第19話 変化する少女
「ふうー!」
動きやすいトレーニングウェア姿の
界雷デュエル学院の部室棟の四階。ここでは鏡張りの壁に向き合った少女たちがダンスレッスンに励んでいる。高等部一年から入ったメンバーは、音感を鍛えつつ体づくりをするのだ。
トレーナーの手拍子に合わせて体を動かす同級生たちを眺めながら、解恵はスポーツドリンクを呷る。
心地よい疲れが全身を包んでいる。今日もぐっすり眠れそうな充実感。
だが、心はあまり満たされていない。
急に寂しくなって天井を見上げる。トレーナーをしている
ぼんやりと物思いに耽りかかった解恵の視界に、
「なーにやってるのっ」
「わっ!」
頭から床に落ちそうになったところで
リクライニングチェアよろしく、解恵の姿勢をゆっくり戻した羽新羅は隣にすとんと腰を下ろした。彼女も冷やしたスポーツドリンクを一気に半分近くも飲む。
「ぷはー! 生き返るー! 楽しいけどやっぱキツいねー」
「ねー。でもみんなで踊るのっていいよね」
「まーねー。チョコ食べる?」
「お、もーらいっ。じゃあこっちのキャラメルあげるー」
「いぇーい!」
気合の入ったレッスンの反動か、緩い口調で会話しながらお菓子を食べる。
チョコを飴のように舌で転がしていると、羽新羅が不意に尋ねて来た。
「そういえばさあ、きはりんは? 放課後から見かけないけど」
「先に帰ってるってー。今晩はお姉ちゃんがご飯作ってくれるって言ってた」
羽新羅は足を組み、頬杖を突いて心配そうな顔を作った。
「大丈夫なの、それ? また勝手にどっか行って倒れたりしない? ってか、そうならないために、かなえんがくっついてたんじゃん」
「あたしもそう言ったんだけどねー……」
学校に来てくれるようになったはいいものの、
クラスメイトには最低限の愛想を見せるが、デュエルはしない。昼食は菓子パンで済ませ、ひとりでさっさと図書館に行ってしまうし、部活動に興味は示さず、解恵が見学を勧めても断ってしまう。
せっかく寮長や医師を説得して登校できるよう取り計らったのに、これではやった甲斐がない。
―――あたしがアイドルしてるところ見たら、乗ってくれると思うんだけどなぁ。
あるいは、それがわかっているから見に来ないのか。
解恵はぼーっと、汗を流す少女たちと、その手を取って丁寧に指導するトレーナーを眺める。昔の自分と姉の姿を見ているようだ。あまり運動が得意でなかった解恵は、ダンスもスポーツも、姉に教えてもらっていた。
おかげで、今は体を動かすのが好きだ。ダンスも褒められることの方が多い。その成果を、姉に見ていてほしかった。
そんな風に考えていると、羽新羅に頬をつねられる。。
「可愛い顔が台無しだぞ~? ほら笑って笑って」
「いひゃひゃ、いひゃいよぉ~。ほっぺひゃ伸びるぅ~!」
羽新羅は笑うと、ヘッドロックを仕掛けるような形で解恵を抱き寄せる。
ふたりでじゃれ合っていると、羽新羅は急に真剣な顔になった。
「こうなったらさぁ、きはりんに見せつけるしかないんじゃないの? かなえんが思いっきりアイドルやってるとこ。それで、一緒にやりたいって思わせるの」
「そうしたいけど~……でもそれで練習も見に来てくれないんだよ?」
「だからさ、練習じゃなくて、本番のステージ見せつけてやるの。六月の頭にやるって話じゃん? それを完璧にこなして、きはりんに見せて、わたしもやりたいって思わせる。きらきらかなえんで脳みそ焼いてやるんだよ!」
「の、脳みそ……」
あれはいつだったか、リビングでテレビを見ていた時のこと。いつの間にか画面に釘付けとなり、呼吸も忘れて見入っていた姉の横顔。
番組が終わるなり、自分のデバイスで色々検索するのに夢中になって、こちらには目もくれなくなったこと。
解恵がいくら甘えても生返事ばかりで、ついに泣きだしてからやっと振り向いてくれたこと。
必死で謝り倒した姉が見せてくれたのは―――なんだっただろうか。解恵にぴったりくっついたあの表情、あの瞳の輝き。そして見様見真似で歌い踊ってみせた時の汗の光さえ思い出せるのに、何を見せてくれたのかはわからない。
姉の心を奪ったものが思い出せない。なのに、その代わりになれるのだろうか。
漠然と引っ張り込めばこっちのものだと考えていた解恵は、不安に襲われる。
羽新羅はそんな解恵を解放し、手を引いて立ち上がった。トレーナーが交代の指示を飛ばす。小休止はこれで終わりだ。
「そんな顔してどうすんのさ! ファン第一号は家族って相場が決まってるんだし、いけるって! だから一緒に頑張ろう。わたしも協力するからさ。ね?」
「……そうだね」
解恵は羽新羅の手を借りて立ち上がった。
交代で休憩に入る練習チームの女の子たちとハイタッチして互いを労い、鏡の前に立つ。トレーニングウェアを着た自分が目の前に立っている。
集中しなくちゃ。そう考えるが、鍵玻璃のことが頭から離れようとしない。
解恵にとって、誰よりも身近なアイドルで、いつも自分の手を引いてくれていた姉。その心変わりはいつも突然だ。
病院に担ぎ込まれた後、いきなり学校に行くと言い出して。一体解恵に隠れて何をやっているのだろう。今はどこにいるのだろう。
なにもわからない。生まれた時からずっと一緒のはずなのに、なにも。
―――お姉ちゃん、本当にどうしちゃったの?
