


 アハハウフフと笑い合います。

 この幸せが続きますように。

 神様に感謝です。

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