―――せめて練習ぐらい、見に来てほしいよ……。
どんよりと曇った気持ちは、すぐ顔に出る。鏡に映った自分の顔を見て、解恵は精一杯のポーカーフェイスを繕った。
位置に着くと、トレーナーの漢女が赤く腫れあがった手を叩く。
「じゃ、最初から通しで行くわよ。何度も言うけど、みんなで同じリズムをイメージすること! せーの、ワン・ツー……ワン・ツー・スリー・フォー!」
⁂ ⁂ ⁂
「“ダイナマイトエクスカベーター・ドゥベ”、“ミーティアライダー・デネボラ”を召喚! レリック、“真夜中の展望台”を配置!」
大きなブロック爆弾を掲げた少女と、流れ星をサーフボードにした少女が
先攻1ターン目、ドゥベとレリックのスキルで誓願カードを手札に加え、ターンエンド。相手の動きと盤面を注意深く読みつつ、
入学式の日に見せたカードがデッキの全てでないことぐらい、流鯉も理解できている。ただ、大本の戦略さえ見えていれば取るべき対処もわかってくるのだ。
―――弱小レギオンを強化して盤面有利を取るビートダウンタイプのデッキ。
―――で、あるならば、こちらも王道のパワーファイトで仕留めるのみ!
「私のターン! レリックカード“戴冠の触れ書き”を配置して、“老いたる
老剣士、メイドの少女、旅慣れた紳士が姿を現す。同時に、紳士は被っていたハットを振って姿を消した。
流鯉のディケイカウンターが0から3に増加し、手札が3枚追加される。鍵玻璃は驚愕をゴーグルに隠れた目元のみにとどめたが、流鯉には見抜かれていた。
「驚きまして? わたくしのカードは自身のディケイカウンターを増やす代わりに、強力なスキルを使えますの。
“
「……“老いたる
流鯉は微笑み、指を鳴らした。
壮麗な鐘の音がデュエルフィールドを揺さぶる。それに誘われる形で空中から降りてきたのは、竜鱗模様のドレスを纏うひとりの少女だ。
頭につけたルビー色のティアラが眩い。鍵玻璃はその少女こそがキーカードなのだと直感した。
すぐさまカード情報を見て、二重の驚きに襲われる。“祝誕の姫ドラグリエ”。その詳細は……。
―――なんの能力も、無い……?
―――パワー1000ぽっちの、取柄のないレギオンがキーカード!?
鍵玻璃はこめかみを指で押さえる。自分の勘もここまで鈍ってしまったのか。
対戦相手が軽くショックを受ける姿に、流鯉は鼻を鳴らしただけだった。
「“老いたる教剣師”のレギオンスキル。デッキから“祝誕の姫ドラグリエ”1体を場に出し、そのパワーを+1000!」
竜鱗ドレスを着た少女が目を見開いた。その手に現れた一本の剣を握ったドラグリエは、“老いたる教剣師”とともに身構える。
元々のパワーは1000だが、これにより2000。
―――まだ対応できる。けど……!
「当然、これで終わりではありません! 生誕を祝福された姫君は、多くの者から知識と心得を授かります。このように!」
流鯉はさらに2枚のカードを使用する。
誓願成就、“重責抱擁”、“叡智の注ぎ器”。ドラグリエの足元から光の柱が立ちのぼり、螺旋状の波動を纏う。
「それぞれ自分のディケイカウンターを1つずつ増やし、ドラグリエは新たなレギオンスキルを得ますわ!
そして“レガシーバトラー”を召喚、これによりスキル発動!」
大柄な老執事が出現し、ドラグリエは覚束ない動きながらも剣を掲げる。
切っ先が瞬き、流鯉がカードを2枚ドロー。さらにドラグリエのパワーが1500上昇した。合計で3500。
鍵玻璃は自身の早とちりを察した。ドラグリエがキーカードで間違いない。なんの能力も持たない彼女に、他のカードで様々な能力を付与して戦うデッキなのだ。
未来の王に、多くの人が薫陶を授けるようにして。
「当然、知識だけでは使命を全うできません。必要なのは実践経験!
バトル! “祝誕の姫ドラグリエ”で“ミーティアライダー・デネボラ”を攻撃!」
「……ッ! 誓願成就、“輝石の契り”! デネボラのパワーを+1000して、このターン一度だけ破壊を免れる! デネボラのスキルで“流星並走”を手札に!」
ドラグリエの剣技がデネボラの胸を切り裂くが、デネボラは依然健在。
それも読んでいたと見えて、流鯉の顔に動揺はない。
「誓願成就、“
その能力とは……2回攻撃!」
振り下ろした剣をやや引きずりながら、ドラグリエは渾身の力で刃を振り上げる。
二の太刀を受けたデネボラは今度こそ破壊され、爆散した。
鍵玻璃:ディケイカウンター0→1
他のレギオンでは攻撃をせず、ターンチェンジ。鍵玻璃はドローの前にドラグリエの情報を確かめる。前のターンに付与されたスキルは消えていない。
―――基本、奮戦レベル1・2のレギオンが持つスキルはひとつだけ。
―――奮戦レベル3のレギオンでさえふたつ。
―――なのに、今のドラグリエはレギオンスキルを3つも持ってる。
―――このまま放置すれば、さらに増えていくのは明白!
―――ドラグリエを速めに潰さないと、手に負えなくなる……!
分析を終えた鍵玻璃は、カードをドローしようとする。
その手を流鯉の声が阻んだ。
「さて、ここまででどう思われたのか、教えてくださいまし」
「……どうって、何が?」
「わたくしのデッキと戦法について」
彼女のディケイカウンターは既に6。場にはドラグリエをはじめ4体のレギオン。そして“戴冠の触れ書き”。手札は2枚。何をするデッキかなど、ここまでの流れを見れば明白だ。
「ドラグリエを出して、強化して殴る。ドラグリエには奮戦レベル2のバージョンと3のバージョンがあるから、奮戦レベルをいち早く上げてそれを出す。
「50点、といったところですわね」
まあ、そうだろうなと
所詮まだ2ターン目。それも初めて対戦する相手のデッキだ、全てを推し量ることなどできない。本質は隠されたままという意味だろう。
そんな推察を見抜いたか、流鯉がやれやれと首を振る。
「大事な点が抜けていますわ。ドラグリエを強化する。ここにわたくしの言いたいことが詰まっておりますの」
「……はっきり言ってくれる?」
「立場を持つ者には相応の責任があり、様々な力を身に着ける必要がある。それは多くの人々の手を借りて初めて達成されるが故に、彼らに報いる必要がある」
流鯉の指がドラグリエを指し示す。
無能力の弱小から一転、奮戦レベル1ながら三つの能力を身に着け、従者三人を侍らせた竜の姫。拙く、幼いながらも剣を手に堂々と立つその姿を。
「幼い姫は、多くの者から教えを受けて、やがて偉大な君主になります。初めは全ての人がそうであるように、無知で無力な子供に過ぎず……されど、成長するのです。では翻って、あなたはどうでしょう、
「はっきり言えって言ったでしょ。長くなるなら聞き流すけど」
「……そういうところです。そういう、身勝手なところが……!」
流鯉の言葉を最後まで待たず、鍵玻璃はカードをドローした。
頭上で流れ星がキラリと光る。“真夜中の展望台”のレリックスキル。自分のレギオン全てのパワーを+500。
そのまま長くなりそうな話をキャンセルすべく、素早くカードをプレイする。
「“クラフトアプレンティス・ポラリス”、“インゴットデュプリケーター・メレク”を召喚。レギオンスキルで“星見の作業台”を場に出し、そのレリックスキルで“煌めく服飾”を手札に加える」
「ちょっ、わたくしの話を……!」
「誓願成就、“流星並走”! “ダイナマイトエクスカベーター・ドゥベ”のパワーを+500して、“ミーティアライダー・デネボラ”1体を場に出す!」
ドゥベの掲げた爆弾ブロックが一回り大きくなり、デネボラが場に出る。
鍵玻璃にとって、流鯉は単なる情報源に過ぎない。黙って御託を聞く義理はない。
―――手早く勝って、真相を確かめる。
―――それで……それで?
一瞬、思考に空白が生まれる。鍵玻璃は首を振り、デュエルに意識を引っ張り戻した。
―――勝負に出る。
―――どうせ相手のディケイカウンターは勝手に溜まる。
―――なら、こっちから仕掛けて素早く
「誓願成就、“ド派手な祝砲”。私のレギオン全ては、バトルするたびパワーを+500する。さらに誓願成就、“煌めく服飾”。ドゥベのパワーを+1000。バトル!」
鍵玻璃が腕を振るうと、レギオンたちが一斉に飛び掛かった。
まずはデネボラが“老いたる
次にポラリスが“リトルメイド・セリエ”をハンマーで殴打し撃破。
さらにメレクが、カタパルトランチャーに鉱石ブロックを装填し、“レガシーバトラー”を砲撃。老執事を粉々に打ち砕いた。
従者たちが粉々に打ち砕かれる様を見て、ドラグリエの目が激しい動揺に揺らぐ。
しかし破壊された彼らは、王女に儚い笑みを見せて消えゆくのみだ。
流鯉はドラグリエの後ろ姿を見て胸元を押さえつつ、スキルの発動を宣告する。
「くっ、“レガシーバトラー”のレギオンスキル! デッキから“ドラグリエ”の関連カードを手札に加えますわ!」
「ドゥベでドラグリエを攻撃」
ドゥベが巨大化した爆弾ブロックを、ドラグリエに投げつける。
“ダイナマイトエクスカベーター・ドゥベ”の元々のパワーは1000。“真夜中の展望台”のスキルで+500。“煌めく服飾”で+1000、“ド派手な祝砲”で得たスキルにより+500。
“ダイナマイトエクスカベーター・ドゥベ”:パワー3000
“祝誕の姫ドラグリエ”:パワー3500
一見して無謀な自爆特攻に過ぎないが、流鯉は見逃してなどいない。相手は先ほどのデネボラの攻撃で、ドラグリエを倒す算段が付いているのだ。
「誓願成就、“流星並走”。ドゥベのパワーを+500して、デネボラを場に出す」
爆弾ブロックがさらに一回り大きくなった。
竜鱗模様のドレスを纏った姫君は、しかし果敢に跳躍すると、どこかぎこちなさを感じる手つきで剣を突き出す。
刺突を受けた爆弾ブロックが大爆発を引き起こした。爆心地にいたドラグリエはもとより、爆風の余波を受けたドゥベも吹き飛ばされて消滅する。
これで流鯉を守るレギオンはいなくなった。
鍵玻璃は冷徹に相手を指差す。
「デネボラでダイレクトアタック」
新たに出現した2体目のデネボラが流れ星に乗って飛翔。空中でCターンを決めて流鯉へ急降下していく。
これが決まればディケイカウンターは一気に15。奮戦レベル2を飛ばして3に上がる。相手の本気を引き出してしまう反面、あと一度のダイレクトアタックで勝負が決まる場面でもある。
―――防ぐか、受けるか。
―――いや、防ぐカードがあるならとっくに使っているはず。
―――この攻撃は、通る。
鍵玻璃の確信通り、デネボラの流星は流鯉に直撃し、眩い閃光を爆ぜさせた。
ダイヤモンドのような光の粒と、きらきらしたサウンドが爆風に乗って鍵玻璃に届く。デネボラが傍に着地するとともに、爆撃に呑まれた流鯉が、マントを振って光を払った。
流鯉の傍らには、楕円形の大きな鏡が浮遊している。赤いひび割れのエフェクトを走らせたそれの鏡面に、15の数字が浮かびあがった。
流鯉は髪を掻きあげて流し、鋭い眼差しを鍵玻璃に向ける。
「いい攻撃ですわね。入学式で使ったデッキそのままですか? それとも少しぐらいは改良しましたの?」
「ターンエンド。“インゴットデュプリケーター・メレク”のレギオンスキル。このターン使った誓願カードと同名のカードを1枚ずつ手札に加える」
“流星並走”、“ド派手な祝砲”、“煌めく服飾”が再度鍵玻璃の手札に加わる。
再三無視された流鯉はこめかみに青筋を浮かべつつも、深く息を吐いて冷静さを保った。
「……本当に良い性格をしていますこと。調教し甲斐がありそうですわね!」
ドローしたカードを見つめ、流鯉は柳眉を逆立てる。
攻撃を受けたのは、敢えて。
先ほど鍵玻璃は、奮戦レベル2と3のドラグリエがいると読んだが、半分誤りだ。
奮戦レベル1“祝誕の姫ドラグリエ”の次は、奮戦レベル3のドラグリエ。
そしてそのカードは前のターン、“レガシーバトラー”によって呼びこまれている。
―――ドラグリエを危険視し、速攻で片をつけに来た。その判断は正しい。
―――強化されたドラグリエを1ターンで処理するほどのパワー。
―――優れた展開力、戦術の判断。そして反撃に対する備え。
―――確かに、強い。レギオンを1体出し渋っていたら負けていた。
前に聞いたことがある。WDDは、人の心を映し取る。その人の性格、癖、心の動きを読み取り、その人に合ったカードと世界、姿を与えるのだと。
レギオンを強化するタイプのデッキの持ち主は、向上心や憧れの強い努力家で。
展開力の高いデッキの持ち主は、リーダーシップが強い傾向にあるのだと。
実際、当たっているのだろう。煌びやかなステージに立つアイドル衣装の鍵玻璃を見れば、彼女がどんな自分を思い描いたのかがわかる。入試において首席を取った実力も、その理想に相応しい資質を持つという証明になるはずだ。
―――だからこそ、許せない!
―――それら全てを平然と投げ捨て、漫然と過ごすあなたが!
―――
―――そんなあなたに差をつけられた、自分自身が!
流鯉はマントをはためかせ、手を振り上げた。
空中庭園、そして真下の摩天楼が徐々に暗くなっていく。幕間を経て、次の場面に移る舞台のように。
その中心で、流鯉は堂々と宣言をした。
「―――奮戦、レベル3!」
流鯉の立つ地面に光迸る亀裂がいくつも走り、闇を照らした。
眼下の都市が一気に輝きを増して、まるで天空に浮かぶ流鯉を崇めるかのようにライトアップする。
足元から吹き上がる衝撃にマントを持ち上げられた流鯉が、幾筋もの光によって隠される。地響きがピークに達し、彼女の立つ庭園が砕け散った。
宝石をちりばめたような夜空の真下、煌々たる夜の摩天楼が太陽の如き輝きを戴いた。空中庭園が進化した姿は、まるで浮遊する要塞。
青々と茂る植物と水路を渡る水流に彩られた古代遺跡、その中央にそびえる城砦。それを背負って立つ流鯉は、四肢や胸元に鎧を装備し、立派な王冠を乗せていた。
女王の風格。鍵玻璃は頬をなでる空気がピリつくのを感じ取る。
―――切り札が来る。
そう直感するとともに、流鯉が動いた。一枚のカードに手をかざすと同時、彼女の周囲に黄金色のつむじ風が渦巻き、唸る。
「少女は王女に成長し、王命抱いて竜となる!」
頭上に放り上げられたカードが金色の炎を放った。
轟と膨れ上がったそれが凝縮して鎗と化し、先端に巻かれていた旗を解き放つ。
竜の紋様が刻まれた戦旗をはためかせるのは、雄々しくも美しい竜をかたどった鎧を身に纏う女性。鍵玻璃でさえ一瞬目を奪われる凛々しい美貌を備えた彼女は、高く掲げた旗を地に突き立てた。
コォォォン、と小気味の良い金属音が辺りに響く。それは強大なる竜の咆哮のようにも、偉大なる王の号令のようにも思われた。
「拝しなさい、これが真なる王者の姿! “
それは、多くの期待と愛を受けて育った姫君。
無力を脱した、救国の英雄。
奮戦レベル3のレギオン。才原流鯉の切り札が、今戦場に降り立った。
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